第42話 激突! 魔法少女VS魔法少女

「ファニー・フロウ……?」


 ひいなたち3人の目の前に、突如現れた魔法少女の名を、花乃華はいぶかしげに口にした。


 ファニー・フロウを名乗る少女は、決めポーズを解いて小首をかしげる。ちょっと大げさなくらいに頭を傾けて口元に手を当てるその仕草は、あざといほど少女らしい。手足の肉付きや、腰つきの安定感は、成長期も終わりかけという成熟を感じさせるが、まだまだ現役と言って通用するだろう。

 横に広い口を笑みの形にして、ファニー・フロウは言葉を発する。地声から大きいのだろう、その声はひいなたちの耳に鮮やかな印象を響かせる。


「知っててくれてる~? アタシ、有名なのかな~、かな~? それともマクリーが教えちゃった~?」

「ちゃんとは聞いてないけれど……マクリーの相棒はたしか、ファニー・ライム」

「そうそう~♪ ライムと、あとリリックと、それからアタシ、フロウ。3人で、魔法少女ポップ・ファニー♪」


 ふたたび横ピースでポーズを決めるファニー・フロウ。クセなのだろう。

 その人差し指と中指の間で、瞳が鋭く光る。


「でも、今はアタシ、ひとり。魔法世界連合の、エージェントなの♪」

「魔法世界、連合?」


 耳慣れない単語を、ひいなはオウム返しに口にする。ファニー・フロウは指をおろして、軽く唇をとがらせるようにして言う。


「あれれれれ♪ ご存じない? 地球に残る子たちには、知られてないか♪」


 3人は顔を見合わせる。花乃華も美鈴も、困惑しきりの顔だ。どうやら彼女たちも知らない単語のようだった。


「う~ん、説明は後で、マクリーにでも聞いて♪ アタシの当面の目的は、ひとつだけ」


 そう言って、ファニー・フロウは右手をこちらにかざす。

 何もなかった空間から、ぽん、と軽やかな音を立てて、ごてごてに飾り付けられたハンドマイクのようなものが出現する。

 ファニー・フロウの魔法武器だ。


「メノンタール幹部・孤立の種のクリプティ、だっけ? 魔法核コア、回収しちゃうよ♪」


「させない! ラベンダー・アロー!」


 ひいなが制止するより早く、美鈴の展開していた魔法の盾は、無数の魔力の滴へと分裂する。細長く鋭く研ぎ澄まされた魔力は、矢ぶすまと化してファニー・フロウに狙いを定めた。

 ファニー・フロウは余裕げに笑う。マイクの先から、空中に色とりどりの音符が生じる。


 美鈴の魔法の矢が、一斉に放たれる。

 風切り音すら聞こえそうな魔力の波濤を前に、ファニー・フロウは笑みを崩すことなく、マイクを一振り。


「スタッカート♪」


 魔法の音符が、ファニー・フロウの前方をカーテンのように覆う。

 そこへ、美鈴の放った矢が襲いかかる。


 カラフルな煙と、泡のはぜるような音が、辺り一帯を覆い尽くす。魔力の衝突は、いっそコミカルでさえあった。

 矢が尽き、煙が晴れると、笑顔のファニー・フロウが傷ひとつない姿で立っていた。


「うん、強いね、強い♪」


 ファニー・フロウはリラックスした様子で、体を左右に揺らしながら言う。全身をメトロノームにしてリズムを取っているような、彼女の唄うのに似た口調に、ひいなたちはつい聞き入ってしまう。


「パワーアップ、2段階くらい? 地力が違うし、勘もいい♪ でも」


 その一瞬。


「正直すぎる♪」


 ファニー・フロウは美鈴の至近距離に肉迫していた。

 言葉と言葉の途切れ目すらない、わずかな呼吸の気配さえない挙動に、誰も反応できない。消えた、とひいなが錯覚するほどだった。


 じゃん、と。

 デタラメに鍵盤を鳴らしたような不協和音。

 そして音符の形の爆風。


 美鈴の体が吹っ飛んだ。

 受け身すらとれず、ダンジョンの床に一度、二度と跳ね返る。ボールのように、鈍い音を立てて転がり、美鈴は背中から壁に衝突した。土煙が上がる。


「美鈴っ!!」


 花乃華が美鈴に駆け寄る。

 ひいなはファニー・フロウから目を離さない。隙を見せれば食いつかれる、そんな予感がしていた。


 ファニー・フロウの左手には、いつのまにか、黒い花びらが握られている。あの一瞬の接触で美鈴から奪い取ったのだろう。

 彼女は自分の手を一瞥し、満足げにうなずく。


「回収~♪ やっぱし、こうゆう仕事が好きだな、アタシ♪ 魔法少女っぽいもんね」

「返せっ!」


 声を張り上げた花乃華が、ファニー・フロウめがけ、魔力を蓄えた足に力を込める。


 と、その瞬間、花乃華の体がつんのめった。

 彼女の足に、何か、太いワイヤーのようなものがからみついている。銀色のスチールを幾重にも縒り合わせたワイヤーは、木々の根にまぎれるように長く伸びて、壁際の大樹につながっていた。


「っ!?」

「動かないで、ケア・ジュニパー」


 その大樹の幹が、ふわりと膨らんで、人の形をなす。

 いや、樹木に擬態していた人物が、そのカモフラージュを解いて姿を現したのだ。様々な布をパズルのようにパッチワークした衣装をまとい、白い仮面を頭の上に斜めに乗せた魔法少女。

 手にした刷毛を胸に納め、彼女は花乃華に警告する。


「抵抗したら、攻撃するよ」


 花乃華は顔をしかめて、舌打ち。接近戦と機動力が信条の花乃華は、身の自由を封じられてはまともに戦えない。

 花乃華のそばに倒れた美鈴は、まだ起きあがれないでいる。


 ファニー・フロウと対峙できるのは、ひいなだけだった。


「返して。それは美鈴ちゃんの大切なものだよ」


 ファニー・フロウは視線をこちらに戻した。笑っているような目だけれど、その底に宿る光は鋭い。


「だめだめ♪ 魔法核は完全回収、それが魔法世界のルール♪ 破ったらアタシが叱られちゃう」


 くるり、と、左手の中で黒い花弁を器用に回して、ファニー・フロウはそれを懐にしまい込む。


「もしもやる気なら、相手になるよ~♪ エティカル・ひいな大先輩?」

「……私を知ってるの?」

「知らない方がおかしいよ~♪ 地球に現れた魔法少女と、その相棒の妖精。み~んなの動向、把握してるよ~♪ それが魔法世界連合の仕事だもの~♪ 昔も、今も」

「みんな?」


 ひいなの胸に、ざわっ、とさざ波が走った。感情が揺れて、気持ちがぶれる。エモーショナルスターロッドの先端が、彼女の思いを象徴するように、淡い光を帯びる。


 ファニー・フロウはちょこんとうなずく。


「そ♪ みんな♪ こないだも会ってきたよ、デザイア・るる大先輩♪」


 デザイア・るる。


 エモーショナルスターロッドが、熱を孕む。

 最初はお湯のよう、それからアルミの鍋のよう、そして、いつしか溶鉱炉のように。手のひらを焼くほどの灼熱を、ひいなは歯を食いしばって握りしめる。このロッドを手放せば、自分の心を手放してしまいそうだったから。

 たとえ、抱え込めないものでも、決して忘れてはいけない。


 ずるっ。

 赤熱したロッドから、溶けた鉄のようなものが流れ落ちる。


「……やばっ。え、るるさんの名前、地雷? そんなの聞いてない!」


 かすかにファニー・フロウがうめいた声も、ひいなの耳をすり抜けた。


 デザイア・るる。

 その名前が、ひいなの感情をかき乱す。

 懐かしいのに、あたたかいのに。

 今はその追憶が、炎のようだった。


 ごとん、ごとん、と。

 ひいなの周囲で、溶けたエモーショナルスターロッドの塊が、のっそりと立ち上がる。

 10㎝ほどの背丈のビスクドールだった。陶器の体は緻密な造りで、指先には小さな爪さえ生えている。はなやかなドレスを纏い、金色の髪をなびかせる。


 そのドールの表層が、次第にどろどろと溶けていく。火事に巻き込まれ、あらがえずに焼き尽くされる家具のように。

 ドールは、悲鳴を上げるように口を開けた。ガラスのペーパーウェイトアイが、ぎょろりと目を動かす。眼球と肌の隙間から、黒い液体が滑り落ちる。

 燃えて歪んで、狂ったドールの顔は、むしろ泣いているようだった。


 それは、まだ名前のない魔法。


「待って待って! るるさん、元気だから! ひいなさんにも会いたがってた!」


 動揺を隠せず、ファニー・フロウはぶんぶんと首を振る。

 ひいなは両手でロッドを握りしめたまま、うなずく。


「……分かってる」

「えっ?」

「私も会いたい。けど、会うとつらいの、分かってる」


 ひいなの眉間に、硬い力がこもる。


「まだ、忘れていたい」


 溶けたドールが、いっせいに、内側から炸裂した。


 無数の爆発が、あたり一帯を白く焼き払う。

 耳をつんざくような轟音。妙に澄んだ不協和音が混じっているのは、ファニー・フロウの防御だろうか。


 ひいなは目を閉じて、唇を噛んでいた。

 自分の荒ぶる感情を向き合うのに必死だった。


 閉じた瞼の奥で、るるが、困ったような笑みを浮かべている。10年前そのままの、幼くて、すこし大人びて、だからどこか距離を感じさせた、あの笑み。


 いつしか、ひいなはその場にへたり込んでいた。

 目を開けると、あたりには黒い煙が立ちこめている。ひいなの魔法、無数の光の針が、ダンジョンや、それを覆い尽くしていた樹木や蔓草を焼き払った、その余燼だった。


 花乃華と美鈴は、さっきいたその場に座り込んで、ひいなを見つめている。美鈴の張ったラベンダー色の防壁が、彼女たちをひいなの魔法から守っていた。その隣では、あのパッチワーク衣装の魔法少女が立ち尽くしている。


 ファニー・フロウは、やはり無傷だった。音符状の防壁に囲まれ、右手のマイクを持て余すようにくるくると回しながら、ひいなを見据えている。


「……やっぱ、やばいね、大先輩」


 つぶやいて、彼女は両手を広げる。戦う気はない、という意思表示のようだった。かといって、降参する気でもないのは、目を見れば分かる。

 降伏の代わりに、彼女は提案した。


「ここでぶつかりあってても、埒あかないよ。ここはいったん、休戦にしよ♪ コラージュもいいよね?」

「同感。エティカル・ひいなとまともに相対するのは、少々怖いものね。それに、パナケアふたりを私ひとりで押さえ込むのも限界だから」


 コラージュ、と呼ばれた魔法少女が言うと、花乃華を束縛していたワイヤーが霧散して消える。自由になった花乃華は、今にもファニー・フロウを射殺しそうな目でにらみつけているが、がむしゃらな攻撃に出ることはなかった。

 花乃華と美鈴、そしてひいなに微笑みかけて、ファニー・フロウは告げた。


「いったん出よ。マクリーも含めて、ちょっと話しようよ。魔法世界の話とか、いろいろあるもの♪」

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