前夜


 舞踏会前夜。


 禁忌の館は、相変わらず、闇に包まれていた。


「ふぅ……僕からやれることは以上になるな」


 最後のレッスンが終わり、闇魔法使いは充足感に満ちた表情を見せる。


「はぁ……はぁ……ほ、本当ですか!?」


 最早、グッタリと疲弊して倒れてる様子は、マナーのある振る舞いとはほど遠い。


「……まあ、君は魂レベルでみっともないから、本物の淑女レディとなるには転生してからじゃないと無理だろうが、数時間程度なら、ごまかせるだろう」


「またまたー!」


「……」


 もしかしたら、明日起きたら、全て忘れているんじゃないだろうかと、果てしなく心配に思う闇魔法使い。


「もう、寝たまえ。明日は早朝から首都ウェイバールに行って、色々と準備しなければいけないからね」


「zZZZZ……」


 ……すでに、寝ていた。


「はぁ、『前日は緊張で眠れない』とかないのかな」


 アシュは、いつも通りミラをおぶって寝室に向かう。主人が執事を運ぶという逆転現象も、この二週間ですっかり慣れてしまった。


            ・・・


 次の瞬間、ミラは、ベッドの上で目が覚めた。空はまだ夜。再び、シーツを被って目を瞑るが……


「う゛ーーーーーっ、寝れない!」


 バッと起き上がり、館の徘徊を始めた。食べるものを探しに階段を降りて調理場に向かうと、地下から、光が見える。螺旋階段を降り、鉄製の扉を開けると、そこには本を眺めながら立っているアシュを発見した。台の上には、人体の様々なパーツが置かれている。


「……まだ、寝てなかったのかね?」


「それ……本物ですか?」


 ミラが、恐る恐る、尋ねる。


「いや、これは人形だよ」


「なーんだ」


 そう言いながらも、ホッと胸を撫でおろす。


「残念ながら、まだ理論だけでね」


「ふーん。なにしようとしているんですか?」


 どうせ、またよからぬことを考えているんだろうとは、ポンコツ執事の見解である。


「……永劫生きていけるような人形を作っている」


 アシュは、ボソッと、つぶやいた。


「永劫?」


「ずっとさ……100年後も……200後も……」


「なんでですか?」


「……夜も遅い。さあ、もう寝なさい」


「ええっ……寝れないんです」


 そう言いながら、ちゃっかりと、椅子に座って台の上にくつろぎ始める。


「完全無欠に君の事情など、どうだっていいんだがね」


「なんか……お話してください」


「……断る」


「いやいや! してくれなきゃ寝ません!」


「……なぜ君のために、僕がなにかをしてやらなければいけないか、全く意味がわからないのだが……そうだな……君の好きなおとぎ話でもしてあげようか」


「おとぎ話?」


「ああ……ある魔法使いの話」


「へぇ、面白そう」


 アシュは大きくため息をついて、眺めていた本を置いた。


「……昔々、あるところに、魔法使いの男がいました。彼は、幼い頃に、両親を亡くし、高名な魔法使いの弟子になりました。それ以来、彼の娘と一緒に育てられ、幸せに暮していました。ところがある時、彼女が不治の病になってしまいます。男は、どうしても……どうしても治って欲しくて治療法をさがします」


「……彼女のことを愛してたんですか?」


「ああ……こんなに強く愛することは、もうないほどに」


「……」


「しかし、男の努力にも関わらず、彼女は死んでしまいました。そこで、神さまは、呪いをかけます。救うことのできなかったその男を、決して死ぬことのできない身体に」


「そんな……なんで?」


「さあ」


「……」


「高名な魔法使いにも愛想をつかされ、男は、一人で生き続けます。ずっと、ずっと一人で……そんな中、男は、もう一人の女性と出会いました」


「……彼女のことを愛してたんですか?」


「ああ……こんなに深く愛することは、もうないほどに」


「……」


「二人は結婚し、幸せな日々を過ごしました……しかし、彼女の方は、普通に成長し、歳をとり、死んでいってしまいます。決して死ぬことのできない男は、また、一人ぼっち」


「……」


「だから、男は考えました。そうだ、人形を作ろう、と。永劫までいられる人形を……ずっと一緒にいられる人形を……そうすれば……」


「そう……すれば?」


「……さあ、もう寝なさい。明日は、おとぎ話のような日にしたいのだろう?」


 アシュは、ミラの頭を優しくなでる。


「……その魔法使いに、言ってあげてください」


「なにを?」


「私が……私が一緒にいてあげます。ずーっと、ずーっと!」


 そう言い残して、ミラは部屋を走って出ていく。


「……ふぅ。あのバカ執事は……『ずっと』の意味すらわかってないのか」


 アシュは、少し微笑み、再び本に目を移した。

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