月灯りの円舞曲
雲間から出た月光がシルキスの森を照らす中、少女は息をきらしながら佇んでいた。
「はぁ……はぁ……あちゃー」
そうつぶやきながら、彼女は自身の姿を眺める。必死に逃げてきたので、ドレスは道中の枝葉で痛んでしまった。白のハイヒールは手に持って走ったのでなんとか無事であったが。それからすぐ、細い指先を身体に這わせて他に落し物がないかを確認する。
指輪……ブレスレット……首飾り……
「あっ!」
純白で彩られた
「……はぁ。どこ行っちゃったんだろう」
先ほどまで走ってきた道を、地面に視線を落としながら歩く。見つかることはほぼないと思いつつも、簡単にはあきらめきれなかった。
イヤリングを探しながら。先ほどの出来事を思い出す。
夢のような時間だった。子どもの頃から想い描いてきた幻想。それが、現実になるなんて。煌びやかな舞踏会会場で、若く恰好のいい王様に誘われ、美しい円舞曲を踊る。本当に、夢のような。
でも。
「なんでだろうな……」
夢のような時間を過ごしているにも関わらず、王の後ろでナンパをしていたアシュのことが気になって仕方がなかった。思い描いたおとぎ話ならば、あの男は悪い魔法使い役。実際に、物語より相当悪い魔法使いだ。
「ふふっ……バカげてる」
自分で自分を笑ってしまった。主役の王様のことより、
その時、ミラの額に壁のようなものがぶつかった。
「……バカげているのは、君の頭だと思うが」
目の前にいたのは。
悪い魔法使いだった。
「アシュさん……」
「まったく。なにをやっているんだね?」
「あの……イヤリングを失くして」
「はぁ。見つかるわけはないだろう。こんな暗闇の中」
「でも……」
「そんなことより、見たまえ。いい、三日月じゃないか?」
アシュは、空を仰ぎながら笑顔を浮かべる。
「わーっ、本当ですね」
今頃になって気づいた。思えば、いろいろと緊張していて、景色を眺める余裕はなかった。
「今では円舞曲は舞踏会など貴族の嗜みであるが、元々は農民の踊りだったんだ」
「……そうなんですか」
「舞台も建物の中じゃなく。外で。ちょうど、今みたいな月明かりの夜で、こんな風にね」
そう言いながら、ミラの腰に手を当て、もう片方の手で彼女の掌と合わせる。
「あ、あの……アシュ……さん?」
「それが、あまりに楽しそうで。貴族が羨んで、真似をしたのさ」
ステップをしながら、ミラをエスコートし、森の中踊りだす。
「……」
「貴族だからと言って。平民より全てが楽しいわけがない。貴族だからと言って、平民よりも幸せであるとは限らない。僕は、そう思うがね」
「……アシュさん」
「ん?」
「もしかして……慰めてくれてます」
「……僕は客観的な事実を言っているだけだ」
不機嫌そうにそっぽを向く闇魔法使い。
「フフ……」
ミラは、嬉しそうに笑顔を見せる。
月灯りに照らされて。先ほどの
・・・
「さて、戻るとするかな」
月に雲がかかり始め、アシュはステップをとめた。
「ええっ、もっと踊ってたかったなぁ」
唇を尖らしながら、ミラは愚痴をこぼす。
「ふっ……君には掃除、洗濯、料理がお似合いだよ」
「ひ、酷い……アシュさんだって、研究室でジメジメ本を読んでるのがお似合いです!」
「……その口の悪さを調教できなかったのが、今回の反省点だよ……おっと、忘れていた」
アシュは、ミラの片方の耳に、
「……あの、これ?」
「ちょうど君の後を追ってきたら、地面に落ちていたのさ。お気に入りの物だったら、大切に持っておくことをお薦めするよ」
「……」
闇魔法使いはそのままクルリと反転し、森の方へと戻る。
「……アシュさん」
ミラは、振り返った彼の頬に、唇を合わせた。
「……」
「ありがとう、悪い魔法使いさん」
両手を後ろに組みながら、弾けるような笑顔を浮かべる。
「……『悪い魔法使い』とは意味がわからないな。僕ほど紳士な魔法使いは大陸にも中々いないだろうに」
「ヘヘ……照れてる」
「照れるわけがないだろう? 小娘の頬のキスなんかで。僕がどれだけの女性とお付き合いしていることか。そんな経験豊富な僕に、今更、頬のキスなんかで」
「やっぱり、照れてるー」
「……もう、いい」
二人は並んで歩いて帰った。
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