夢の一幕


 ミラにとって、夢見た煌びやかな景色。紛れもなく、その中心に彼女は位置していた。


「それにしても美しい」「ところであなたの名前を伺っても?」「あなたのような麗しい方には出会ったことがない。初めてですかな」「お父上をご紹介いただければ。私の名はローガ=ヌオ――」


 国の有力貴族たちがこぞって彼女の前に立ち、口々に美しさを褒めたたえ、自身の自慢を繰り広げる。


「あ、あの……」


 かつないほどの熱気に取り囲まれて。ミラは、困ったように薄い唇に手を添える。


 そんな中、音楽が鳴り響き一瞬にして静寂が訪れる。すると、一斉にミラを囲っていた男性陣が扉の方を注視し、緊張した面持ちを浮かべる。


「皆様、ライーザ王がいらっしゃいます」


 執事が誇らしげに宣言をして、扉が開く。


 そこには、20代半ばの長身の男が立っていた。その一挙一動に、全ての者たちが注目しているのを感じる。舞踏会の中心は一瞬にして移り、男性貴族たちも、女性貴族たちも、こぞって王へと群がった。


 少し胸を撫でおろしながら、ミラは若王を遠目から眺める。


 ふと。視線が交差する気配があった。しかし、そんなはずはない。自分などと王が。その想いを振り払って、やがてなにも食べていないことを思い出した。会食のマナーもせっかく練習したのだし、王国の食事も一口食べてみたい。


 群衆から離れて、豪華な食事が載せられている食卓へと足を進める。


「なにかお取りになりますか?」


 側に控えていた執事が、綺麗なプレートをミラの前に出す。


「ええっと……じゃあ、その料理を」


 ニンジンの入ったお肉料理。名前はもちろんわからないが、一目見て美味しそうだと思った。できれば味を覚えて再現できれば。


「それは料理長の自信作でしてね。お口に合えばいいのですが」


 優しいそうな声に振り向くと、そこにはライーザ王が立っていた。あまりの出来事に、しばし混乱気味のミラだったが、遠目にアシュの姿が見えてホッと胸を撫でおろす。


 大丈夫……大丈夫……何度もそう言い聞かせて。


「そうなんですか。それは楽しみです」


 切り分けられたお肉をフォークで刺してゆっくりと口に運ぶ。あまりの美味しさに思わず悶絶しそうになるが、なんとかこらえて、微笑みを浮かべる。


「お気に召して幸いです」


 ライーザ王も同じ肉料理を口に運んで微笑む。その優し気な表情に、ホッと緊張が解けてくる。


「もし、よろしければ今宵、あなたとダンスを踊りたいのですが」


「えっ……でも、私……ダンスは……」


「安心してください、エスコートは男性の役割ですから」


 そうミラの手を取って、舞踏会の中心へと歩き出す。


 ライーザ王が動き出すとともに、音楽が後へとついてくる。円舞曲の曲名は『月光』。この国では誰もが知るほどの有名な名曲であり、ミラが仕事中に何度も鼻歌で口ずさむのも、この曲であった。


 まるで、全てが夢のようで。現実感のないまま、月光は演奏され続ける。


「フフ……踊れるじゃないですか」


「そんな」


 否定しつつも、ライーザ王のステップに合い、動く身体が心地よい。それに、アシュ以外の男の人がこんなに近くにあることに、新鮮な驚きを感じる。とはいえアシュの場合は、彼の血が大量に噴き出て大惨事となるおまけつきだったが。


「ッフフ――」


「……やっと笑ってくれたね」


「えっ……あの……」


 思い出し笑いとは言えずに戸惑いを隠せない。


 そんな中、ライーザ王の後ろにアシュの姿が見えた。どうやら、ナンパが成功したようで、綺麗な女性と微笑みを交わしている。


「君の名前は?」


「……ミラです」


 答えながら、妙にアシュの姿が頭にチラつく。


「ミラ……この国に住んでいるのかい? 貴族は噂が出回るのが早い。君のような美しさならば、もっと早くに周りが騒いでもいいものだが」


「えっと……あの……」


 それに対する受け答えの想定も完璧にしたが、なぜか頭に思い浮かばない。視界によぎるのは、闇魔法使いと美しい貴族の女性が笑いあっている光景だけ。


「……きゃっ」


 不意に足のバランスを崩し、大きく転んでしまった。音楽がピタリとやんで、一斉にミラに視線が集中する。


「大丈夫かい?」


 心配そうにライ―ザ王が彼女に手を差し伸べる。


「……はい」


 そう言いながら。彼女は何度も脳裏によぎる光景を振り払う。今、私はずっと望んでいた夢の中にいる。夢にまで思い描いた場所で、夢のようなドレスを纏って、夢のような人と、夢のような一時を過ごしている。それなのに、アシュさんのことなんて。


 ライーザ王の手を、再び取ろうとした時に。


 「ミラ=エストハイム……そうだ、ミラ=エストハイムだろう!?」


 その時、叫び声のような糾弾が、響き渡った。

 

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