幕間 後悔
*
ラジステリア城の上空から降り注ぐ粉雪を、ライーザ王は庭園から見つめていた。
「考え事ですかな?」
彼の後ろから、ヘーゼンが声をあげる。
「……この冬で降る白い雪が、おびただしい量の血で染まるかと思うと」
土地、人員、武器、全てにおいて大陸一と言っていいデルシャ大国との戦。幾万の命がこの戦いに散ることになるのは、もはや逃れられぬ事実である。
「覇王に後悔する時間は許されておりません。私の前以外では慎んでいただくようお願いいたします」
「ふっ……つい、弱音を吐いた。許してくれ」
大陸中がこの戦の動向を注視している。もし、この戦に負ければバージスト聖国は滅び、勝てば大陸有数の軍事国家の一つとして名乗りを上げることになるだろう。大陸統一。それは、史上なされたことのない偉業であり、まさに夢物語だといっていい。為すための道は、当然ながら血塗るられた覇道だ。
「……」
ヘーゼンはライーザ王を見ながら、彼の幼少期を思い出していた。今の落ち着いた姿からは想像もできないほど、乱暴で粗雑な少年だった。誰もがその将来を危ぶむほどの放蕩ぶりに、教育係として任命されたのがヘーゼンだった。しかし、一目見て、彼が演技をしていることがわかった。それが、王座を狙う親類たちに、命を狙われぬための行動だということに。
それから、ヘーゼンは四聖を警護に遣わした。ライーザの命を保証することによって、彼はその優しく繊細な性格に戻ることができた。彼が王座に就くまでに、長男、次男、三男、四女は全てこの世にはいない。それほど王位をめぐる争いは激しかった。
「私の手は血で汚れている」
ライーザ王は掌を見ながらつぶやく。
「……王たるものは、大小違いはあれどそうであるものです」
「たまに……思うことがあるよ。他に道はなかったのかと」
「血を流さない偉業など存在しません。ただ……それは、あなたで最後にしていただきたいですね」
「……」
圧倒的なカリスマを持ちながら、その生来の優しさが足を引っ張っている。本来ならば、大陸でも有数の聖人君主と謳われるだろうその器を、覇道の道へといざなったのは他ならぬヘーゼンだった。
「後悔していますか?」
「それは……ヘーゼン先生がされてるんじゃないですか?」
少しいたずらっぽい微笑みを浮かべる。
そんな中、執事が庭園に入ってきた。
「ライーザ王、2週間後に開かれる舞踏会のことでお話がございます」
「……やれやれ。一か月後に戦争をしようというのに、一方でダンスの話とはね」
自嘲気味にライーザ王は笑い、執事の元へと去って行った。
ヘーゼンは、彼の後姿を見送りそのまま庭園へと視線を移す。
「いい加減に姿を現したらどうなんだ?」
その声を聞き、ロイドが闇の中から姿を現した。
「……いつから気がついていたのですか?」
闇へと姿をくらませる魔法は、ロイドの作った
「最初から。以前、その魔法を使って私の命を狙う愚か者がいたものでね」
「……」
ロイドは面白くなさそうな顔でそっぽを向く。すでに、先んじて
「光を磨きなさい。得意としている闇だけでは、いずれ限界が来る。私を超えようと思うならば、君は光を学ぶことだ」
「……」
「ふぅ……四聖は集まったかね?」
「……はい。奴らの力を借りなくても、ヘーゼン先生が出れば済むことではないですか?」
仮にヘーゼンがこの戦に加われば、勝ち戦は間違いない。それだけ、ヘーゼンの魔力は突出していた。
「表立って私が力を貸せば、大陸はライーザ王を新王とは認めないだろう。大陸統一は、彼自身の軌跡でもあるのだ」
「ふーん。そんなもんですかね」
興味のなさそうに、子どもはそっぽを向いて両手を後頭部に当てる。
その自由気ままな仕草を見て、老人の胸がチクリと痛む。
「……はは、ライーザ王の言う通りだな」
「はい?」
「いや……なんでもないよ」
今までの一度も、ライーザ王の自由な様を見たことがない。彼が心から笑い、泣き、怒ったところを。そして、誰よりも優しく繊細な彼の心を砕き、それでも覇道を歩めと語る。その選択に後悔がないわけがなかった。
しかし……だからと言って。
老体に吹きすさぶ風は、その肌を凍てつかせ続けた。
*
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