ポンコツ


 調理場での研究を余儀なくされてしまった闇魔法使いは、ソースの場所を教えながら、大陸の食糧問題の解決に多大な寄与をする魔法理論をまとめていた。


「……フフフ、そうだった……この理論を応用すれば、小麦の生産量を今の2倍……いや、3倍にすることも可能だ。またしても、大陸魔法協会特別栄誉賞をもらってしまうな……フフ……もう、すでに16つとっているというのに……僕は、いったい、どれだけ天才というのだろうか……フフフ……」


「ちょっとアシュさん、その本邪魔……あっ」


 ソースが、こぼれた。


「あ―――――――!」


 アシュがこれ以上ないくらい絶叫する。


「ご、ごめんなさい。今拭きますから」


「き、君はこの研究がどのくらいの規模のものかわかっているのかね!?」


「ふ、拭きますって……あっ」


 ビリっと破れた。


「あ――――――――!」


「エへ……エヘヘ」


 ミラ、照れ笑い。


「どうするんだよどうするんだよどうするんだよ!? 破れたじゃないか見えないじゃないかどうしてくれるんだよ!?」


 紳士の面影まったくなく、激しく取り乱す闇魔法使い。


「だ、だって……こんなところで書いてるから……」


「き、君のせいだろが……」


「また書けばいいじゃないですか」


「一度書いたらもう忘れてるんだよ! どれだけ膨大な記憶をはきだしてると思ってるんだ!?」


 アシュのものいいは決して大げさではない。8年間貯めきった膨大な脳の記憶は、なにもない闇の中にいて、五感を遮断していたからこそ保っていられたといっていい。あらゆる情報が膨大に入ってくる今、刻一刻と記憶が消えていくのを感じていた。


「ふーん……忘れっぽいんですね」


「……き、君みたいなアホと一緒にしないでくれ!」


「はいはい……ちょっと、そこの小麦をとってくださる?」


「き、君は今、数万の小麦農家の未来を潰したんだぞ」


「またまた――!」


 お、恐ろしい……なんて恐ろしいアホなんだ、と、アシュは怯える。


「まあ、いい。この研究はついでのようなものだ。しかし……この大陸で大飢饉が起きて食糧問題が深刻になり、多数の餓死者がでた時は、間違いなく君のせいだと言っておく!」


 ビシッと指をさす性悪魔法使い。


「はいはい。そんなことより、お風呂入ってきてくださいな。アシュさん、ちょっとくさいですよ」


「そ、そんなこと!? く、くさい!?」


 激しく後ずさりする。


「どうせ、本ばっか読んで、ろくに身なりに気を遣ってないんでしょう。さっき、沸かしておきましたから。さあ、行った行った」


「ちょ……君……なにを勝手に……」


 アシュの言葉も聞かずに、ミラに背中を押されて調理場を追いやられた。


 バタン


「……」


 しばし呆然とする魔法使い。どうして風呂に入ることになったのか、どうしてあのアホ美少女のペースに巻き込まれているのか、まったく見当がつかない。


「……まあ、いい」

 

 確かに8年間の汚れは落とさなければいけないと思い返す。


「いいかい! 僕が風呂に入るのは僕の意志であって、決して君の言うことを聞くんじゃないからね!」


 と、扉越しに叫んで身をひるがえす。決してアホの思う通りになっていないという意思表示。他人の思い通りになるのがなんとも許せない意識高い系魔法使い。


「フンフフン♪ フフフフン、フフン♪」


「……」


 無視。


 鼻歌を歌っているアホ美少女であった。





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