侵攻⑪

 石造りの豪奢な宮殿、その一室で獅子族の男が一人声を荒げていた。

 男の名はガルム・デロイド。獅子族を束ねる族長であり、獣人の国、レッドリストを束ねる王の一人であった。

 レッドリストは三人の王からなる国。一つの部族に権力が集中しないよう、其々の部族長が話し合い、まつりごとを決めている国である。

 ガルムもその内の一人。立派な黄金のたてがみに筋肉で膨れ上がった頑強な体躯。その精悍せいかんな顔つきは王の威厳を兼ね備えていた。

 王の座は世襲制ではあるが、まさに、王になるべくしてなったと言っても過言ではない。

 普段は冷静沈着な彼であるが、側近の報告を聞いて信じられないと怒りを顕にしていた。

 重厚な木のテーブルに拳を叩きつける度にミシミシと木の軋む音が耳に届き、衝撃で置かれているグラスが僅かに跳ね上がる。

 拳に込められた力からも、ガルムの怒りが如何程のものか覗えた。


「くそっ!どうなっている!西の砦が跡形もなくなっているだと!」


 もたらされた情報にガルムは我が耳を疑う。今回だけではない、最近はこんな有り得ない報告ばかりを耳にしていた。

 こんなことは未だ嘗てなかったこと。

 虚偽の報告ではと、信頼する側近に疑いの目さえ向けていた。

 苛立つガルムに周囲の使用人が怯える中、熊族の男がガルムを諭す。


「ガルム、少しは落ち着け。人間どもが我らの国に侵入したのは間違いない。砦を吹き飛ばすとなると恐らく魔導砲、それも今だ嘗てない程の破壊力を持っている。対応を間違えれば被害は拡大する一方だぞ」


 同席していた熊族の男は状況から冷静に分析を行っていた。

 彼もまた王の一人、名はドン・バグベア、熊族を束ねる族長であった。

 真っ黒な毛並みに巨大な体躯、分厚い皮膚と筋肉で数多くの人間を屠ってきた歴戦の勇者。嘗ての戦いで左目は失ったが、それはドンにとっては勲章のようなもの、左目の傷を誇りにさえ思っている。

 三人いる王の中では一番の古参であり、長く王として君臨している経験から、この非常事態の中でも誰より落ち着き払っていた。

 ガルムもドンのことは一目置いている。怒りを静めるように大きく深呼吸するとグラスの水を一気に煽った。

 

「ああ、分かっている」


 ガルムが落ち着くのを見計らい、ドンは同席している狼族の男に視線を向けた。


「ヴァン、お前の斥候なら敵の数を掴めているのではないか?」


 ドンが声を掛けた男はヴァン・ウォルフ。狼族の族長で王の一人であり、誰よりも情報収集に長けてた。

 端正な顔つきで白と灰色の混じった毛並みは、しなやかで柔らく美しい。鍛え上げられた脚力は獣人の中でも最速を誇り、磨かれた牙は狙った獲物を逃がしたことが一度もない。


 国の異変に一番最初に気付いたのもヴァンである。国境の砦に向かわせた連絡兵が戻らず、精鋭部隊を向かわせるも帰らず、そして不審に感じたヴァンが最初に各地へ最速の斥候を放ったのだから。

 それが凡そ一週間前。 

 直後にガルムとドンにも知らせを入れたが、三人の王は離れた場所を拠点としている。故に時間差タイムラグが出てしまうのは必然であった。

 ガルムとドンも独自に情報は集めていたのだろう。だが、その情報は何日も前にヴァンが知り得ていたこと。

 こうして国の王が揃うことができたが、既に遅いのではとヴァンは表情を曇らせていた。

 視線が集まる中、ヴァンはガルムとドンを交互に見渡した。


「国境の砦に精鋭部隊を向かわせたが誰一人戻らない。恐らく人間の手に落ちているだろう。西から北の砦は全て破壊され生存者はいない。そして東に放った斥候部隊が戻らない、人間と遭遇して全滅した恐れがある。東の砦も全て落とされていると見るべきだ。攻めて来ている軍の数は不明、使用されている兵器も不明、これが最新の情報だ。もはや笑うしかないだろ?」


 そう言うとヴァンは、お手上げと言わんばかりに両手を広げて苦笑いを浮かべた。

 ガルムとドンは聞き間違いではと、瞳を見開き驚きの表情を見せる。

 その様子にヴァンは、「これは紛れもない事実だ」と、最後に真剣な面持ちで言葉を付け加えた。

 そんなヴァンにガルムが有り得ないと異を唱える。


「馬鹿な!そんなことが出来るわけがない!それだけの距離を移動するだけでも半月は掛かるはずだ!一体何時から人間どもは我らの国に侵攻していたのだ」

「国境の砦と連絡が途絶えたのが今から十日ほど前だ。馬に変わる移動手段を持っていると見るべきだろう」


 ヴァンの返答にガルムが牙を剥き出しにした。 


「馬に変わる手段だと!そんなものがあってたまるか!」

「落ち着けガルム。魔物を使役する人間もいる。ワイバーンやグリフォンを使う国があるのは知っているだろ?それなら一週間も掛からず国をぐるっと一周できる」


 ドンの言うことは最もだが、ガルムには腑に落ちない点がまだあった。

 砦を落とすとなると相応の兵力を要する。ワイバーンやグリフォン自体が戦力と成りうるが、その肝心の魔物たちの数は限られている。一朝一夕で揃えられるものではない。

 獣人とて馬鹿ではないのだ。アスタエル王国が飛行魔獣を有していないのは以前から調べがついていた。

 例え揃えられたとしても極僅か、とても短期間で砦を落とせるとは思えなかった。


「だが砦を落としながらだぞ?そんなことが本当に可能だと思うのか?ワイバーンやグリフォンとて数は限られている」

「人間を攫いに行った軍勢が全滅したのを忘れたのか?辺境の村を襲っていた俺の部隊が辛うじて戻ってきたが、ベルカナン近くの草原一帯は真っ黒に焼け焦げていたそうだ。恐らくその時と同じ兵器を使ったのかもしれん。もし、ワイバーンやグリフォンで兵器を運べるなら十分に可能だと思わないか?」

「それは確かにそうだが……」


 ドンの発言を聞いたガルムは言葉が出ない。

 それなら確かに少人数でも素早く砦を落とせるかも知れない。しかし、今度はそれに対応する術が見つからなかった。

 矢の届かない遥か上空から、そんな強力な兵器で一方的に攻撃されたら……。それを考えるだけでも身の毛がよだつ思いがした。

 そうなってはもはや為す術がない、黙って死を迎え入れるしかないのだから……


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