第二章 現実をより映えさせるものこそが幻術である

2−01/魔王様、早起きでのコッソリ遊びはたまんねえ



 ——これまでのあらすじ。

 時は、虹魔こうま暦2710年。

 平和の続く人間界に、未曾有の悪意が迫らんとしていた。


 その名を、666代魔王ヴィングラウド。妖艶にして強欲、骨の冠と闇の衣を纏う、美しき金色の女帝。

 血を分けた父でもある先代を討伐、王座簒奪に至った魔の権化は、長き雌伏の時代より蘇り人間界征服支配を実現せんと画策する。


 彼の悪辣に智を授けしは、百妖元帥ズモカッタ。

 百代の魔王に仕えし四天王中の四天王、幻惑と虚栄を司る道化の仮面、魔界一の頭脳を持つ忠臣がもたらした策こそ、人間界の万民が親しむ魔術機構への、介入と掌握、精神汚染——


 ——即ち。

 情報発信・個人体験つぶやきツール、賢者ギルドの開発した汎用通信魔術“マジッター”を用いた、【人類絶望計画】であった。


 最大140文字と、幾ばくかの添付要素。

 たったそれだけで何が出来よう、と思うなかれ。


 影も積もれば闇となる。

 魔王が直接発信する禍々しき呪詛で人間界に負の感情を蔓延、十分に魔族が活動出来るほどのエネルギーを満ちさせたのち、絶望に疲弊した人類を瞬くうちに征服せしめん——百妖元帥の考案した戦略、そのあまりの隙の無さと恐ろしさに、さしもの魔王すらも、こいつが敵であったなら即座に始末していたとほくそ笑む。


 そうして、極めて密やかに。

 人類がまだ誰一人として気付かないうちに、その日、マジッターアカウントのかたちをした、恐るべき世界の破滅が萌芽した。



【666代魔王ヴィングラウド @666vin】

【魔王です。好きなもの→恐怖と絶望。嫌いなもの→調子にのった人類。人間界征服計画を発信していくので、ギルドフォローリマジット拡散ブレイブいいねお願いいたします! 人間界滅びの速報を人類全体で共有しよう!】

【現在地:幻夢魔城ガランアギト】


 

 亜空間に潜みし巣窟、最奥の玉座にて、人々の黄昏を歓喜する高笑いが木霊する。

 覚悟せよ人類、終焉のカウントダウンは今始まった——邪悪を煮詰め、無慈悲で焼いた宣告から、本日で一月半。

 果たして魔王は、


えぇーっ!? ピピピピピピピも、もうそんなピピピピピピピ時間ッ!?ピピピピピピ


 無機質につれなく響く、自分で設定したアラームに文句を言っていた。



 ★☆★☆★☆★☆



 アラームを止め、時計を確認し、ひとり、時間経過にギョッとする魔王様は、思わず出てきた冷や汗を拭う。


「マジか……これマジか……早すぎじゃろ経過……誰かイタズラしたんじゃない……? さては時の神がまたなんかしたか……?」


 残念ながら一切してない。

 さて、亜空間雷鳴の響く健やかな朝。

 集合時間前の魔王城玉座の間にて、彼女はひとり自由時間を満喫していた。


 その手には勿論、人間界製万能魔術端末スマルトフォスマホ。表示されているのは、何を隠そう、マジッター画面。


 説明しよう。

 革新的多機能魔術ツールであるスマホは、【人類絶望計画】の要たるマジッター運用以外にも、色々なことが出来過ぎてしまう。

 その為、ヴィングラウドは入手から早々その魅力に取り憑かれ、こっそり自分の寝室に持ち帰っては夜更かしして遊び過ぎ、本業に支障が出るほどドハマりしてしまっていたのだ。


 あまりにも日中の居眠りが多いことを訝しんだ忠臣は事態の発覚後、涙を飲んでスマホに無慈悲なる封印——【おこさま用接続制限機能】を適用。玉座の間の外には持ち出せないよう設定が行われ、一時は魔王が「だったら余今度から玉座の間に住む!」と叫んで問題になったりしたのは、魔界の記憶に新しい。

 そんなのは勿論却下されたのだが、たかがそんな程度のことではこりないし諦めないのが魔王スタイル。

 

 何事にも抜け道はある。

 難関ダンジョンには決まっておいしい隠し部屋がある。

 最近の彼女はこのように、征服作戦開始前に早起きして玉座の間に訪れ、口うるさい忠臣の目を盗んでスリルと共に楽しむことが習慣となっているのだった。


「くっそうちくしょう……えぇいまだまだ見足りんというのに! これっぽっちの時間ではまるで追い切れんよ、綺羅星の如く存在する、面白スゴ技マジッタラーたちが!」


 とりわけ気に入っているのは、先日ファンになったポポレ村村長ポポーリノ・ポポーラ氏(74歳)。

【魔王の衣作戦】で知って以来、熱心に過去発言を遡るほどの入れ込みっぷり。その逸材振りには敬愛の一語、魔王業界に連綿と受け継がれる伝統を破ってでも四天王五人目のメンバーとしてオファーする価値はあるのではないかと、近頃は密かに本気で考え中なほど。


「いや、いやいやいや——だからこそ、だ! 『楽しみは、熟成で深みを増す。期待と愛情を与えながら心の中で育てる時間が、待った分以上の味わいを好物に宿すのだ』——ですよね、ポポーラ氏!」


 魔王を遥かに上回るギルメンフォロワーを持つ氏の、六桁ブレイブを獲得した名言を思い出し、彼女は拳をかたく握る。


「見ていてくださいポポーラ氏! 余はえらい子です、やれる子です! マジッターサーフィン我慢して、ちゃんと魔王しますからッ!」


 捧げられた本人にしてみれば迷惑過ぎる決意を押し付け、ヴィングラウドはそれを取り出す。

 ——これこそが、今朝早起きして玉座の間入りした、自由時間にアラーム鳴らして区切りを設けた本来の目的。


「何度見ても素晴らしき出来栄えよ——人類絶望計画、第四十四回の相棒はッ!」


 うっとりと陶酔し、深き愛情をもって撫でられるのは——何を隠そう。

 それは、一体の偶像フィギュアであった。

 いわゆる、魔導ゴーレムきょだいロボの造型だった。


「うむ! この完成度、まさしく悪魔的と評するに値するッ!」


 此度、魔王の眼が狙いを付けたのは、人間界の生産力を支える工房都市・ザッハザッハ。

 “大都市の一角を密かに支配していた魔族が、超破壊兵器を製造していた”——それがここ二週間、通常の計画と並行し、忠臣にすら秘密でヴィングラウドが単独で進めていた、とっておきの人間界混乱スキャンダルだ。


 勿論、実際にはそんなものは魔王とて作れない。

 そんなのがあるのなら、それで人間界を征服している。

 

 だが、空想は、実在しないからこそ、時に現実ホンモノ以上のパワーを持つ。

 創意工夫は何よりの、欲望ユメを叶える翼である。


「くふ、くふ、くふ、くふ。いやあ、苦労した苦労した。隅から隅までこだわった——しかし、やっぱり時間と情熱は裏切らないネ!」


 思い描いたグッド・アイディアを実現せんが為、魔王はこう企んだ。

 ——【空想上の超破壊兵器】、そのミニチュアサンプルを制作し、ウマい感じに撮影することで、人類、騙せるんじゃね? と。


「ああ、我ながら見事なフォルムだ。暴虐を体現した表情、パーツのところどころにあるトゲトゲの禍々しさ、厳選された素材を用いて作られたボディの質感は頼りがいマックス、お子様が乱暴に取り扱っても傷一つ付かぬという寸法には、誰もが恐れおののくしかあるまいて! まーっははははははははっ!」 


 かくしてヒミツが始まって、

 その結晶がここにある。


 一から一までハンドメイド、資材を納品していた業者すらも与り知らぬ、魔王手製の一点モノ——

 ——それこそがこの威容。この頑強。この勇猛、この邪悪。


 さあ、万民よ、誉れも高きその名を呼べ。

 欲望の魔物よ、吠えろ!

【1/144 超魔道兵器グレートスーパーヴィンデモン】!!!!

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