第二十三話 心も身体も小さな俺
「ディアナ、皆のことよろしくね」
「あたくしに任せておけば問題ありませんわぁ」
会議の翌日、ディアナに皆のことを任せて俺達調査隊は出発すると、さしたる時間も掛けずに渓谷入り口に到着する。
リーズィヒ山脈の麓は斜面ではなく断崖絶壁で、左右の幅が百メートル前後だろうか、一筋の道である渓谷が奥へと伸びていた。
過去の文献に目を通していたので知識として知っているのだが、シュタルクシルト王国は国土のほぼ全てを山脈に囲われている。それもあって、他国との行き来がほぼできないのだ。
それならば『山を越えればいいのではないか?』と、単細胞な俺は思ったりもしたのだが、各山脈の麓は何処もかしこも断崖絶壁で、その絶壁を登るのは登山のように歩くのではなく、クライミングのようによじ登るのだと言う。
なので、登りきるだけでもひと苦労どころの騒ぎではないらしい。しかも、やっとのことで登りきっても、すんなり進めないのだというのだから始末が悪い。
それもこれも、山の途中でまた絶壁があったり、逆に深い谷があったりと、とてもではないが山脈の反対側へは行けない構造の所為だ。
「今は時間的余裕がないですが、いつか山脈越えに挑戦してみたいですね」
「そんなのは時間の無駄じゃ」
「ブリッツェン、年寄りの言うことぁ聞いといた方がいーぞ」
俺が若者らしくチャレンジ精神旺盛な面を見せると、師匠とモルトケから
テンションの上がっていた俺はいきなり出鼻を挫かれ、むしろマイナスなテンションで渓谷を歩き始める。
幾ばくかすると、『こんなつまらないことで拗ねるなんて、なんとも子どもっぽいな』と自身を鑑みて反省する。
大人であった精神が抑え込まれている
そんな俺は、反省したことで気持ちこそ落ち着きを取り戻したが、今度は代わり映えのしない景色に辟易してきた。
というのも、天にも届くような山と山の間を歩いているのだから、陽の光もほぼ差し込まずに薄暗い。なので、照明の魔法で周囲を照らしているのだが、薄っすら見えるのは左右に岩壁、前後には宛もなくただただ伸びる道だけともなれば、それも仕方のないことだろう。
そんな憂鬱な気分になる景色の中、途中の野営を挟み、気分こそ晴れないものの歩み自体は順調に進む。
そして数日後、無事に終点とも言える崖崩れ地点に到着した。
「流石に崖崩れですから、絶壁ではないですね」
「ここだけであれば断崖であっても通れなくもないが、少しでも角度がある方が遥かに楽に通れるからの、以前と同じ状態のままで良かったわい」
絶壁ではないとはいえ、それでもかなりの急斜面だ。それも、剥き出しの岩がゴロゴロと積み重なっているだけで、場所によっては岩が崩れ落ちそうな感じもする。とても油断できる状況ではない。
そんな足元が不安定な場所ではあったが、流石は魔法使い軍団と言ったところか、難なく通過することに成功。
やっと陽の光を浴び、自然と気分が高揚してきた俺の瞳に映ったのは、辺り一面の草原であった。
「確かにここは伏魔殿ではないですが、見事なくらい何も無いですね」
「じゃが、ここから少し北に行くと村があるぞ」
師匠の言葉を疑う必要もないので、俺達はお生い茂る草を踏みしめながら、一路北へと向かった。
「リーダー、村っぽいのが見えてきたっす」
俺の視界にはまだ捉えられていないが、俺より身長の高いヨルクには既に村が見えるようだ。
高身長アピールか? 忌々しい。などと思ってしまうあたり、身長と同様に、人としての器も小さい俺なのである。
「アルトゥール様の情報によると、ヴァルトシュタイン伯爵領である公算が高く、領都から離れた村の可能性が大である、とのことですが、取り敢えず村の責任者と顔を合わせておきます?」
心も身体も小さな俺にも村らしき存在が視界に収まったことで、情報の再確認と今後の行動指針の確認をする。
一応、アルトゥールから領主に渡す封書を預かってきているが、必ずしも領主に合うことを強制されてはいない。なので、どうするかは村を確認してから決める、ということになっていたからだ。
「渓谷にほど近い場所に村があることは確認できたのじゃ、今はそれが分かっておれば良いじゃろう」
師匠は言う。渓谷が繋がっていることを伝えてしまうと、俺の領地を開拓している
そしてそれは、魔法を使っている場面を見られてしまう恐れがあるので、今はまだ接触しない方が良い、という危機管理的な観点から意見を述べたのだ。
「では、気配を隠蔽して村に入り込み、軽く状況だけ確認しましょう」
師匠の言うことは
うん、今のは自然な感じで言えたな。
「うむ、確かに村の存在を確認しただけでは今後の対策も立てにくいからの、ここまで来たのじゃ、村の内部も見ておいた方が良かろう」
俺の『気持の損得勘定』とは違い、先を見据えたしっかりした考えのもとで、師匠は潜入案を了解してくれた。
このお忍び潜入は、極力気配を覚られないように、隠蔽魔法が使える俺と師匠の二人だけで向かう。
向かった先の村は、木造ではあるが柵ではなく、しっかりとした壁で覆われており、通行用の門も設置されている。
だが俺と師匠は、存在を気取られずすんなりと門からの潜入に成功した。
村の中に入ってしまえば、別段
結果、この村はヴァルトシュタイン伯爵領の一村であると判明。
ここは精密な地図もない世界なので、『ヴァルトシュタイン伯爵領である公算が高い』というアルトゥールの情報を、実はあまり当てにしていなかった。なので、公爵家の情報網を舐めていたことを、人知れずひっそり反省した俺であった。
そんなこの村の名は”ナーエ”で、ヴァルトシュタイン伯爵の孫娘が代官をしている地と聞いた。
何でも領主の孫であるその女性は若くて美しく、それでいて頭も切れるようで、その女性が代官になってからのナーエ村は、とても活気付いてきたのだとか。
俺としては、何れ遣り取りをする相手になるであろう女性に、できれば会ってみたいと思った。――『若くて美しい』に反応したわけではない。
しかし、その女性が噂通りの切れ者であれば、今は情報を与えない方が良いと思い、興味はあるが我慢することにした。
何にしても、辺境の村では『領主に取り次いでもらうのが大変』だと思っていたので、代官が領主の孫であれば、その時はすんなり領主とも面通しができるであろう。
それがわかっただけでも十分な収穫であった。
村を出ると俺は一筆
俺の領地の開拓に魔法を使用することを知っているアルトゥールには、現状で接触するのは都合が悪い旨も伝えたので、すぐに面通ししてこいとは言わないだろう。むしろ、レーツェル王国と繋がっていることが確認できたのだ、しっかり開拓しろと言われる可能性の方が高い。
そんな予想をしつつ、モルトケ達と合流した。
ナーエ村から離れたこの付近は人の通りが全く無いのだが、念の為に更に村から遠ざかり、崖崩れの近くにあった森の中に仮家を作る。そして、そこでアルトゥールからの返信を待つことにした。
翌日は、久しぶりに何もせずゆっくりと身体を休める。
そして、朝に魔導通信具を確認した際はまだ返信がなかったのだが、昼過ぎに確認するとアルトゥールから連絡が届いていた。
返信内容は案の定で、『早くしっかり開拓を』とのことだった。
その言葉により、待機の必要がなくなった俺達は、シュタルクシルト王国へと戻る旅を開始する。どうせ道中は薄暗いので、出発が朝でも昼でも大差無いのだ。であれば、少しでも早く帰国できるよう早々に出発する方が良い。
意気揚々と出発したのだが、往路同様代わり映えのしない薄暗い景色に、復路でまたもや俺のテンションは下がる。そんな俺に、師匠はこんなことを言った。
『この薄暗い中、商人達は儂ら以上の時間をかけて荷を運ぶ。それは、ブリッツェンの領地に富を
師匠のその言葉に、俺は金属バットで頭を殴られたような衝撃を受けた。
俺はまた、自分のことばかり、考えて、いた……のか。
――まったく、なにが交易都市の領主だ! 渓谷を行き来するのは領主の仕事か? 違うだろ!
この陰鬱な道を通るのは、魔法でサクサク移動できる俺じゃない。馬車で何日も何日もかけて、商人たちが必死に移動するんだ。それなのに……。
不貞腐れていた俺は、師匠の言葉で己の過ちに気付けた。
一時期、俺は自分の考えだけで決断し、そして行動し、誰も頼らず生きていると思っていた。
だが違う。こうして、何度も何度も師匠に導いてもらっている。……師匠だけではない。俺は様々な人に救われている。
自分優先の考え方は、大人だった自分の精神に蓋をしているからではない。
確かに、日本人時代の俺は他人とかかわらず、考えることを極力せず、目標も目的もないない毎日を、ただ無為に過ごしていただけだった。
そして今、そんな大人だった頃の自分に蓋をしていてこの様である。それは結局、俺という人間の根底に”他人を思い遣る心”が無いと証明されてしまったことに他ならない。
ふぅ~。全然成長してないな、俺。
いや、少しだけ成長してるな。一応、家族や仲間とか、身近な人達のことは多少考えられるようになってる……と思う。だけど、それだけじゃダメなんだ。
俺は領主になる。だったらもっと多くの人達のことも考え、思い遣れるようにならないと。
簡単にそうなれないことは、何度も同じような後悔と反省をしてきたんだからわかってる。だから、今は師匠のように俺を導いてくれる人の言葉に耳を傾けよう。
今はまだ、失敗しても大丈夫。俺の過ちは師匠などが正してくれる。
失敗を恐れるのではなく、失敗をして指摘されたら直す。それでいい。
何れは失敗が許されないことがあるだろう。そうなる前に、沢山の失敗をして、その失敗で得たことを糧に、失敗をしないように……は厳しいそうだから、失敗を減らせるように頑張ろう。
最終的に、自分に甘い決断をするのはご愛嬌。それが俺なのだから。
相変わらずの甘ちゃん精神ながらも反省した俺は、聞き忘れていたシェーンハイト達の動向を確認した。
アルトゥールからの返信では、シェーンハイト達は既に王都を発っていると書かれてあったので、俺達が開拓地に戻った数日後に到着すると予想してみる。
今回の旅では、まだレーツェル王国側と正式に接触していない。それでも、渓谷が繋がっていることが確定し、アルトゥールから領地の開拓を正式に許可された。
開拓の許可は、あの地が開拓するに
俺としては、確信はあったが確定ではなかったので、認められたのが嬉しく、自分の領地(仮)に近付くとともに
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