第八話 王都の森
「じゃあ、今日の訓練は終りにしよう」
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
今日から数日は換金の予定がない俺は、クラーマーの子ども達と一緒にフェリクス商会の裏庭で剣の稽古を始めた。
末っ子のカールはまだ小さいので、基本的な型を教えてあげると大変喜んだ。
「さて、これから少し街に出て買い物して、午後は森に行くって予定だったね」
「本当に森へ行くのですか?」
「森、楽しみ」
伏魔殿と呼ばれる魔物が蔓延る森は冒険者でなければ入れないが、通常の森は誰でも入れるし小型動物の狩りも許されている。しかし、狩った獲物の換金は冒険者でなければできないし、危険であるので一般人が森へ入る事は推奨されていない。
ちなみに、冒険者ギルドを通さずに狩った獲物の売買をするのは違法だ。
クラーマーの長男アルフレードは、本人が内政官になりたいと言うだけあって、剣の方はあまり得意ではない。一方の長女エドワルダは小柄な少女なのだが、冒険者志望なだけあって剣がかなり得意だ。
「こうやって訓練するのは大事だけど、俺は森で動物相手に動いて勘を鈍らせないようにしたいんだ。アルフレードは無理しなくてもいいんだけど」
「え~と~、『聖女』アンゲラ様も行くのですよね?」
「私も神殿に入ればあまり森へ行けなくなるでしょうし、自然の中で最後に身体を動かしておきたいので行きますよ」
「それなら、僕もいきます」
下心満載なアルフレードは、行きたくない森であってもアンゲラが行くのなら参加するようだ。
こうして、王都で初めての狩りは、俺とアンゲラ、アルフレードとエドワルダの四人で行くこととなった。残念ながら、まだ小さいカールは留守番だ。
「しかし何だな、立派な体格なのにアルフレードは活かしきれていないのが勿体無いし、逆に小柄なエドワルダが見た目から想像できない力を持っていたのが驚きだよ」
「武か知で分けるなら僕は知ですからね。一応人並みに動けるとは思いますが、ブリッツェン様やエドワルダは世間一般で言えば人並み外れた人種ですし、『聖女』であるアンゲラ様までもが優れた動きをなさるので、自分がかなり劣っているように思えます」
「力こそ正義」
アルフレードは確かにそれなりの動きができるので、本人の言う通り人並みに動けているのかもしれな。しかし、筋骨隆々ではないにしてもなかなか立派な体格なのだから、それを活かして欲しいと思う辺り、俺も脳筋になってきているのだろう。
エドワルダは小柄な俺より少し小さいくらいの身長で、多分百三十センチくらいだ。それにも拘らず、エドワルダはずっしりと重い大剣をしっかり使い熟しているのだから驚きだ。これで身体強化の魔術が使えたら、俺より膂力があるのではないだろうか。
「エドワルダは身体強化の魔術は使わないの?」
「ボク、魔術は苦手」
「それでも全く魔術が使えない訳ではないんだろ?」
「着火とか誰でもできるのは使える」
「そーなんだー」
俺はその着火ですら使えないんだけどね。
そんな訳で、取り敢えず森に行く前に王都の街へ繰り出した。
現状はまだお金が溜まっていないので装備を買えないのだが、今のうちにどんな装備があるのか確認しておこうと思ったのだ。
「…………」
「ブリっち、お金を貯めて仕立てればいい」
「そうだね」
あちこちの店を回った結果、俺のような小さな子供に合った装備は何処にも売っていなかった。――いや、厳密に言えばあったのだが、本当に子ども用の遊具みたいな物だった。
エドワルダの使っている大剣も、大人が使う剣の柄だけを加工して貰ったらしく、本来は少し幅の広いただの両手持ちの剣だそうで、それを加工したのである意味特注の仕立て品であった。
俺の身体に合う装備が無い、という情報を得たことだけが唯一の収穫だった街探索を終え、フェリクス商会に戻って昼食を済ませると、王都近郊の森へ向かった。
「ここは小さな動物しかいない。一般人が入っても比較的安全」
「それでも、狼が出ることもあるので、油断はしないでくださいね」
「了解。――それはそうと、エドワルダは弓も使えるの?」
「ウサギ、撃つ」
エドワルダが手にしているのは大人用の短弓なのだが、エドワルダが持つと大弓のように見える。
実はアンゲラも弓の練習をしており、ズル臭いが風魔法で矢を操れるまでになっていた。
「それじゃあ、ウサギを見つけたら先ずはエドワルダと姉さんに仕留めて貰おう。もし狼が出たら俺が仕留めるよ」
「オオカミは十頭程の群れですよ。ブリッツェン様お一人で大丈夫なのですか?」
アルフレードは俺の力を疑っているのではなく、単に安全に配慮して言っているのであろうことはわかっている。
オオカミの一群なら全然大丈夫だけど、攻撃魔法が使えないからちょっと厳しいかもな。
「そうか、オオカミは群れでいるんだよな。まぁ、皆で手分けすれば大丈夫さ」
「ボクも頑張る」
まぁ、多少厳しくても肉弾戦で遅れは取らないだろう。
そして、俺達は森の中を進み始めた。
「この先右前方に五羽のウサギがいるな。三羽は逃げてしまうだろうけど、エドワルダと姉さんで一羽ずつ仕留めて」
「分かった」
「久しぶりだから逃してしまうかもしれないわ」
「逃げられたら逃げられたで構わないよ。気楽にやってね」
「そうね、わかったわ」
「ここからはウサギに悟られないように慎重にね」
三人が無言で頷いた。
ウサギを視界に捕らえると、いつも通り表情の無いエドワルダと、いつもの笑顔ではなく真剣な表情のアンゲラ。二人がそれぞれ狙撃場所に着いた。
二人はお互いの顔を見合わせると頷き、弓に矢を宛てがい、それぞれが弓を引き絞ると同じタイミングで射出した。
――!
ウサギがピクリと反応したが、二人に狙われたウサギはそれぞれ矢で貫かれていた。
予想通り、三羽のウサギには逃げられてしまったが、確実に一羽ずつ仕留めたので問題ない。
「聖女様、凄い」
「エドワルダちゃんもお上手ね」
「凄いなエドワルダ。姉さんも久しぶりな割には全然問題なかったよ」
「流石です、聖女アンゲラ様」
エドワルダはその膂力のお陰だろう、子どもが引いた弓から放たれたとは思えない速度で矢が飛び出していた。
アンゲラの方の矢は若干狙いが甘かったが、風魔法でしっかり進路の調整をして見事に仕留めていた。なかなか器用に、それでいて悟られないように魔法を使ったアンゲラを見て、その器用さに俺は軽く嫉妬した。と言うのも、俺は放出系の魔法は使えるようになってはいるが、未だに得意ではなく、あくまで”使える”と言うレベルなのだ。
ただ、アンゲラは風を”生み出して”攻撃するような放出魔法は使えないので、もしかすると、飛んでいる矢の補助をしたり、凪いでいる風に力を貸して風の刃にする、などの存在する物の補助をすることが得意なのかもしれない。
そう考えれば、『アンゲラも放出魔法は得意ではないのだから』と溜飲が下がる。ならば、俺は補助が得意かと問われたら、それは”否”となるので、結局俺はアンゲラに嫉妬してしまうのだが……。
俺はそんな醜い嫉妬心を隠し、「この調子で行こう」と皆に声を掛け、その後も二人は順調にウサギを仕留めていた。しかし、俺の獲物であるオオカミが姿を現す事態もなく、今日は森を探索しただけで終りかと意気消沈していると――
「左前方にオオカミだな。……数は十二。そろそろ引き返す時間だし、わざわざ戦わなくても大丈夫だと思うけどどうする?」
「ブリっち、戦いたいでしょ?」
「私とアルフレードさんはここで待っているわ」
「ぼ、僕が聖女アンゲラ様をお守りいたします」
皆、俺が戦いたがっているのはわかっているようだ。アルフレードはちゃっかり美味しいポジションに収まってやがる。
「ブリっち、ニヤけてる」
どうやら、またもや俺は感情を表情に出してしまっていたようだ。
「エドワルダは木に登れる?」
俺は感情が表情に出ていた恥ずかしさを誤魔化すように、しれっとエドワルダに話し掛けた。
「大丈夫」
「それなら、あそこの木に登って、俺が合図したら弓で一頭仕留めて。その後は俺が戦うから、もし危なそうだったら援護して」
「ボク、突っ込めるよ」
「いや、俺に任せて欲しい」
「分かった」
軽い打ち合わせをした俺とエドワルダは移動を開始し、それぞれ位置に着いた。
久しぶりの狩りだ。無理をせず先ずは感覚を取り戻す。――よしやろう!
――シャッ
気合を入れた俺の合図に合わせてエドワルダが矢を放った。俺はそれを確認すると一気に走り出す。
その刹那、先頭にいたオオカミの脳天に矢が突き刺さったのを視界に捉えると、群れの側面から飛び出した俺は一頭のオオカミの首を一刀で切り飛ばし、返す刀で隣のオオカミの首も切り飛ばした。
仲間の異変に気付いたオオカミが散開するが、そうはさせじと俺はまた一頭のオオカミを仕留める。
「ここまでエドワルダと合わせて四頭か。予定では半数の六頭を仕留めているはずだったけど、やっぱり勘が鈍ってるっぽいな」
散開したオオカミは尻尾を巻いて逃げたのではなく、ただ俺との距離を取ったようだ。
四頭ずつの二組に挟み撃ちにされるのは、攻撃魔法を使えない現状では分が悪いな。自己強化の魔力を多くして速度を上げて片方の群れを先に仕留める。これでいいかな。
「よっしゃ、行くぞ」
気合を入れた俺は地を蹴り一気に前方の群れに急接近した。
それに呼応するように、前方のオオカミは俺に向かってくるが、真っ向から対峙する気はない。直前で右にジャンプをし、側面からオオカミに斬りかかる。
「先ずは一匹! そんでもう一匹!」
横薙ぎの剣で前後の左脚を切り落とし、背後を取ったオオカミの両後ろ脚も切る。
急停止するオオカミだか、それは失策だ。
「そりゃー! うりゃー!」
反転しようとするオオカミの横っ面から首をたたっ斬る。残り一頭も下から掬い上げるように首を切り飛ばした。
「残りはあの群れだけだ!」
俺の後方から追いかけてきていた残り四頭の群れは、今は前方から迫ってきている。――が、仲間が倒されるのを目の当たりにして怖気付いたのだろうか、明らかに速度が落ちた。
「反転して逃げられるかも知れないな。その前にこっちから仕掛けてやる!」
今のオオカミなら正面突破も問題ないと読んだ俺は、一気に距離を詰めるとジャンプし、走る勢いの弱まったオオカミに上から剣を叩き付け、先ず一頭の首を刎ねる。
続け様に二頭目三頭目と仕留めると、いの一番に逃げたがその判断が些か遅かったオオカミの後ろ脚を切り飛ばした。
「よし、これで終りだな」
俺はここで油断することなく周囲の気配を確かめるが、周囲に危険な気配が無いのを確認し、脚を切り飛ばされてはいるが息のあるオオカミの首を切って回る。
「ブリっち凄い」
いつの間にやら木から降りてきていたエドワルダに褒められた。
「胴体に傷を付けず、全部倒してる」
「少しでも高く売りたいからね」
オオカミの毛皮は時期に関係なく、敷物としての需要が年中あると聞いた。それならば、毛皮の素材となる胴体に傷は付けたくなかったので、脚か首を刎ねるようにしていたのだ。
ただ、オオカミくらいの大きさの毛皮は魔物の毛皮とは違い玄関マット的な使われ方をするので、あまり取引価格は高くないようだ。それでも胴体が綺麗だと若干高値になるので、少しでも傷が無い方が良いと聞いている。
「エドワルダ、魔道具袋にこのオオカミ達をしまってくれる」
「分かった」
俺の魔道具袋もどきは使うわけにはいかないので、今回はクラーマーがエドワルダに魔道具袋を持たせてくれているのだ。
「ブリっち、終わったよ」
「ありがとうエドワルダ。さて、姉さん達の所へ戻ろうか」
「ん」
オオカミを回収した俺達はアンゲラ達と合流し、フェリクス商会への帰路へと就いた。
帰路での会話はオオカミ戦の話だったが、初手のエドワルダの弓攻撃以外の十一頭は俺が倒したと聞いたアルフレードが「見たかった」と言っていた。
フェリクス商会に戻ると、魔道具袋はエドワルダからクラーマーに渡された。
俺とクラーマーはフェリクス商会の倉庫に移動し、クラーマーにより魔道具袋の中身が出されていた。
「このウサギはフェリクス商会の皆さんで召し上がって下さい。オオカミの毛皮もお譲りしますので」
「よろしいのですか? オオカミなど胴体が無傷ではないですか」
「オオカミの毛皮は胴体部分を使うと聞いていたので、それを意識して仕留めましたので、少しでも高く売れると良いですね」
「ありがたく頂戴いたします」
居候として、少しでも返せる恩は返しておかないとね。
「ああ、エドワルダと一応アルフレードにお小遣いでもあげて下さい」
「承知しました」
「それと、ウサギの毛皮だけは頂いていいですかね?」
「それは勿論構いませんよ」
「助かります。では、毛皮を鞣して繋いでくれる職人を紹介して頂けますか? 自分用の寝具として使いたいと思いまして」
「それならこちらで手配して作らせますが」
「では、お願いします」
王都からメルケル領に戻る際、時間短縮と鍛錬のために馬車に乗らず自己強化をして走って帰る予定だ。そうすると道中で野営をすることもあるだろうから、手持ちのくたびれた毛皮だけでは心許ないので、もう一つ毛布用の毛皮が欲しかったのだ。
あれ? もしかしてウサギの加工代金ってこのままだとクラーマーさんが支払うんじゃね? それだとオオカミの毛皮だけだと赤字になるだろうな。また何かで埋め合わせをしないとな。
そんなことを考えている間に、フェリクス商会の従業員によりウサギが解体され始めた。
きっと今夜の食卓に上がるのだろう。
「今夜は、アンゲラ様とエドワルダが仕留めたウサギを調理させました」
予想通り、夕食にウサギが出された。
「うん、美味い」
普通に美味いのだが、食事に対する語彙力のない俺は「美味い」としか表現できないのだ。
食後は部屋に戻り、アンゲラと翌日の予定を話し合った。
「姉さんが住むことになる貸家に一度は行っておきたいからね」
「そうね。私も実際に住む前に確認をしておきたいわね」
貸家は既にクラーマーが用意してくれており、家具などの搬入も終わっている。
「朝の稽古が終わったら行ってみようか?」
「そうしましょう」
「昼食はその付近の店でどう? ついでに、その付近の探索もしておこうよ」
「そうね、私一人だと迷子になりそうですものね」
大雑把だが、一応の予定が決まった。
翌日、朝の稽古が終わると、アンゲラがこれから住む貸家の視察に行くことをエドワルダ達に伝えた。
「場所は僕が把握していますので、ご案内いたします」
「ありがとうアルフレード」
「ありがとう存じます」
「ボクも行く」
こうして、アンゲラの新居(貸家)周辺の探索も含めて皆で行くことになった。
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