第52話 六人の小さな騎士たち
――痛いところを突くね。
魔物とは、死体が宿った魔力で動く現象。つまり王都を徘徊する彼らは、もう死んでいるのだ。
けれどここでごまかしても、子供たちは近い将来に現実を知るだろう。
だが今それを話すのが正しいのかもわからない。
彼らの親兄弟だって、王都にいたはずなのだ。
迷うヒカリだったが、一方のオーレルはマックの目を真っ直ぐに見た。
「元通りの街の姿になるかについては、正直否と答えるしかない。だがあの憐れな姿でいる人々を、人としてあるべき姿に戻してやることはできる」
言葉を選びながら話すオーレルに、マックが辛そうな顔で俯いた。
「……そっか、やっぱ高望みは駄目だよな」
そう零す彼にもう一人、交代で王都に出かけていたという少年が肩を叩いた。
「でも、皆ののお墓を作ってやることは、僕たちにもできるよ」
「うん、そうだな」
マックと彼は二人、抱き合いながら静かに涙を流す。
その様子を見た他の子供たちもすすり泣きを始めた。
彼らは状況がわからずとも、あのゾンビ軍団が生きていないことは、うっすらとわかっていたのだろう。
そのショックと悲しみは、森で暮らすたった数十日で消えるようなものではない。
身を寄せ慰め合う子供たちを、ヒカリは眩しいものを見るような、それでいて懐かしいものを思い出すような気持ちで眺める。
――強い子たちだな。
たった一人でこの世界に迷い込んでしまったヒカリは、来たばかりの頃毎日泣いて泣いて泣きつくした。
『どうして私がこんな目にあうの!?』
ヒステリーを起こすヒカリを黙って見守ってくれたのが、師匠である。
あの人がいるから、今のヒカリがここにいる。
彼らだってきっと子供だけで放置された数日間で、パニックを起こしヒステリーを振りかざしたことだってあっただろう。
喧嘩も殴り合いもしたかもしれない。
それでも彼らには励まし合う仲間と、守るべき尊い人がいた。
その事実が、今までの彼らの精神を繋ぎとめて来たのだ。
ヒカリがしんみりとした気持ちで子供たちを眺めていると。
「クリストフ王子殿下」
隣で同じように子供たちを見ていたオーレルが、一人泣くまいと唇を噛み締めているクリストフに声をかけた。
「ここにいる彼らがこれまで生きながらえることができたのは、あなたを守らなければならないという気持ちゆえでしょう。あなたという存在が、彼らを生かしたのです」
オーレルの言葉に、クリストフはしばし目を瞑った後、静かに告げた。
「そうでしょうか? 他にするべきことがあったのではないかと、何度も考えるのですが、答えが出ないままで……」
苦しそうに言葉を絞り出すクリストフを、マックが真っ赤な目で振り向く。
「そうだよ! だってクリスは兄ちゃんと一緒に戦わない国をつくるんだろう!? 約束、果たして貰わなきゃ!」
「クリスがお兄さんと会うまで、僕たちは一緒だからね!」
マックや彼と抱き合っていた少年が、そんなことを言った。
「今の私たちはクリスを守る騎士なのよ!」
「そうよ、たった六人の騎士団だけどね!」
少女たちまでも、立ち上がって拳を突き上げる。
「みんな……」
クリストフから堪えていた涙がポロリと零れた。
子供たちの様子に、オーレルが眉をひそめる。
「王位交代の内乱で、そうとう人死にが出たとは聞いていたが……」
「そうなの?」
そのあたりの事情をヒカリは全く知らない。
どうやら子供たちのトラウマになるくらいに、酷い内乱だったらしい。
けれど国を立ち直らせようと頑張る王子様を、支えてくれるであろう人がいる。
「いいお友達ですね」
ヒカリがそう声をかけると、クリストフは目を見張った後、くしゃりと顔を崩す。
「……はい、自慢の友人たちです!」
それは自然な子供の笑顔だった。
それにしても、今気になる話を聞いた。
「兄ということは、王太子殿下はご無事ということですか?」
オーレルがクリストフに尋ねる。
そう、あの王都の惨状を見て、果たして王族は生き残っているのかと心配していたのだ。
治める者のいなくなった空白の土地は、戦乱を生み出す。
「ええ、ちょうど領地の視察に出かけていて、しばらく帰らない予定だったはずです」
どうやら兄がおらず父はおかしな研究に夢中で、息苦しい城にいたくなくて、友人を追いかけたということもあるようだ。
「だったら王太子様は、王都に近付けないでいるのかもね」
子供たちに救援の手が届かない理由を、ヒカリはそう推測する。
国境砦の門番も、人を遣わしても戻ってこないと言っていた。王太子側も同じことをしたのなら、人の帰って来ない王都を警戒するだろう。
それにヒカリたちは偶然マックと行き会ったが、会わなければ森に子供たちがいるなんて気付かない。
王都で物資調達を繰り返していたマックたちが無事だったのは、子供故の小回りで細路地に入ってゾンビを回避できたのと、長時間王都に滞在しなかったためだ。
マックは気分が悪くなり始めると、すぐに王都を出たという。
大人は子供よりもなまじ我慢強いせいで、魔力不足で動けなくなるまでいってしまったのかもしれない。
――魔女の薬をたくさん持っていくか。
ミイラ取りがミイラになるということわざがあるが、この場合それが例え話にならないのだ。
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