第50話 七人目の子供
話をしているうちに火の勢いが出て来たので、棒パンを炙り始めた。
しばらくすると棒パンの焦げ目のついたあたりから、いい香りが漂い始める。
「わぁ、本当にパンの匂いだ!」
「美味しそうー」
キラキラした目で棒パンを見てる子供たちに焼け具合を任せて、ヒカリはこの間に彼らの体調を診ることにした。
ほとんどの子供たちはこの森に避難していたおかげか、魔力の流れに異常は見当たらない。
魔力不足気味だったのは、マックともう一人の、交代で王都へ物資の調達に行ってた子だけだ。
しかし全員が栄養不足に陥っていたので、パンの他にも荷馬車に積んでいた野菜や薬草を使って、スープを作ることにした。
ヒカリがスープを仕込んでいると、オーレルが狩りから帰って来た。
「このくらいデカければ、全員に行き渡るだろう」
そう言いながら引きずって来たのは、大きなイノシシである。
オーレルは狩りも上手いのだ。
「ヒカリ、手伝え」
「あいー」
オーレルに言われて、ヒカリもイノシシの皮を剥ぐのを手伝う。
日本ではもちろん解体はもちろん狩りだってしたことがなかったが、今では慣れたものだ。
剥いだ皮は普通なら売れば金になるのだが、王都がああいう状況だと売る先がない。
なめすにも手間がかかるし、持っていても腐るばかりなこともあって、燃やしてしまうことにした。
肉の解体を子供たちは怖がるかと思いきや、怖いもの見たさなのか、少女たちも遠くからだがじっと見ている。
「あれがお肉……」
誰か呟いていることからも、肉を食べるのが久しぶりなのが窺えた。
そうしていると棒パンも全部焼きあがったので、かまどで次にイノシシの肉を焼く。木の枝で作った串にささった塩と胡椒を振った肉のいい香りが、辺りに漂う。
肉が焼けるとスープもいいカンジに仕上がったので、早速食事となった。
全員にパンをいきわたらせ、オーレルが狩ってきたイノシシの肉を焼き、ヒカリの作ったスープを渡すと、子供たちの顔に笑顔が浮かんだ。
「お腹いっぱいに食べれるなんて、家にいた時以来よ」
「僕もだ」
「美味しそうね」
子供たちが口々にそう話す中で、少年が一人パンと肉とスープを一人分持って、小屋に入っていくのが見えた。
「やっぱり中にまだ誰かいるのね? 病気や怪我なら診るよ?」
「いや、単に人見知りなだけだから」
ヒカリが声をかけるも、彼は曖昧な笑みを浮かべて小屋に入って行った。
温かい食事を食べて全員の気持ちが落ち着いたところで、ヒカリは子供たちに尋ねた。
「ねえ、王都があんなになったきっかけっていうか、心当たりみたいなのを誰か知らない?」
ミレーヌの故郷の村にゾンビ軍団がやって来る前に、なんらかのことがあったのは予想できる。
それがなにかを知っているかと思ったのだが。
「そんなこと、俺らが知りてぇ。さっき聞いたように、俺らは学校の行事で出かけていて、帰ってきたらああだったんだ」
マックが口をとがらせてそう言った。
そしてこの小屋は、最初一緒にいた大人たちに連れて来られた場所だという。
「そっかぁ……」
ヒカリはため息交じりに零す。
ここにいる子供たちは、王都にいなかったからこそ被害を免れたのだ。
情報がないのは残念だが、助かった者がいただけでも僥倖だろう。
いずれ彼らを、どうにか保護してもらえる場所へ送り届けなければならない。
そのためには、この事態の解決が必須だ。
「やっぱり、お城に行ってみるかぁ」
「それしかないようだな」
オーレルと二人、顔を見合わせたその時。
「心当たりなら、私が知っています」
そう小屋の方がから声がして、ドアがゆっくりと開いた。
「え?」
ヒカリが小屋を振り返ると、マックが立ち上がって慌てて小屋に駆け寄った。
「出て来るな、クリス! 危ないかもしれないだろう!」
叫ぶマックに、しかし声の主は落ち着いて返して来た。
「心配してくれてありがとう。でもこの人たちは、今の状況を変える方法をしっているかもしれない」
そう言って小屋の中から出てきたのは、他の子供たちと同じ年頃の少年だった。
少し癖毛の亜麻色の髪はさっぱりと洗われており、服もヒカリたちが運んで来たものを着ている。
小屋の中に運んだたらい風呂に入ったのは、この男の子だろう。
――雰囲気のある子だなぁ。
ヒカリがそんな風に思っていると。
「私はクリストフ・アデル・ヴァリエ。ヴァリエの第二王子です」
なんと、彼が驚きの名乗りを上げた。
「……ヴァリエの、第二王子?」
ヒカリは少年をポカンと見る。
「ねえ、本物?」
オーレルに問いかけると、あちらも驚いた顔をしていた。
「亜麻色の髪に青の目、即位式で見た国王の隣にいた王妃に、どことなく似ているような気がするが」
そう告げるオーレルは、なにせユグルドからの使者の集団の後ろの方で王族をちらっと見ただけらしく、記憶が曖昧だという。
「確かに、私は母上に似ているとよく言われます。あなたはユグルド国の人ですね、言葉の訛りでわかります」
クリストフがそう言ってふわりと笑うと、マックが彼の前に両腕を広げて立った。
「クリスは本物の王子様だぞ! でも偉ぶったりしないで俺たちとも普通に話してくれる、いい王子様なんだからな!」
マックが顔を真っ赤にしてそう言い募る。
他の子供たちも、心配そうにクリストフとヒカリたちを見比べていた。
――そうか、皆でこの子を守ろうとしていたんだ。
いくら親切にしてもらったとはいえ、見知らぬ他人であるヒカリたちの前に王子様を出すのはマズいと思い、必死に隠したのだろう。
このクリストフが本物の第二王子なのかの真偽は、ここで明らかにするのは難しい。
だが少なくとも子供たちにとっては大事な、守るべき人物なのだ。
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