第3話 初めての街は世知辛い
一日歩きどおしだったヒカリの足はパンパンだ。
「ほわー、これが異世界の街かぁ」
師匠の家は、見下ろしても街並みが確認できないような山の高い場所にあったので、ここが初めて見る異世界の街となる。
街は高い塀に囲まれおり、圧迫感を感じさせる作りをしている。しばらく塀をぼうっと見上げていたが、ふとあることに気付く。
――これって、どこから入ればいいのよ?
入り口らしきものが見当たらないのだ。もしかして自分が辺鄙な場所にいるのかもしれないと、塀に沿って歩いて行く。
だがなかなか入り口が見つからず、だんだんと面倒になってくる。
「いっそ魔法で塀を飛び越えるか?」と考え始めるヒカリだったが、師匠の家のように不審者を弾き出す結界があるかもしれないと思い直す。それに人前で魔法を使うなという師匠の言葉もある。
大人しく入り口を探してずいぶん歩いた後に、塀の規模のわりに小さな鉄製の扉を発見した。扉は開いており、見張りらしき者は誰もいない。
「自由に入れってことよね、きっと」
一日歩いた後にさらに歩かされ、ヒカリはクタクタだった。
早く温かな食事をして、フカフカのベッドに横になりたい。一応金目のものは師匠に持たされているので、これをどうにか換金して宿代を手に入れようと、ヒカリは意気込んだ。
街に入ってからヒカリは、師匠以外の異世界人との対面に胸をドキドキさせつつ、大きな通りに出たところ、いきなり走る人の集団に行き当たった。
「うひゃっ!」
驚いたあまり尻餅をついたヒカリだったが、彼らはこちらが視界に入らないのか、前を通り過ぎていく。
全員体格のいい男たちで、揃いの服を着て腰から剣を下げているので、雇われ兵士か、はたまた噂に聞く騎士というものかもしれない。
――初めての、師匠以外の異世界人だ!
彼らとの会話はなかったものの、人間を見たことで興奮状態になったヒカリは、大通りのど真ん中でキョロキョロとし始める。
日暮の迫る中、大通りは大勢の人が行き交っていた。見かけるのは先程のような揃いの服装の男や、服装は違うが逞しい男、それ以外は商売人らしき人たちだ。
――なんだか、あんまり華やかな感じじゃないなぁ。
ヒカリはそんな感想を抱きながらも、まずはお金を手に入れようと、買い取ってくれそうな店を探すことにする。
だがどこに行けばいいのかわからないので、通りの脇でタバコのようなものをふかしている中年の男に近付いて尋ねた。
「あの、持ち物をお金に代えるには、どこに行けばいいですか?」
結構な勇気を振り絞って話しかけたヒカリに、中年男は怪訝な顔をした。
「なんだか妙な訛りの嬢ちゃんだな、どっから来たんだ?」
「訛ってる……!?」
ヒカリは初会話でショックを受けた。確かに中年男の言葉は理解できるが、自分の喋っている言葉とイントネーションが違う。
ヒカリは当初異世界の言葉がわからず、師匠から学んだ。最近では結構流暢に話せるようになったと思っていたのに。
――いや、待って、師匠の言葉が訛っていたってこと?
山奥に引き籠っているくらいだ、田舎訛りの言葉であってもおかしくはない。そう納得したヒカリは「訛っている問題」は流すことにした。言葉は通じたようだからいいではないか。
「どこでお金に代えられますか?」
同じ質問をしたヒカリに、中年男は答えてくれた。
「ずっと向こうに天秤の看板を下げている店が見えるだろう? あれが換金してくれる道具屋の印だ」
「ありがとうございます、行ってみます!」
教えてくれた親切な中年男に礼を言ったヒカリは、教えられた看板に向かって駆けて行く。急がなくては、店が閉まるかもしれない。
幸運にも、閉店前に店に滑り込めた。
「すみません、換金してほしいんですが!」
「いらっしゃ、どれをだね?」
店番らしきおじいさんがいるテーブルに、ヒカリは師匠に貰った金目の物を置いた。
――そういえば、この世界のお金ってどんなのだろう?
コインなのか紙幣があるのか。ヒカリは少しワクワクしておじいさんの回答を待つ。
するとおじいさんが微妙な表情をした。
「なんだねこれは、ガラス玉? ガラクタなんて買い取れないよ」
「……はい?」
おじいさんの非常な言葉に、ヒカリは固まる。
テーブルの上に置かれているのは、透明な石だ。一見ガラス玉のようだが、実は魔力を溜める道具である。魔力を吸うと虹色になるのだが、今は魔力がからの状態なので透明なのだ。
魔法士ではない者が魔力を扱うのに便利な道具で、師匠はこれを昔知り合いに貰った値打ち物だと言っていた。
ヒカリはショックを受けて店を出るが、この店が外れだったのかもしれないと、いくつか天秤の看板の店に入ってみるものの、結果は同じ。
「魔力を溜める便利なものですよ!?」
最後の店ではそう食い下がったヒカリだったが。
「ああ、絵本に出て来る物を再現したのか。子供には宝物かもしれんが、しょせんガラクタだよ」
なんと、子供のおもちゃ扱いをされてしまった。
換金できなければ、当然宿に泊まるなどできるはずがなく。
「世の中って世知辛い……」
ヒカリは街の隅のあまり治安が良くなさそうな区画の、雨風がしのげるか不安な作りのオンボロ家の軒先で、しおしおと項垂れていた。
このオンボロ家は空き家のようだ。周囲の同じようなボロ家には、浮浪者のような恰好の者が出入りしている。空き家に勝手に住み着いているのかもしれない。
「仕方ない、今日はここで寝よう……」
もし家の持ち主が現れれば、速やかに立ち去ればいい話だ。
家の中に入ったヒカリは、奥にかろうじて残っていた暖炉らしきものを発見した。家の周辺や中に人がいないことを確認して、暖炉に魔法で火をつけると、昨日と同じように干し肉を炙りカップにお茶を淹れる。
干し肉をパンに挟んでモソモソと食べながら、ため息を零す。
「あぁ、侘しい……」
暖炉のあたりには、割れた食器やボロボロの毛布などが散乱していた。ここを宿代わりに使った者が残したのだろうか。自分はそんな彼らのお仲間だ。
こうしてヒカリは、この日も野宿と変わらない夜を過ごしたのだった。
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