・《出張先はオカルトですか!?》- 2 -
朝の御茶ノ水駅。
天高くそびえる企業のビル群に、それに並ぶほど大きな病院やら大学やらが立ち並ぶ、まさに都会と呼べる街。
電車の線路が川のように引かれ、その上に橋がかかっており、そこには土曜だというのに多くの車や人々が行き交っていた。
「そろそろ…来るはずなんだけどなぁ。」
時刻は午前9時20分。
本当だったら通り道である僕の最寄駅が待ち合わせ場所だったんだけど、今日の朝に相川さんから『少し遅れるから、御茶ノ水駅前で』と連絡が来た。
「まあ店はここからすぐだから、焦る必要もないか。」
御茶ノ水から秋葉原まで、たいした距離はない。
昨日、地図を確認したのだけれど、どうやら“オカルトメイド喫茶
僕にとっては15分は短いのだが、一般的には長く感じる人の方が多いかもしれない。
それでも充分に余裕を持って出たので、時間的には充分だ。
そう思って待つこと10分。
僕がスマホを片手に、駅の改札前で待っていると、
「
額に汗を浮かべ、息切れを起こしている相川さんがこちらへ走ってきた。
「ごめんね遅くなって…!」
「ふぇ!?う…うん。大丈夫だよ!」
思わず、返答に焦りが出てしまった。
というのも、今日の相川さんの服装がとてもその…とても可愛らしかったからだ。
普段、学校やバイト先でしか彼女に会わないためか、普段着の相川さんはとても新鮮に見える。
というか、変に意識してしまう…!
「ん…?どうしたの柊木?顔赤くして。」
「な…なな、何でもないよ!」
五月にしては異例の暑さのためか、相川さんの服はかなり薄着だった。
肩を出した白いワンピースに、重ね着しているインナーキャミソール。それのせいなのか普段の制服とは違って、胸がかなり強調されているような気がする…。いや、ホントに凄い。
相川さんが履いてきたサンダルにはカラフルな花が散りばめられており、彼女の服の白によく映えていて可愛らしい。
日よけのストローハットは彼女のツーサイドアップの髪形を覆い、普段とは変わった一面を見せていた。
その…なんかこうしてみると、デートの待ち合わせみたいだな、なんて思ってしまう。
「どうしたのよ?まさかアンタ、気候の変化に付いていけなくて風邪ひいたんじゃ…。」
相川さんが少しかがみ、僕の顔を心配そうに下から覗いてくる。
汗を浮かばせ、蒸気した彼女の整った顔が、今の僕には妙になまめかしく見えて、ドキドキを隠せなかった。
だ…駄目だぞ僕!落ち着くんだ!相川さんはそんなつもりないんだから!
「ひ…ひいてないから!大丈夫だから!」
「そう?変な柊木。」
クスッと笑う相川さん。
彼女が顔を近づけたとき、とてもいい匂いがしたことは黙っておこう…。
これ以上、罪を重ねてはいけない。
「そ、それにしても相川さんが遅れるなんてどうしたの?」
僕が気になっていたのはそこだった。
相川さんは言わずもがな、かなりのしっかり者だ。
学校には遅刻もしないし病欠もほとんどない。
仕事先では、普段の彼女の顔とはうって変わり、笑顔を絶え間なく振りまいている。
新人ながら、
そんな彼女が、数分とはいえど遅刻したとなっては、何かあったのか心配になってしまう。
「それが…お父さんもお母さんも急に仕事が入ったみたいで、弟達の朝ご飯作らなきゃいけなかったのよ。」
「あぁ、
「元気も元気よ。春之助は最近反抗期だけど、
あ、そうか。
言い忘れていたかもしれないけど、相川さんは四人兄弟の長女だ。
たしか、春之助君は今年で中学二年生で、次女の愛乃ちゃんは小学校五年生。三女の雛乃ちゃんは二年生だった気がする。
最後にあったのは一年前くらいだったかな?みんな元気でいい子だった印象だけれど。
「相川さん、大変そうだけどちゃんと寝れてる?無理はよくないよ?」
「私、寝つきはいいほうなのよ。気にしないで。」
「そう?ならいいけど。」
確かに、本人の言う通り相川さんの顔は妙に生き生きとしており、血色もよかった。
というか、いつもより元気そうなんだよな…。
さっきから気になってはいたけど。
「さて。遅れた私が言うのもなんだけれど、そろそろ行きましょうか。」
「あ、うん。そうだね。時間的にもちょうどいいし。」
相川さんも時計を確認し、そう切り出した。。
改札のある駅構内を出て、太陽が照らす道路に出ると、秋葉原方面へと歩き始める。
騒がしい街を行きかう人々の中で、やはり彼女のピンクブラウンの髪は、帽子に隠れていても少し目立って見えた。
こうしてマジマジとみていると、相川さんは僕とそう目線の位置が変わらないことに気が付く。
これは相川さんが大きいのか、僕が小さいのか…。もっと牛乳飲んだほうがいいかもしれない。
「なによ?顔になんかついてる?」
「ううん。にしても、相川さんの今日の服、似合ってるね。また、手作り?」
「ふぇ!?そ、そうよ?服作りが唯一の趣味だからね…。その、アンタが昔————」
「僕が昔?」
「な、何でもないわ!そ、それにしても、新人研修期間なんてあったのね!」
なんだ?いきなり話を逸らされたような…。都合の悪いこと聞いちゃったのかな?
「あ、それについてなんだけど、新人研修は名目だけなんだって。」
「名目だけ?」
「うん。店長が言ってたんだけど、これはあくまでもメイドの日のイベントなんだってさ。本来は系列店同士が何人かの店員を交換して、ほかの店のことを学ぶのが目的だったんだけど、今年は新人がちょうど二人も入ったから、研修って名目で出したんだって。」
「その先がオカルトメイド喫茶って…。そもそもオカルトメイド喫茶って何よ…?メイドなのかオカルトなのかどちらかにしなさいよ…。」
「いや、それを言ったら”モフィ☆”も怪しいんだけどね!?で、僕も気になって“メイドリア”で調べたんだけど、そこまで有名ではなかったみたい。教授も首を傾げていたし。」
「教授が知らないのも珍しいわね。”メイドリア”に張り付いてる印象だったのに。」
「まあ、要するに行ってみないと分からないってことだね。」
「最悪だわ…。」
“メイドリア”とは、メイド喫茶専門のランキングサイトの事だ。
数々のメイド喫茶が立ち並ぶこの戦国時代において、戦いの場は主にこのサイトである。
いわゆるレビューサイトのようなもので、お客たちは来店した後に店の評価をつけていく。
接客や、従業員の態度、料理の味、内装などの様々な要素から合計点を算出し、その評価をランキング形式で記載しているのがこのサイトだ。
以前に、僕たちが働いている“モフィ☆”も、急上昇一位になったことがある。
あの日は…思い出したくないな…。
「そもそも、何で今日が“メイドの日”なんだろうね。」
「アンタ、それが分からずに“メイドの日”って言ってたわけ?」
「うん。そんな国民の日があるわけでもないでしょ?」
「そりゃそうでしょうよ。5月は“May”、10日を“ド”と読み替えれば、“メイドの日”ってことでしょ?多分。」
「ああ、なるほど!うまい語呂合わせだね!」
「誰が言い出したのかは分からないけどね。」
店長や御剣先輩に聞いたところ、このメイドの日のイベントは毎年開いているらしく、去年は別の系列店と交換の研修を行ったそうだ。
いつもは“モフィ☆”で働いている店員が、別の喫茶で別のコスチュームになるのは、固定客にとってはうれしい物らしく、毎年このイベントは大盛況だと聞いた。
ちなみになのだが、去年はその交換に奏先輩と御剣先輩が駆り出され、“童話メイド喫茶 メルへ”というところに行ったらしい…。
「あ、着いたわよ柊木。ここじゃない?」
「そうだね…ってあれ?」
そんなことを考えて歩いていると、相川さんが突然指をさした。
大通りから一本道を外れ、飲食店が立ち並ぶ少し賑やかな通りに、“オカルトメイド喫茶 百鬼”はあった。
あったんだけど…。
「なんか…普通、だね?」
「同じこと思ったわ。案外普通なのね…。」
“オカルトメイド喫茶“はおろか、その外観は”メイド喫茶“とも言い難いような、ごく普通のビルだった。
「い…一応看板は出てるんだよね。“オカルトメイド喫茶 百鬼”って。この見た目じゃ“指定暴力団 百鬼”って感じだけど…。」
「思ってたのと全然違うせいで、なおさら怖くなってきたわ…。」
「と…とりあえずここであってるみたいだし、入ってみるしかないよね…。」
「ね…念のため、ここはアンタに任せていいかしら…?」
「ええ…どこまでビビってるのさ?」
「ビビってなんかないわよ!ほら!早く開けて!」
相川さんに促されるまま、僕は固く閉ざされた鉄の扉に手を伸ばす。
…って重いなこの扉!なんだこれ!本当に喫茶店の扉か!?
凶悪犯罪者の地下牢の扉とかじゃないの!?
「お…お邪魔しま———————」
恐る恐る扉を開け、中を覗き込む僕たち。
「なんか、真っ暗ね…。」
「相川さん。僕の後ろに隠れるのはいいけど、腰にしがみつくのはやめてくれないかな?」
「し、仕方ないでしょ!何が来るかわからないんだから!」
強気なことを言ってはいるけど、手も足も生まれたての小鹿のように震えてるよ相川さん!
まだそんなに怖くはないでしょうよ!
「すみませーん!”モフィ☆”から来たんですけどー!」
「ちょっ!柊木!なに大きな声出してるのよ!幽霊とか出てきたらどうするつもりなの!?」
「何を言っているの相川さん?こんな真昼間から幽霊なんて————」(ガシッ!!!)
ん?なんだろう。
ドアを開けている僕の腕に、いきなりものすごい力がかかってきた。
まるで何か、怨霊に掴まれているような、ものすごい力だ。
「ひ…ひひひ、柊木?あああ、アンタの手首、手首…!」(ガタガタガタガタガタガタ)
「ななな、何を言っているのさ相川さん!幽霊なんているわけじゃないじゃないか!まったくビビり屋さんだなあ!」(ガタガタガタガタガタガタ)
「アンタもビビりまくりじゃない!というかその腕—————!」
腕の主は、扉の向こう。
暗闇の中から腕のみが、僕の手首をつかんでいた。
そして、影の中から僕らのほうをジッと見つめていたのは…。
暗闇に光る、一つの眼だった。
『歓迎…だ。』
「「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!」」
僕らの叫びは空へと響き、街を見下ろしていた鳥たちは飛び立っていった。
相川さんはともかく、咄嗟に出た僕の悲鳴が余りにも女々しいのは、この際気にしないで欲しいと切に願う。
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