第41話 黒猫とふたりと戯れ

  


 黒猫はクロエを連れてリビングに行くと、既にそこには若い人間形態のアトスが居た。

 黒猫が来るのをずっと待っていたのだろうか、彼は部屋に入って来た黒猫の姿を見て一瞬、ハッとした表情をつくり至極真面目な表情で黒猫の傍に少しだけ速足で近づいてきた。


「シャルル……………………」

「ん、どうかしたか?」

「あ、いや、そのだな……………貴様にしては目覚める時間が遅いなと気になってな………何かあったか?」


 まるで何かを探る様な遠慮がちな声色、アトスにしては珍しい様子に黒猫は目を丸くしつつも、昨晩の事をアトスに言える訳は無く、誤魔化すような表情を浮かべた後に…………。



「寝坊だ!」



 ドン!、猫耳をピンと立て腰に手をと堂々たる威風でそう言い放った。



「ね、寝坊?」

「うむ、そうだ。随分と待たせたようですまぬな」



 まさかの答えに呆気にとられるアトス。彼は昨夜の黒猫の様子から、今日もひどく落ち込んでいる思っていた故に既にいつもの調子に戻っているとは思わず驚いてしまったのだろう。

 だが、強がっているだけなのかもしれないとも思い、アトスは黒猫の後ろに控えていたクロエに視線を送ると、彼女はアトスの意図を察したのか、微笑みを浮かべて小さくうなずいた。


 クロエの大丈夫ですよ、という意味を多分に含めた視線の受けとめたアトスはほっとした様子で小さく息を吐く。


「そうか………最近はずっと動き続けておったから疲れ溜まっていたのかもな。今日は少しゆっくりするか?」

「したい気持ちはやまやまだが、それよりも確認したい事がある」

「確認?」

「ああ、そうだとも、アトス貴様の事だ」


 黒猫はそう言って含みのある笑みを浮かべると、やや大股気味にアトスへとずんずん歩み寄る。黒猫の笑みは覇気がある事は知っているとはいえ、何故かいつもより迫力が三割増しになっているような気がしたアトスは本能的に半歩下がってしまった。だが、黒猫は逃がさんと言わんばかりに手を伸ばしてネクタイを掴むとクイッと引き寄せた。

 二匹ふたりの今の身長差は約30センチ。その為首元を引っ張られたアトスは前かがみに、黒猫は見上げる形となり、傍から見ていたクロエは本人の意志とは無関係に上がる口角を見られないようにを両手で隠す。


「昨夜の事、アドリアーナ殿と貴様の関係、全部教えて貰おうではないか」

「い、いや最初から隠すつもりなど…………顔が近いぞ貴様」

「近づけておるからな」

「なぜ!?」

「貴様が辛気臭い顔をしておるからだ。何を話し合っていたかは知らぬが似合わぬ面をしおって」


 そう言い放つと、黒猫は喝を入れんとアトスの額にデコピンを放った。


「おうっ!」


 パァン!!と子気味のいい音というには発砲音にも似た音が部屋に響き渡り少し頭を仰け反らせるアトス。避ける事も可能ではあったが、昨夜の出来事で後ろめたさを覚えていた事もあり彼は黒猫からの一撃を甘んじて受けた。

 痛みはない。そして、アトスは黒猫のむん!と満足げな表情を見て少し心を軽くなり思わずその頭に手を乗せ撫で繰り回した。


「……………………クハハ、了解した。貴様には洗いざらい吐くことにしよう」


「うむ!それでよいのだそれで………何をしておる貴様」


「……………今回の件は我にとってもアドリアーナにとっても大切な事なのだ。長い話になるだろう。出来ればアドリアーナを交えて腰を据えて話をしたい。朝食を……いや、時間的にはもう昼食か。飯を食ったのちに冒険者組合に向かいたいと思っているのだがどうだろうか?」


「そうだな、吾輩も腹がすいておるし貴様の言う通りに今日は動くとしよう………いや、真面目な話で誤魔化すな。なぜ頭を撫でておる」


「いやな、いい位置に頭があったら撫でたくなるだろう?」


「ぬぅ貴様、吾輩を子ども扱いしておらぬか?」


「実際子猫だろう?それにそっけなくされるよりは貴様的にマシではないか?」


「むぅそれもそうだな…………その無礼、許してやろう」


「クハハハ、ありがたいな」


 顔は不服そうに眉を顰めているが、声色に喜色が混じるのが抑えきれず少しうわずり、尻尾がふらふら揺れてしまっている。その様子を見たアトスは愛らしいなと思いつつ、最後に子供をあやす様にポンポンと頭を叩いてそのまま手を離した。


「では、行くとするか……………クロエよ何をしておるのだ」


 そして、クロエの方に視線を向けたのだが—————何故か彼女は顔を真っ赤にしながら壁と向き合った状態で悶えていた。


「いえ、アトス様その…………ちょっと空気が美味しすぎて動悸が………壁と同化したい気分で………」

「壁?いや、どういうことだ?」

「私自身も何でこんな気分になっているのかわかんないんです…………」

「ほう……」


 どうやら、二人のやりとりにときめいて直視できなくなってしまったらしい。初めての感情に振り回されている様子のクロエを見て、黒猫の中に嗜虐心がむくむくと沸き上がる。

 黒猫は背中を向けているクロエに

近づくと右肩に手を、左肩に顎を乗せ吐息が耳にかかる程の距離で声を作って囁いた。


「—————はぁ、どうしたのだ、何をそう悶えている」


「ひゃあ!!シャ、シャルル様、み耳元でいい声で囁かないでください………!!」


「フフッそう恥ずかしがるな、吾輩はクロエの助けになりたいのだよ。さあ吾輩の質問に答えてくぬか?」


「あ、と、吐息が……………………」


「フフフ、初々しくて愛い奴よのう」


 クロエの長い耳にフゥと息を吹きかけるだけで特大のリアクションが帰ってくる。それに嗜虐心が満たされ楽しくなってしまった黒猫はクロエを使って遊び倒した。

 扱いはまさしく叩けば音の出る玩具。アトスも止めに入る事は出来たが、昨日の事もありここはクロエに黒猫のストレス発散のはけ口になってもらおうという考えに至った。


「クロエ……すまん」


 その吐息と声による攻めはクロエが逆上せあがり腰を抜かすまで続いた。

 終わった頃には黒猫の顔は生気に満ちて艶やかに、片やクロエはまるで長距離マラソンでもしたかのように息も絶え絶えで汗だくになっており、クロエが正気に戻るのにかなりの時間を費やして、結局宿を出るころには完全に日は登ってしまっていたのだった。










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