歩きながら

「なんだか色々テクニックがあるんですね」


 次の広場へと続く階段を上りながらチアキは呟いた。


「人の無意識に訴えようと思ったら仕掛ける側はよほど計画的にいかないと。むしろ完全に狙いに行ってるよ。意図的に」


 ルキアッポスは黄色いメガホンを弄びながら言葉を慎重に選んだ。


「ただその根本にあるのが愛なのか敵意なのか無関心なのか。そこは見抜く必要があるけれど。人が計画的に動く時にはそこに明らかな本人の意志があるってことでしょう? 衝動的に一回きりじゃなくてさ」


「でも無意識に訴えるって……下手したら悪用されませんか?」


「悪用ならとっくにされてる。そういう人は言わなくても勝手に身につけてるし。片や狙われるのは責任感がありすぎるような、人の良心を疑わないような、自己犠牲を厭わない人。向こうはこっちに詳しいのにこっちだけ相手の手の内知らないなんてフェアじゃないと思うけど?」


「うーんでも……」


「そうだな……。まえに友だちと喫茶店で色々話したんだけど」


「え、友だちいるんですか?」


「はは、さらっと失礼。まあいいけど。その友だちはそういう人に一度こっぴどく利用されたことがあって。そのときは直属の上司だったらしいんだけど、不思議に思ってたことが一つあったんだって」


「不思議なこと??」


「本や絵コンテの感想をみんなの意見として監督に伝えるから、明日の朝7時までに感想をメールで送ってください、と深夜2時頃言われる。ということが度々あったそうな」


「ひどい。でもそもそも監督って?」


「その友だち昔映像制作会社にいたらしくて。数年しかいなかったわりには劇場映画の制作に二度ほど参加してるんだって」


「ああ、だから監督とか絵コンテとか」


「そうそう。で、さっきの話。もっとひどいのは翌日で。その友だちの目の前でその上司と監督が何やら完成した絵コンテのことについて話してるわけだけど」


「あ、みんなの意見代表として?」


「そうそう。最初はその友だちこんな新人の意見まで伝えてくれるなんていい人だなと思ってたんだって。もうメールで送った文面を一字一句間違うことなくそのまま紙も見ずに空で読み上げてくれて」


「それはご丁寧な」


「で、最後になってその人どんな言葉で締めたと思う?」


「どんな言葉って……みんなの意見でしょう? 『以上みんなの感想でした』みたいな感じじゃないの」


「正解は『……と、そういう風に僕は思いました』以上です」


「……。え、なんですかそれ」


「ね。常軌を逸した答え過ぎてそんなのふつう思いつかないよね。友だちもしばらく呆然としてたらしいよ」


 ルキアッポスは可笑しそうに思い出し笑いしながら、手元では黄色いメガホンを苛立たしげにパンと鳴らした。


「で、友だちはその直後、監督に『あなたは絵コンテどう思った?』って聞かれて困ったらしい。だって自分の意見はいまさっき上司が一字一句間違うことなくさも自分のことのように全部語ってしまった訳だし。わざわざ嘘つきたくもないからその上司と『まっったく同じ意見です』って」


「いや頑固っていうか、そもそも隠す必要ないですよね」


「ね。でも彼女はそれをしなかった。そもそも混乱していただろうし、言っても信じてもらえないどころか正面から声を上げたところで否定されるのは目に見えてる。むしろおかしいやつ扱いされるのは自分だろうって」


「なんだか狡猾だねその上司」


「ね。でもいまの話から察するに、その上司はそもそもどうしてそんなことをしたのか。絵コンテを読む時間すら惜しいから新人の時間を食い潰して手柄だけ横取りして生きているのかあるいは」


「あるいは?」


「そもそも言葉の裏に隠れた些細な感情や隠された意味が読み取れないか」


「読み取れない?」


「だって辞書に載ってる表面的な意味だけがすべてじゃないでしょう? 人間の感情はそんな表面的に見えるだけがすべてじゃない。『はらわた煮えくり返る』という言葉だって自分たちなりの意味を加えれば、それは本当に心の底からはらわた煮えくり返るほどの怒りなのか、あるいは呑気なだけなのか。この場合はどっちだろうというようなさ」


「でも……そんな人ほっといたらまた被害者が出るような。その上司それからどうなったんですか?」


「友だちは知らないって言ってたけど、おそらく嘘。たぶん知ってる」


「え、嘘?」


「あの人嘘つくとき口調変わるから。自分だって嘘つくの下手なくせにね。でもその友だちいわく、その時の上司はあのとき死んだものと思ってるって」


「そんなまた都合のいい」


「ね。実際都合はいいんだよ。このまま何もなければ死んだことにしとくけど、万が一お世話になった監督さんにまで近づいていいように利用しようとしたらそのときは容赦しないぞってことでしょう? 心配せずとも読書する時間すら惜しむような人がこんな場末の劇場覗くこともないだろうし。まあ覗いたところでもう遅いけど。僕たちの気にすることでもないし。あ、やっと見えてきたふたつ目の広場」


「次の広場は一体どんな?」


「そうだな。試しにみたところテクニックだけでいえば、ローボールテクニックからの強制的なパブリックコミットメント。最後はトキシックポジティビティで総合的にはガスライティング。彼らの得意技満載で、むしろびっくりするくらいいい教材だったよ」

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