五彩の影

 あれからマヌーはまったく姿を見せなかった。まったく、いまごろどこで何をしているのやら。本当に気まぐれなんだから。

 まあ、彼のことだから、どこかで元気にしてるだろうけど。きっとまた突然現れて、「あの風の吹く丘へ行こうよ」とかなんとか言って、僕は「しょうがないなぁ」って言う。そして星の降る山に見守られながら二人並んで星のかけらを探したり。そんな日常が、またすぐはじまるだろうって思ってた。でも――。


 それにしても、少しぐらい声をかけてくれたっていいよね。こっちにだって心の準備があるんだ。そう思った。あんなに一緒に過ごしたのに彼の家も彼の行きつけの場所も僕はなんにも、知らなかった。もっといろいろ聞いておけばよかったな。でもまぁ、彼には彼の世界があって、僕はその彼の世界を尊重している、そんな気でいた。

 もしかしたら、マヌーは僕をともだちと言ってくれたけど、そんなともだちが他にもたくさんいるのかもしれないし――。まさかケガをしてどこか誰の目にもつかないところでうずくまってるなんてことは――さすがに無いか。まさか、ね。僕はとにかくマヌーが元気にしていてくれさえすればそれでいいんだ。たとえもう会えなかったとしても。ただそれさえわかれば。

 でもやっぱり、もう一度くらい、マヌーに会いたいな――。


 いつだって結局考えるのはマヌーのことばかりだった。マヌーは元気にしているだろうか、ちゃんとご飯を食べてるだろうか、いまごろどこかで一人きり肩を震わせて泣いていたりやしないだろうか――。いや、そんなはずはない、と渦巻く不安を頼りない声でかき消してみては、またぐるぐると同じことばかり考えていた。


 マヌーがいなくなってから、僕はよく街を散策するようになった。もしかしたら、どこかでばったりマヌーに会えるかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら、その日も僕は行きつけのカフェへ向かっていた。

 街のはずれにある古い喫茶店なのだけど、近づいて見ると、年季の入った窓枠や色とりどりの五彩の色硝子がはめ込まれた窓はいつもピカピカに磨かれていた。


 扉を開けると、入り口のすぐそばには背丈ぐらいのクリスマスツリーが飾りつけてあった。気づけばもうすっかり冬だった。


 僕はいつものホットココアを注文して窓ぎわの隅の席に腰かけた。ここは僕のお気に入りの席だった。色硝子の窓のすぐそばで、窓からは鮮やかな光が差し込んで。

 僕はいつもココアがくるまでのあいだ、この色硝子から差し込む五彩の光にグラスの水をかざしたり、テーブルに落ちた五彩の影を手の平のうえで転がしたりしていた。このきらめきを永遠にとどめておけたらいいのに。あの日マヌーと一緒に見た、星のかけらのように――。


 そんなことを思いながら、僕はこの鮮やかな影を何度も手の平で掴んでみたりした。心なしかいつもより輝いて見えた。

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