白昼夢
ぎゅっと閉じた瞼の裏で、白い歯車は勢いを増した。真っ暗闇にチカチカと閃光を放ちながらどこまでも迫りくる。いまや世界を覆い尽くす歯車に掻き消されるように、僕の意識は次第に薄れていった。いつしか白い閃光は消え、真っ暗な世界は静寂に包まれた。夢うつつの境はとうに過ぎていた。いつか見た夢の中を、僕はまた彷徨い歩いていた。――
暗闇の中で、僕は何かを探していた。何か。昔の夢。当たり前に信じていた未来。大切なもの。光の消えた世界を僕は歩きつづけた。どこを歩いているのか、どこへ向かっていたのか、そもそも僕は何だったのか――。すべてが曖昧として、何もかも、すべては遠い過去のことのように思われた。
ふと気づくと、僕はどこかの教会の前に立っていた。入口にはなんだか見覚えのある大きな扉があった。手の平にありったけの力を込めて重そうな扉を押してみた。思ったより力はいらなかった。吹きはじめた冷たい風に目を瞑りながら、僕は開き始めた扉のむこうへ小さな一歩を踏み出した。
気づけば風が止んでいた。目を開けると、僕は小さな井戸のまえに立っていた。井戸は小さすぎて手の平に乗せられるくらいだったから、それでは、と思って手の平にのせてみた。
中を覗くと、井戸の底には逆さまになった青空と白い雲がうつっていた。よく見ればその井戸のふちに、洋服を着た小さな緑いろのかえるが腰かけている。かえるは両手の水かきで耳を塞ぎながら、かん高い声でわめいていた。
「おやめください、おやめください! 私にはそんな底なしで逆さまの空に足をふみいれるような恐ろしい真似はできません。どうかそっとしておいてください!」
それもそうだな、と思った。
こんどは白いひげの老人があらわれた。老人は、かえるのとなりにいる誰かに話しかけているようだった。
「世界がそなたに問うておる。光と闇の入り混じるこの星で、生きるに値することはあるのかと。幸せばかりではないこの星で、命をかけて旅するに値する未来など本当にあるのかと。そしてそなたは答えねばならぬ。その命のすべてをもって。今すぐに答えよと言うのではないぞ。永い旅路じゃ。じゃがの、そなたにはそれができるのじゃ」
そんなことを突然言われても、と思った。
「なぜって、そなた自身がその……なのじゃから……」
だんだん老人の声がとぎれとぎれに聞こえだしたかと思うと、場面が一転した。どこか懐かしい小高い丘の上だった。ここは、どこだろう?
黄金色の草原を無邪気に吹きわたっていた風たちはいつしか消え去っていた。まるでとってかわるように、いまや無機質な風があたり一面に吹いていた。流れるような雲はどこにもなかった。つくりもののような浮雲が、まっ青な空を背によりいっそう孤立感を強めていた。
僕は黄金色の草原の中に立っていた。真っ青な空からジリジリと焼きつける日差しすら、どこかよそよそしく感じられた。すると風にのって、誰かの話し声がきこえてきた。
「……世界さえも。全てを壊してまで、あなたは何を求めているの――」
「いのち」
誰かが遮るように言った。
「輝くようなその命。どうせ手元にあったって気づきもしないんだ――さぁ、いいから早くそれをよこしてよ!」
「ダメ、魔法を借りては!」
一瞬の後、場面が暗転した。
雲が消え、影が消えた。
一筋の光すら感じられず、
世界にはもう、光も闇も無かった。
あるのはただ、空虚な混沌だけだった。目はあるのに何も見えず、耳はあるのに何も聞こえなかった。今がいつなのか、一秒経ったのか千年経ったのか、すべてが形を失った世界ではもはや時間すら、存在しないのかもしれなかった。
するとなにかが、
赤い火花のようなきらめきが、
とこしえの静寂を破った。
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