第36話 リーゼの戦い

 戦争が始まった。

 ラグナス王国からの宣戦布告はメルヴェール王国に衝撃与え、多くの民はこれから起こる惨劇に震え上がり、一部の民は歓喜に震えた。

 だがその中でも最も国民に衝撃を与えたのはブラン領の反逆。ウィスタリア公爵家のご令嬢アデリナを匿い、レガリアに逃がした事で王国から睨まれ戦闘に突入したという噂が広まっていた。




「おい、聞いたか? ミルフィオーレ様のお孫さんが公爵家のご令嬢を逃がしたっていう話」

「いや、あれは国が悪いだろう。そもそも公爵様が同時に謀反なんて普通考えるか?」

「俺聞いたんだが、北の何とかって領の領民が無理やり捕らえられて強制労働させられてるって話だぜ」

 王都にいる民が各々仕入れた情報を語り合っている。

 本当ならば国が悪くなる情報を漏らさないよう情報統制をするのだが、僅か一日・二日で既に多くの国民に知れ渡っていた。




「国民の様子はどうだ?」

「今はラグナスとブラン領の話で持ちきりです。どうやら上手く行っているようですね」

「そのようだな」

 王都の南に位置する市民街、その一軒屋で数名の男性達が集まり何やら怪しい相談をしている。


「ラグナスの動きは予想外ではあったがリーゼは上手くやっている、この調子で噂を広め続けるんだ。次は北の領民が苦しんでいる事を王都でもっと知らしめれば、国民は何が正しいかを理解できるはずだ」

「分かりました」


「それにこの戦争は我らにとっては好都合、ラグナスの動きに手を取られている間は城の警護は手薄になるはずだ。後はこの機に乗じてお二人を救い出せればいいのだが……」

「申し訳ございません、未だお二人が何方に囚われているかまでは……」

「難しいかもしれないがなるべく急いでくれ、戦火が王都に届くまでにお二人を救い出し、フェルナンド家の者達を捕らえねば多くの血が流れてしまう」

「承知しております、この身は公爵様に恩義がございます。必ずやお二人を見つけ出し救い出してみせます」

「頼んだぞ」


***************


「くそっ、宣戦布告だと、ふざけやがって! ダグラス、何故ブランを落とさず軍を戻した! このままではラグナスとレガリアと両方の脅威に晒されるではないか」

「お言葉ですが父上、あのままブランを落とせたとしても直ぐにレガリアに取り戻されてしまうでしょう。今の我らにあの地に止めておける兵はございません、ならば無傷のまま一旦王都に戻してからラグナスに備える方が得策です。

 それにレガリアはブランに手出しさえしなければ、我が国を侵す名義は立ちません。寧ろあのまま戦闘になり、攻め入られる口実を作る方が後々の問題になります」

 父上には話していないが、報告では我が軍がブランに到着した際にはすでにレガリア軍が前面に展開していた。


 あの日暗殺部隊が失敗したと報告を受け、急ぎその日の内に軍を派遣した。日数を掛けて進軍してもレガリアの介入を許せば負けると判断したからだ。だが結果的にすでにレガリアの介入を許してしまい、ブランは完全に敵に回った。

 いくら情報が漏れていたとしても僅か一日でレガリア軍を招き入れる事など不可能だ。恐らく事前にこちらの動きを読みいつでも救援に駆けつけられるよう手配していたのだろう。その事を考えると再度仕掛けるのは余りにもリスクが大きすぎる。

 


「……すまん、お前の言う通りだ。今はラグナスの動きを警戒するべきだな」

「いえ、私の方こそ出過ぎた真似を」

「それでこの先をどう考える? 開戦の期日は3日後、無傷の騎士団があるとはいえラグナスは強敵、おまけにブランを敵に回してしまったのでレガリアの援護は望めない」

「簡単な事です、開戦の期日前にこちらから攻め入るのです。そうすれば不意を突く事も出来、戦場は敵国の領土となります」

「しかしそれでは我が国が騎士道にも従えない愚な国だと、周辺故国に言っているようなものではないか」

 自身の領民を蔑ろにしておきながら、今更他国の顔色を心配するものどうかと思うが、今後の付き合いを考えると確かにこれは得策ではない。


「私に考えがございます、ウィリアム様に出陣してもらうのです」

「王子に? だがあのバカ王子ではまともに軍は動かせないであろう」

「そこは別に指揮官を付けます。王子はただ軍の顔だとして責任を担ってもらうのです。そうすれば後にあれは王子が勝手に行った事とし、軍法会議で処分してもごこからも文句は出てこないでしょう」

「なるほど、いずれ王子には国民感情を抑える過程で消えてもらうつもりだったが、これなら何処からも文句を言う者は出てこないだろう。後はあの王子をどう説得するかだが」

「その点は私にお任せください、ラグナスの王子はウィリアム様にとっては恋敵、上手く口車に乗せればすぐにでも出陣する事でしょう」


「いいだろう、王子の方はお前に任せる、私は軍の方を手配しておこう。この戦争が終われば我らがこの国の王になれるのだ」

「わかっております父上、20年越しの夢を今こそこの手に」


***************


「急いで、もうすぐ戦火から逃れてきた人たちが到着するはずよ」

 王国軍がブランから撤退した後、私はメルヴェール王国の北側に位置する領民に噂を流した。

 間も無くこの地は戦火に巻き込まれる、今の内に安全な地へと逃れよと。


 本来なら街の長に話を持ちかけるべきなのかもしれないが、以前サーニャちゃんの手紙にも書かれていたように、難民が増えているのは裏で癒着や横領に手を染めている存在があるからと考え、敢えて噂を流すという行為に留めることにした。



「どうやら上手くいっているようですね。ブラン領が国に反旗を翻した事と、王国軍を追い返した事が既に噂になっており、今国内で最も安全な地としてブランの名前が挙がっているそうです」

「ありがとうサツキさん、こんな事まで頼んでしまって」

 北の領民に噂を流すにあたり、残ってくれたレガリアの騎士達が自ら名乗り出てくれた。

 今ブランにいる騎士達は実戦も経験もレガリアの騎士達には遠く及ばない。もちろんただ噂を流すという行為も発信元を特定されず、効率的に広めていかなければならない。そこでブランの騎士は難民の受け入れ準備を行い、レガリアの騎士達が情報操作行うた為に北の領地へと向かってくれたと言うわけだ。


「ですが良かったのですか? 多くの民を迎え入れるとなると其れなりの問題が起こってくると思われるのですが」

 サツキさんが心配するのも無理はないだろう、逃れてきた人達を全員受け入れるとなると、暮らす場所も食べ物もいまのままでは到底足りない。そして何より不安視されるのは現地住民とのトラブルではないだろうか。


「分かっているわ、だけどこのまま見過ごすなんて私にはできない。中には私のやり方に異議を唱える人たちもいるかもしれないけれど、いずれ分かってくれる日が必ず来ると信じているの」

「ブランは良き領主に恵まれているのですね」

「代理だけどね、でも今は全力で私に与えられた役目を果たすつもりよ」






「さて今後の対策を説明するわ」

 場所を移り、ブラン領の伯爵本邸。各街の長と街の警備主任、ブラン街を支えてくれる主要人物を集めて今後の対策を話し合う。

 お父様は未だこの地に戻られていないので引き続き私が領主代理勤めているが、この中で一番年下である私が上段に座り、この領地で名のある方々が下段に座る。あまつさえお母様やお姉様までもが私の手前に陣取っているとなれば、このままダッシュでこの場を立ち去りたいと思うぐらいは許されてもいいはずだ。


「まず先に話したように間も無く北から戦火を逃れる為に多くの民達が流れ着くはずよ、私たちは彼らを分け隔てなく全員を受け入れます。ここまでに依存がある者は意見を述べて」

 私の発言に一人の街の長が手を挙げる。

「難民を受け入れるという事ですが、ブランに暮らす者達と問題を起こす可能性は考えられませんか?」


「その点は考えているわ、今は一つの国として成り立っているけれど、元々別の民族が集まった国よ。そんな彼らをブランの街中に全員を迎え入れ、この領地に馴染んでくれというのは難しいと思うわ。だから彼らの為に新しい街を作るの、そうすれば大きな混乱は回避できるし、お互い手を取り合って生活が送れるはずよ。

 それと貴方は今彼らの事を難民と言ったけれど、その考えは改めてくれるかしら? 彼らも好きで故郷を捨てるわけではないのよ、その気持ちは分かってあげて」

「申し訳ございません、彼らも我らと同じ国の民でございました。訂正させていただきます。」

「分かってくれればそれでいいのよ。次に街を作る場所だけどダリルの丘を越えた北側、あそこならば平地が続いているしブランの街からもそれ程離れていないから街を作るのにもうってつけだわ」

「そうですね、ダリルの丘を挟む事によってそれぞれ北と南に分ける事が出来ます。この先の事を考えるとダリルの丘を整備して、領民の憩いの場にするのもいいかもしれません」

 皆んな先ほどまでをは打って変わって、真剣に色んな意見を出し合ってくれる。


「それで街はどのようにして作られるので? 資材は森の木を運んでくるとして、人手をどうにかしないと」

「それは戦火から逃れてきた人達に手伝って貰えば問題ないだろう、自分たちの街を作るのだから協力してくれるはずだ」

「そうね、こちらは資材と場所、食べ物の供給をして基本は彼らに手伝ってもらった方が効率がいいわ。もちろん区画整理だけはキチンと設計した方がいいけれど、彼らも体を動かした方が気が紛れるでしょ」

「そうですね、なら区画整理は私たちにお任せください」

「お願いするわ、次に食料の問題だけれど……」

 一通り全ての話が纏まった頃には既に日が変わった。




「お疲れ様リーゼ、立派だったわよ」

「お姉様もお疲れ様です、こんなに遅くなってしまってごめんなさい」

 部屋へと戻る途中、お姉様が私に話しかけてこられた。

「いいのよ、本当なら私が皆んなに指示しなきゃいけない立場なのに、全部あなたに任せちゃってごめんなさいね」

「そんな事は、私だってお姉様を差し置いて申し訳なく思っております」


「あれからクロード様から連絡は入っているの?」

「……いいえ、サーニャちゃんからは時々手紙が送られてくるのですが、クロード様はお忙しいようで毎日国中を走り回っておられるそうです」

 サーニャちゃんの手紙にはクロード様の事も書かれていた。クロード様は今、メルヴェールから逃れた人達の対応に走り回っているそうで、ほとんどお城にも戻られていないらしい。

 最初こそ問題も起こっていなかったそうだが、次第に人数が増えるにつれ色んな問題が浮上してきたのだという話だ。


「そう……」

「私は、ラグナス王国の宣戦布告してきたと聞いて真っ先にクロード様の事を想ってしまったのです」

 ラグナス王国の宣戦布告は結果的にブランを救った事になったが、真っ先に浮かんだのはクロード様の姿だった。

 もしあの人が自ら先陣を切って戦場を駆け抜ければ、もし流れ矢に当たって大怪我でもしてしまえば、もし味方の兵を庇うため敵兵に斬られでもしてしまえば……。

 私はブランの領民でもなく、メルヴェールの国民でもなく、真っ先に好きな人の事を考えてしまった。


「お姉様は先ほど立派だと褒めてくださったけれど、もしこの先クロード様と領民を天秤に掛けられるような事になれば私は……」

 間違いなく感情のまま、領民を見捨ててクロード様の元へと走ってしまうだろう。

 そんな私をお姉様はそっと両手で抱きしめ、優しく包んでくれる。

「信じてあげなさい、クロード様の事を、自分の事を、そして王都で頑張ってくれているお父様の事を。あなたの幸せは多くの人達の光になるわ、それを忘れないで」


 翌日、メルヴェール軍がラグナス王国へと侵略を開始した。軍を指揮した者の名はウィリアム・メルヴェール、この戦いをキッカケに戦況は大きく激変。

 そして戦いの火蓋が切られてから約1ヶ月、メルヴェール王国は終焉の時を迎える事となる。

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