第24話 その愛の言葉は
「はぁ」
午後の昼下がり、何をするにも手につかず、一人部屋から見える青空を眺める。
この広く青い空の下にあの人がいるんだと思うと、無性に恋しくなってくる。
「もし私の背中に翼があれば、この大空を舞って会いに行けるというのに……」
「クロード様の事をお考えですか?」
ブフッ
「ちょっ、なに言っているのよ、そんなんじゃないわよ」
ティナが冷めたカップを温め直し、新しいお茶を入れ直してくれる。
思わず口から出任せを言ってしまったが、ここは恋愛初心者の複雑な気持ちを察して欲しい。
「誤魔化すのであれば、思っている事を口に出されない事をお勧めしますよ」
ブハッ
えっ、もしかして私知らないうちに思考がもれてた!?
「はぁ、これは思っていた以上に重症のようですね」
って、なんでティナがため息を吐くのよ!
ブランリーゼのオープンから3日が経過した。
お店の方は初日の騒動が嘘のように2日目、3日目と共に順調すぎるほどの大盛況。何でも私とクロードさん……クロード様との恋の物語が広がり、噂を聞いたご令嬢方が素敵な出会いを求めてやって来くるのだとか。
お店は出会いの場所じゃないからね!
それにしても私とクロード様の噂が、僅か1日も経たずにご令嬢方に広待ってしまった。一体どこにそんな情報網があるのか不思議でたまらないが、実際広まってしまったのだから仕方がない。
お陰で両親にも私達の恋話が伝わってしまい、お父様にはまたトラブルを起こしたのかと渋い顔をされ、お母様には新しい恋が始まったとからかわれる始末。
幸いブラン家としてもラグナス王家との繋がりが出来るのは願ってもない事だし、メルヴェール王国としても隣国と友好を深めるのにいい材料だという事で、私とクロード様の件は比較的融和な意見が強いと聞く。
まぁ、一部の貴族からは、これ以上ブラン家が力を持つのはどうかと言う話が持ち上がっているらしいが、まだ国を通して正式に連絡が入った訳ではないので、大きな問題にはなっていないらしい。
そして現在私は何をしているかと言うと……
「お店の方は大丈夫かしら? 」
お屋敷にある自室で一人、ティナのお茶を頂きながらボーっとしている。
べ、別にサボっている訳じゃないわよ。
初日に足首を捻り、2日目・3日目と裏方で購入されたセルドレスのサイズ直しを手伝っていたのだけど、3日目の営業終わりにスタッフ全員から休めと、無理やりに休暇を言い渡されたのだ。
ん〜、私のお店なのに既に主導権がスタッフにいってるんだけれど、これは私の体を心配しての事なので、一先ずお言葉に甘え休養を取っているというわけ。
念のため執事のルーベルトにお店へ行ってもらっているので、大概のトラブルには対処してくれるだろう。
しかし体を動かしているときは考えなくて済んだが、こうもやる事がないとついつい3日前の出来事を思い出し、考えている事が知らずに声に出てしまっている、らしい。
はぁ、私はこの先どうすればいいのだろ……
「僕は……君の事が好きだ」
「!」
思いもしなかった突然の告白に、私は心臓が止まりそうな程に驚いてしまう。
ちょっとまって、この場合僕のと言うのはクロード様を指し、君と言うのはその視線の先から私だと理解できる。
こんなに間近にいながら別の人、ってオチは流石にないわよね?
それじゃ好きって言うのは……私の事!?
一瞬のうちにいろんな事が頭をめぐり、考えが上手くまとまらない。
クロード様は私の事が好きで、私はクロード様の事が好き。これって世間一般では両思いって言うのじゃないの? そう言えばカボチャの煮付けはどうしましょ。
……じゃなーーーい! どどどどどうすればいいのよ。
自慢じゃないが、前世と合わせ生まれてこの方、男性から告白された事など一度もないのだ。(ケヴィンの件はノーカンだからね)
実際元婚約者のウィリアム様ですら、好きだと言われた事すら記憶にない。
これがまだ事前に校舎裏だとかに手紙で呼び出されていれば、幾分心の準備が出来ていたかもしれないが、突然目の前で抱きかかえられながら告白なんてされれば思考が混乱するのは当然の事だと思う訳ですよ。
それも大勢の観衆が見守る中、好きだと思っている人にいきなり告白されれば、私の頭の処理速度はオーバーヒートしちゃいますってば。
「き、貴様ぁ、よくもこの俺の前で堂々と告白出来たものだなぁ!」
あ、忘れてた。
余りの衝撃でウィリアム様がいた事をすっかり失念していたわ。
彼からすれば邪魔をされた挙句、自分の思い通りにならない上に相手は同格の王子様。更に目の前で熱い告白シーンを見せられては、プライドの塊であるウィリアム様には味わった事のない屈辱ではないだろうか。
その結果、今まで喧嘩などと言う言葉とは程遠かったウィリアム様が、怒りの感情が抑えきれず、握りこぶしを作りクロード様に殴りかかろうと身構える。
「いけませんウィリアム様、外交特使であるクロード様に手を上げるのは国際法に抵触してしまいます」
「ぐっ」
殴りかかろうとしていたウィリアム様が、私が放った国際法の言葉に思わず動きを止める。
クロード様が先ほど言った言葉が本当だとすれば、正当な手続きの上で訪日している外交特使に手を上げればどうなるか、ラグナス王国だけではなくレガリア王国やその他の近隣諸国から完全に孤立し、メルヴェール王国は礼節を守らない蛮族の国としてどこの国からも相手にされなくなるだろう。
おまけに王子様を傷つけたとなると、国民感情が抑えきれず最悪戦争の可能性だってありえるのだ。
「心配しなくてもこんな程度で事を大きくする積りもないし、国際問題にする積りもない。ただ、これ以上リーゼを困らせる様な事をすれば僕が許さない」
「調子に乗るな!」
ウィリアム様が一度は止めた拳を再びクロードさんに向けて解き放つ。
ボコッ
「クロード様!」
「「「キャーー!!」」」
私の声と、様子を見守っていたご令嬢方の悲鳴が響き渡る。
クロード様は避けようともせず、ウィリアム様の拳を正面から顔で受け止められてしまった。
「一発は騒がせた要因として甘んじて受けるが、次は正当な果たし合いとして
こんな事を言われれば、腕に自信のある者や素行が悪い者だと襲いかかるかもしれないが、護身用の剣術や体術の経験もなく、ただ己の権力だけで見下す事しかしてこなかったウィリアム様では、挑む事すら出来ないのではないか。
クロードさんはこんな程度では問題にせず、これ以上は正当な果たし合いとして受けると言った。
もちろん正当な果たし合いが国際法に適応されている訳ではなく、問題にしようとすれば、先ほどの一発でも十分に抗議するだけの言い分もたつ。
それじゃクロードさんは何を言っているのかと言うと、王子だとか貴族だとかそんなしがらみを一切取り除き、一人の男同士として正面から受けて立つと言っているのだ。
ウィリアム様からすれば既に一発手を出している手前、今更クロード様が一方的に悪いとも言えず、この挑発を受けるか逃げるかしか出来ないと言う訳だ。
私としてはウィリアム様ごときにクロード様が負けるとは思っていないが、これ以上私事で二人が傷つく姿は見たくないし、お店の中で喧嘩をされるのも正直いって困ってしまう。
それに一番心配なのが、未だ詳細が分かりきっていないベルニア王妃とフェルナンド侯爵家の事も気掛かりだ。
この一件でラグナス王国に抗議などしようものなら、間違いなく友好関係に歪みが生じてしまう。
周りが静かに見守る中、拳を強く握りしめているウィリアム様の様子を見ていると、未だクロード様の腕の中にいる私と偶然目が合ってしまう。
「くそっ、リーゼから離れろ!」
少しでも大人になれていればこんな暴挙には出なかっただろう、だけどこの人は余りにも心が成長しきれていない。
自分の事ばかりを考え、他人の気持ちを知ろうともしない。こんな人に私は、リーゼは悲しみの涙を流したのだ。
「もう止めて!」
私の悲鳴に近い声が店内に響き渡る。
「もう止めてください、ウィリアム様は勘違いをされているんです。貴方が私に抱いている感情は恋心ではなく独占欲です。新しい玩具が手に入ったから古い玩具を捨て、捨てた玩具が綺麗に汚れが落ちたからといって惜しくなり、他人に取られそうになったから奪い返そうとする。
私は貴方の玩具なんかじゃない! 私にはちゃんとリーゼとしての意思があり、心があるんです。もうこれ以上私に関わらないでください」
「ち、違う。確かに以前は何とも思っていなかったかもしれない、だけど今はリーゼの事をそん風には……」
「忘れたのですか! 私が貴方を捨てたんじゃない、貴方が私を捨てたんです。
あの時私に向かって何て言ったか覚えていますか? 私は一語一句覚えています。『一度たりとも愛した事などなかったさ』
ふざけないでください! 私がどれだけ苦しんだかわかりますか! 私の心がどれだけ切り刻まれたか知っていますか! それがなに? 今更戻ってこいとでも言うつもりですか? バカにしないでください。貴方の元に戻るのなら自ら命を絶った方がまだましです」
自分でも驚くほどに今まで溜まっていた感情が一気に溢れ出した。
あの日以来、常に強くなろうと心がけていた。私には前世の知識と伯爵家という地位に守られている、だから目に見える範囲だけでも理不尽な扱いを受ける人等を守ろうとした。私は強いんだからと決めつけて……
「命を絶つなど、そんな事は僕はさせないけどね」
心なしか私を抱くクロード様の腕が、強く力が入った気がした。
「私は……」
「もう強がらなくてもいい、君はそんなに強い人間じゃない。だから、これからは僕が守るよ」
……全く、この人は何でこうも簡単に壁を乗り越え、私の心に入ってくるんだろう。
(ごめんねリーゼ、私もう自分に嘘をつけないや)
「う、あ、あぁぁ」
私は泣いた、もう泣かないと決めたはずなのに、あとからあとから涙が止まらず溢れ出てくる。
強がるのは諦めよう、私はこの人の事が大好きだ。そんな私をクロード様は優しく抱きしめてくれる、涙を誰にも見せないよう暖かく包み込んでくれる。
私は誰かに言ってもらいたかったのかもしれない。自分が弱い存在なのだと。
「……好きです、私もクロード様の事が大好きです」
「!」
いいよね、もう心に嘘をつく私も、隠し続ける私も全部受けれよう。
クロード様にしか聞こえないような小声で、今出来る精一杯の気持ちを伝えた。
「ふん、こんな茶番に付き合ってられませんわ」
近くからエレオノーラの声が聞こえて来る。
見っともない姿を見せた上、泣き顔まで見せるのは私のプライドが許さないので、未だクロード様の腕に抱かれたままだが、話の内容からどうやらこのまま帰ってくれるようだ。
「くそっ」
ウィリアム様も一言吐き捨てると、エレオノーラを追って出て行く足音が聞こえて来る。
そして残された私はと言うと。
「リーゼ、ちょっとごめんね」
えっ?
「きゃっ」
有無も言わさずお姫様抱っこをされてしまい、静まり返った店内から割れんばかりの黄色い悲鳴が響き渡る。
まぁ、その気持ちは私にもわかるよ。もし立場が逆なら私も一緒にキャーキャーと黄色い声援を送っていたさ、だけど今の私は当事者なわけですよ。
自分でも顔が真っ赤に染まっている事が分かっているし、それを隠そうとクロード様の胸に顔を埋める行為も、ご令嬢様方からすれば逆効果だとは分かっている。だけど……逃げられないの!
「あ、あのクロード様、ティナに肩を借りれば歩けるので降ろしてください」
「それでは私は先に行って、お嬢様が休める場所を作って参りますね。クロード様、申し訳御座いませんがお嬢様の事をお願いいたします」
って、コラーーー置いてくなーー。
ワザとらしく私をクロード様に託し、一人先にバックヤードへと向かうティナ。後で覚えてなさいよ。
「それじゃ行こうか」
「は、はい」
何故かニコニコ顏のクロード様にお姫様抱っこをされ、観衆が見守る中バクヤードへと連れて行かれました。
その後、私とクロード様の話は尾ビレ背ビレが付いた上、王都中に広まってしまい。ブランリーゼ一号店で若い男女が出会うと二人は幸せになれるんだと、そんな噂がご令嬢方の中では広まっているんだとか。
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