第30話 終焉する公爵家
私は幼い頃に読んだ物語影響で騎士に憧れた。将来はこの国を守るために立派な騎士になるんだと生き込んでいた。
だが平民でもある私が立派な先生の元で剣術を教われるはずもなく、ただ自分で削り出した木の剣を振り回すだけの毎日。それでも一日たりとも稽古を欠かした事はなかった。
そんな私も青年と呼ばれる頃にはそれなりの実力を付け、王都で開かれた剣闘大会で並み居る貴族の子息達を下し、ついには優勝に辿りつた。だけど……
「バカじゃねぇの、こんなお遊びの大会で本気なんかだしやがって。お前みたいな平民がどれだけ頑張っても騎士になんかなれねぇよ」
戦いの後決勝戦で争った貴族の息子が、わざわざ後私の元へとやってきてこう告げたのだ。
最初は只の負け惜しみにしか思っていなかったが、やがて彼が言っていた意味を理解する事になる。
この国では平民は騎士にはなれない、なれるのは国に仕える兵士のみ。もちろんどの世界でも例外というのは存在しているが、その条件が貴族からの推薦状が必須とされているので、実質なんのコネもない平民では不可能といってもよい。
生まれてこの方自分が平民だという事を恨んだ事などないが、さすがに現実を知った時自分に与えられた運命を恨んだ。そんな時だった。
「中々の剣の腕だ、だが剣の型がまるで出来上がっていない」
いつものように仕事の合間に剣の鍛錬をしていると、下街ではまるで場違いという出で立ちの男性が私の前に立ち塞がった。
見るからにこの男性は貴族、平民の自分が失礼な言葉を言われたからといって反抗するなどもってのほか。私は素直に我流で剣術を練習している事と告げた。
「ならば士官学校に通う気はないか? 費用はすべて私が持とう」
一瞬この男性が何を言っているかが理解できなかった。
士官学校? もちろんその名前は知っている。それは騎士になるた為の登竜門と言われる訓練学校、その学費は到底私なんかに払える金額ではない。それをすべて負担してくれる? そんな事をしてこの男性に何の得が?
混乱する私に更に男性はこう続けた。
「もし君が士官学校を無事卒業し、騎士への志がまだ残っているのなら、この私が騎士への道を切り開いてやる」と。
これが何を意味するかがわからなかったが、その時の私は頭を縦に振った。
あれから約8年、私は士官学校を首席で卒業し、あの男性……ウィスタリア公爵様の推薦状を頂き無事騎士へとなる事が出来た。
***************
「貴様! こんな事をしてどうなるか分かっているのか!」
「何を言ったところでもう手遅れです、貴方がた二人が謀反を試みた事は明らかです」
ダグラスから王子が王位を継ぐと言い出したと連絡を受け、私とグリューン公爵は急ぎ城へと足を運んだ。しかしそこには肝心のウィリアム王子の姿はなく、呼び出したダグラス本人ともう一人の姿が……
「やはり貴様が裏で手を引いていたのか! ゾディアック・フェルナンド!!」
「お久しぶりです、グリューン公爵、ウィスタリア公爵。いえもう公爵ではありませんね」
くっ、警戒はしていたのだ、だがダグラスの態度にすっかり父親とは別なんだと信じ込んでいた。
「ダグラス、今まで私達に見せていた姿はすべて偽りだったのか、あの日この国の未来を嘆いていた事もすべて本心ではないと、本当に言えるのか!」
「いいえ、ウィリアム様が王位につけばこの国に未来はないと言うのは私の本心です」
「ならば何故ゾディアックごときに付き従っている! 今ならまだ間に合う、父親を捨てて我らに従え!」
「全くめでたいやつらだ、息子も言っていたであろう? 王子が王位を継ぎたいと言えば止めて欲しいと。あれは私達の本心だ」
「貴様、何を企んでいる!?」
「それは貴方達には知る必要はない事です。ここにお二人が謀反を企てたという証拠がある限り、誰も我らの所業を疑う事はしないでしょう」
ゾディアックが持っているのはあの日三人が自らの血で押した血判状、だが何故それをヤツが持っている? あれは我が公爵家の人間しか知らない場所に保管しているはず。屋敷の者が裏切るとも思えないし、公爵家の騎士がすんなり侵入を許すとも思えない。それに目の前の血判状にはダグラスの名前だけが綺麗になくなっている。
「私はこう見えてもいろいろ忙しいのです、この後お二人のお屋敷に軍を派遣しなければなりませんし、公爵領の引き継ぎもやらねばなりません。ですからさっさとお二人は観念して捕縛されてください。
あぁ、ご家族の事はご心配いりませんよ、私達が責任を持ってお世話をさせていただきます。但し二度と光の当たらぬ場所で、でございますが」
「くそっ、そう簡単に思い通りになると思うな!」
城の中枢に入城する際に剣を預けているため、手持ちは護身用の短剣しか持ち合わせていないが、目の前の二人程度ならこれで十分。私もグリューン公爵も幼少の頃より護身用に剣術は叩き込まれている。のうのうと親の脛を齧ってきた侯爵家の連中とはわけが違う!
「おっと、追い込まれてとうとう本性を現しましたな」
ゾディアックがそう言いながら片手を上げると、奥の扉から見慣れる騎士達が突然現れた。
「っ、貴様が何故騎士団を動かしている!」
「何故と言われまして、陛下が亡くなられてから人事移動が行われた事をご存知なかったのですか? この国の騎士団はすでに我らが掌握しております」
騎士達は素早く前後を取り囲み、我らが入ってきた扉の前にも数名の騎士が陣取っている。
「ここまでか……(すまんアデリナ、何とか皆んなで逃げてくれ)」
「捕えよ!」
この時不審に思った一人の騎士が、扉の外からただならぬ様子に気づき、急ぎウィスタリア公爵家に向かって立ち去っていった。
***************
「それで、アデリナ様の行方は今も分からないのよね?」
「はい、捕らえられたという報告は聞いておりませんので、何処かに身を潜められているのだと思われます」
「ありがとうハンス、何か分かればすぐに知らせて」
数日前、お父様から私の元へ一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのはウィスタリア公爵様とグリューン公爵様が謀反を企み、それが事前に発覚したがために捕縛、投獄されたという内容だった。
「それにしてもアデリナ様が心配だわ、二つの公爵家全員に捕縛令が出されるなんて」
父親が謀反を企んだのだから当然と言えば当然の処置だが、個人的には何とか上手く逃げ延びて欲しいというのが本心だ。
「お嬢様、その本当に公爵様が謀反を企まれたのですか?」
ティナが心配そうな顔で訪ねてくる、今までこの国で謀反を企てた者などいなかったのだ、私だってお父様の手紙を読んだ今でも信じられない。
「本当らしいわ、王都で貴族達を緊急招集され、全員の目の前で公爵様達のサインが入った血判状が公開されたそうよ」
お父様の手紙にはお二人の血判が押された証拠の品が提示されたらしい。そこにはウィリアム様を廃止し、その後をグリューン公爵様の子息が王位につかれ、アデリナ様を王妃に迎えるという内容が書かれていたそうだ。
何それ、めっちゃいいじゃん。と思ったのは私だけではないだろう。だけど例え思ったとしても口に出せないのがこの国の現状だ。
それにしても見事に私の予想が外れたわね、しかも悪い方向に。
お父様から頂いた手紙によると公爵領は一時国が統治する事になり、いずれ侯爵家の中から最も王家の血が濃いとされる家系が、公爵に繰り上げられるのではないか言われているらしい。
本来なら公爵家を継ぐ者がいなくなった場合、その遠縁から新たな当主が選ばれるのだが、今回の不祥事で自分たちも仲間だと思われたくないのか、誰一人として自ら名乗りでようとはしていないという。
彼らにとっても最強の盾がいきなり諸刃の盾に変わってしまったのだ、現状爵位を持たない者が侯爵家に対して強く出れるはずがなく、下級貴族達の援護も期待できない状態では、下手に刺激を与えて自分達に跳ね返ってくる方が恐ろしいと考える者が多数なのだろう。
……あれ? 公爵家を取り除くと王家の血が一番濃いのってもしかしてブラン家なんじゃ?
亡くなられた陛下にはご兄弟は存在せず、前陛下には妹がたったの一人、その方は国民から愛されたミルフィオーレお祖母様だ。
今となっては何故侯爵家ではなく、伯爵家に嫁がれる事になったかは知らないが、王家の血が一番濃いと言えるのは間違いなくブラン家なんだけど……。
まぁ、侯爵家の方々がこんな美味しい話をやすやすと見逃す事はないと思うので、例え頭で理解していても誰もブラン家を公爵に、などとは言い出さないだろう。お父様にしても無駄な争いに首を突っ込みたくもないだろうから、敢えて自ら名乗り出ないはずだ。
コンコン
「そうぞ」
先ほど出て行ったばかりのハンスが再び戻ってきた。
「どうしたの? もしかしてアデリナ様の事で何かがわかった?」
「お嬢様、こちらを」
? ハンスは私の問には答えず一枚の折り畳まれた紙を差し出してきた。
何も言わないところを見ると、人に聞かれたくない事でも書かれているのだろう。私は折り畳まれた紙を読み……
「ハンス急ぎ馬車の用意を。ティナあなたも付いてきて」
「「畏まりました」」
ハンスは事前に内容を把握していたのか何時もと態度を変えなかったが、ティナは私がいつもと違う雰囲気に気づき、急にいつも以上の仕事モードへと切り替える。
まずは目立たないような服に着替えた方がいいだろう。いくら普段から動きやすい服を着ているとはいえ、生地も色合いも普通の市民が着るようなものでもないし、何より試作品と言えども今着ている服はブランリーゼの新作だ。これだといくら髪を隠したとしても見る人が見れば私だとバレてしまう。
ティナに手伝ってもらい急ぎ街中を視察する際に用意した目立たない服と、髪色が分からないようにする帽子を被り、ティナにも私と同じような姿へと変えてもらう。
お屋敷の外に出ると、ブラン家の紋章の入っていない地味な馬車が既に用意されており、私達が馬車に乗り込みのを見届けてからハンス自らが御者台に座り出発した。
もしかすると私のこの行動は伯爵家の人間として許されない行為かもしれない。だけど私にはどうしても見捨てる事が出来なかった。
ハンスが持ってきた一枚の紙にはこう書かれたいたのだ、アデリナ様の字で『助けて』と。
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