第17話 始動、ブランリーゼ
「いらっしゃいシンシア、アプリコット夫人もようこそお越し下さいました」
誕生祭から一週間が経過した。
あれからすっかりブランリーゼの名前が定着してしまい、現在オーダードレスの受注が止まらなくなっている。
「こんにちはリーゼちゃん」
「お久しぶりリーゼちゃん。ごめんなさいね予約の順番があるのに急に割り込んじゃって」
「いえいえ、アプリコット伯爵様にはお父様もお世話になっておりますし、シンシアも私にとっては大切なお友達ですから」
今日はシンシアのドレス作るため、ブラン家の敷地内にある仕事場まで来てもらっている。
本当は既に受注している商品と予約待ちの方がおられるのだけど、再来週に行われるシンシアの誕生日パーティーに合わせ、急遽ドレスが作りたいと昨日アプリコット伯爵様が訪ねて来られた。
私としてもシンシアには日頃からお世話になっているし、伯爵様が直々にやって来られたとなると断る理由もなく、快く引き受けさせてもらった。
「それでどんな感じのドレスがいい? リクエストがあるなら聞くよ」
二人を仕事場の二階に設けた応接室に案内し、早速仕事の話に取り掛かる。
お父様から仕事場にと頂いたこの別館は、元々来客用にと建てられたものなのだが、以前本館の建て増しをした際に来客用の部屋も一緒に増築した為、ずっと空き家状態になっていた。
別館は本館と比べるとそれほど大きな建物ではなく、一階に食堂と水回り、それにサロンが一室あり、二階には寝室が二部屋だけという作業には不向きなレイアウトだったので、一階の食堂とサロンの壁を取り除き、大きめの作業部屋を用意した。そして二階の一室をお客様の接客用兼私の仕事部屋にと改造し、もう一室を生地などを保管する倉庫として利用している。
「ん〜どんなドレスかぁ、この間リーゼちゃんが着てたみたいに肩が出ている方がいいなぁ、あの時のリーゼちゃんすっごく綺麗だったもの」
「この間みたいなドレスか、ん〜シンシアだったらスカートはプリンセスラインの方がいいわね」
そう言って事前に作っていたドレスのアプローチブックを取り出す。
これは受注を受ける際に私が予めドレスのデザインをスケッチしたファイルで、大まかなドレスのラインや
私は一応このブランリーゼのオーナーって事にはなっているが、デザインをしている事は秘密にしているので、その場でラフ画を描きあげる事が出来ない。その為事前にお客様の要望や好みを分かりやすくするよう、このアプローチブックとオーダーシートを用意した。
「うわぁ、何これ。見た事もないデザインのドレスがいっぱい」
「ホントね、これなんて先日コーデリアが着ていたドレスの形に似ているわね」
二人とも興味深々といった感じでアプローチブックに釘付けだ。
「この間私が着ていたのはこのホルスターネックなんだけど、シンシアはキャミソールタイプが似合うんじゃないかな?」
シンシアには別に隠す必要もないので、その場でサッとラフ画を描きあげる。
どちらかと言うとシンシアは私と違い可愛い系の顔立ちをしているので、スラリとした大人びた感じではなく、フワッとした守ってあげたい系のデザインがいいのではないだろうか。
本音を言うとビスチェタイプをお勧めしたいが、あれはもう少し実験を繰り返さないと取り返しのつかない事になりかねない。一度でも着た事がある方なら分かるかもしれないが、作りがしっかりしていないと時間の経過と共に胸元が下がってしまうのだ。
まぁ、完全にずれ落ちるって事はまずないのだが、サイズが合わなかったり生地が弱かったりすると胸元が徐々に下がってしまい、下着が顔を覗かす事が度々出てしまう。その為ビスチェタイプのドレスには各々いろんな仕掛けを施されており、胸元の生地を厚めに作ったり、幅の広いワイヤーを仕込んだりと様々な工夫がなされている。そして最も肝心なのが着る人の体型維持、オーダーを受注した時点とドレスを着る当日の体型が違ってくると、いくらしっかり作られていてもほとんど意味をなさない。その為ビスチェを受注した店側は、ドレスを着る2日前にもう一度サイズの最終調整をしてから、初めて当日を迎える事になる。そこまでしてでも着てみたいのがビスチェの魅力ではないかと私は思っているのだが、流石にその実験をシンシアで試すわけにもいかないし、ビスチェ用のインナーも用意しないとまずいだろう。
ここはまず肩紐のあるタイプで胸元を飾り、スカートをプリンセスラインにして、膨らみを通常よりも大きく膨らませる、そしてフリルと大ぶりのリボンでスカートを装飾するのはどうだろうか。
上半身は細くスカートにボリュームを持たせる事で、シンシアの可愛さをアピールさせれば、男性達は放っておく事なんて出来ないはずだ。寧ろ私はお持ち帰りをしたい。
「こんな感じはどうかな?」
私が感じたシンシアの可愛さを演出させるラフ画を描き上げる。
「リーゼちゃん、こんな特技があったの!?」
「本当ね、コーデリアから話は聞いていたけど、目の前で見せられると改めて実感しちゃうわ」
そういえばシンシアにラフ画を描くところは見せたことはなかったわね。
「私がデザインしている事は内緒にしておいてくださいね、この間のように誰かに目を付けられると厄介なので」
先日ベルニア様に絡まれた現場にはシンシアの姿は無かったが、アプリコット夫人と伯爵様にはバッチリと目撃されてしまっている。今でこそ笑い話になってはいるが、出来ればあのような心臓に悪い事には二度と関わり合いたくない。
「大丈夫よ、コーデリアから釘を刺されているからね」
シンシアのお母さんは私のお母様と仲がいいから心配する事はないだろう、逆に心配なのはシンシアがうっかり話してしまわないかだけど、こればかりが運を天にまかすしかない。
この子ってちょっと天然が入っているから、時々大ポカをやらかしてしまうのよね。本人は悪気があってポカをする訳じゃないから怒るに怒れず、その愛くるしい姿からついつい何時も許してしまう。まぁそれがシンシアの可愛いところでもあるのだけど。
「こんなの見たらリーゼちゃんに全部任せた方がいい気がする」
「そうね、この絵のドレスもシンシアのイメージにピッタリだし、私たちが変に口を挟むよりリーゼちゃんにお任せした方がいいみたいね」
「それじゃこの絵をベースに細かくデザインしてみるね、スケッチが出来上がったら一度見せに行くから三日……明後日って時間空いてる?」
「うん、その日なら午前中は学園に行っているけど、午後からなら大丈夫だよ」
「了解、それじゃ後は細かな打ち合わせをしていくね」
混んでいるとはいえ明日一日あればデザインは出来上がるだろう、あとは色見や装飾のデザインをヒヤリングし、最後にシンシアのサイズを測らせて貰った。
そして隣で物欲しそうにされていたシンシアのお母さんのドレスも引き受け、午前中の仕事は終了となる。
「ディアナ、イレーネ食事にしましょうか」
「「はい、リーゼ様」」
私の仕事を手伝ってもらっている二人のパタンナーさん。ディアナが22歳のお姉さんタイプで、ミシンの扱いが非常に上手い。もう一人は私と同じ16歳のイレーネで、見た目は甘えん坊全開って感じだが、中身は若いながらも縫製や型紙の作り方は私より上手い上に、細かな装飾品が大の得意。
二人とも執事のルーベルトがたった1日連れて来たのだが、一体どんな魔法を使えばこれ程の優秀な人材を見つけてこれるのかと問いただしたい気分だ。
「お嬢様、私としてはたまには本館でお食事をとってもらいたいのですが」
「いいじゃない、朝と夜はお母様達と一緒に本館で食べているんだから」
ティナが私のランチボックスを用意しながら文句を言ってくる。別に本館に戻って昼食をとってもいいのだけど、いま新規の受注が非常に多いからこちらで食事をとっている方が時間的にも都合がいい。それにディアナとイレーネとのコミュニケーションも図れるし、ここでならティナも一緒のテーブルに着いてくれる。
私的にはコース料理の様に次々食事が出てくるより、女子トークをしならがゆっくりサンドウィッチを食べる方が性に合っている。
「ディアナ、先日受注したボードウィン様のドレスっていつ頃出来上がりそう? 何か急がれている様で、お母様に連絡が入ったそうなのよ」
「ボードウィン様のでしたら今日中には出来上がると思います」
「相変わらず仕事が早いわね、明日一日で最終仕上げをして明日の夜か明後日には届ける事が出来そうね。ティナ、お母様にそう伝えてもらえる?」
「分かりました」
「リーゼ様、32番と54番の生地が無くなりかけているんです。あと欲しい生地と装飾品の材料をメモにまとめておりますので、お願いでますか?」
「分かったわイレーネ、午後から商会の方に行く用事があるので、一緒に貰ってくるわ」
昼食後に軽く仕事の状況を報告し合い午後の仕事をスタートさせる。ホント二人とも自分の役割を分かっているから助かるわ、お陰で私もデザイン以外の仕事にも時間が取れ、現在店舗オープンに向けて着々と準備が進められている。
そもそもこの服作りの目的は、ブラン領での雇用拡大と生産性のアップにより、ブランの福利施設を充実させる事がお父様の狙いである。それに私の前世からの夢である自分の店を持つという事が、ズバリ当てはまった事で実現したこの事業、だからここは絶対に成功さなければならないと私は思っている。
その為にはまずは王都で店舗を構え、次に他領に向けて販売を開始する、そしてゆくゆくは他国への輸出まで念頭に置いているのだ。
「それじゃちょっと商会の方に打ち合わせに行ってくるわね」
「「いってらっしゃいませ」」
二人に見送られ私とティナ、そしてルーベルトの3人でブラン家が経営する商会へと馬車で向かう。
現在商会では王都の店舗オープンに向けて色々準備をしてもらっており、中でも店頭に並べる商品のバリエーションを多く製造をしてもらっている。これは私の経験なのだが、例えば同じ服で色違いが3種類あるのと1色しかない服では、色のバリエーションがある方がお客様は手を取りやすい傾向がある。必ずしも全員が絶対にそうかとまでは言わないが、それぞれ自身に合う色というのもあるし、自らの意思で選べると言うのも購買欲が膨れるんじゃないかと私は考えている。
そして今回もう一つ重要なのが仕入れ商品を取り扱わないと言う点、これは新参者にはかなり厳しい条件なのだが、最初から仕入れの商品を取り扱っては、折角ブランド力が高まりつつある名前に傷をつけてしまう恐れがある。その為、少ロットで出来るだけ多くの商品を準備しているのだが、これに中々時間と費用がかかってしまい、オープンまでにはもう数ヶ月掛かるのではと予想している。
「それにしても面白い事を考えられますね、同じ服でのサイズ展開ですか。これなら事前にサイズを把握しているだけで、個人でも服を選びやすくなりますしサプライズプレゼントとしても活用出来そうです」
商会に到着し会頭と数名の役員を交えた会議の途中、私が提案したサイズのバリエーションにルーベルトが関心を示してくる。
これは別にたいした事をしているわけでなく、ただ服のサイズとしてS・M・Lの種類を用意して欲しいと型紙を作っただけの事。
そもそもこの世界ではサイズ展開という概念が低すぎ、同じデザインでも大きい服は大きい物だけ、小さい服は小さい物だけと、着る人の事を余りにも考えられていな作りが多い。
例えば前世で出来上がっているセルドレスを購入する際、着る人の為にサイズ調整をする事が常識になっていたのだが、この世界では着る人間の方がドレスのサイズに合わせてコルセット等で体を締め付けるのが、当たり前にと考えられている。
これは中世のヨーロッパなどで良く見られた光景だと聞いた事があるが、あれは結構体に負担が掛かる上に、締め付け具合によりかなり苦しい思いをしてしまう。コルセットの必要性を否定している訳ではないが、そんな思いまでして見せる美しさは何か間違ってるんじゃないかと私は思っている。
「あと男性用のスーツだけど、ズボンにアジャスターをつけてサイズを調整出来る様にしたいんだけど、作れるかしら?」
男性の服を担当してくれている役員に向かい、事前に作ってきた提案書を見せながらアジャスターの説明をする。プラスティック製品がこの世界にはないので、金属や天然素材で代用出来ないかと考えている。
そもそもドレスの下に履くクリノリンにしても、鯨のヒゲや針金を利用している訳だし、その辺りはプロの職人にお願いした方が確実ではないだろうか。
「アジャスターですか? ん〜確かにこの形なら作れないでもないですね、少しお時間をいただけますか? 何種類かの素材で試作品を作らせてみます」
「お願いね、男性のお腹周りって油断してると大きくなってる時があるから、いざ着る時になってお腹が入らないって事になると大変だから」
男性は女性ほど体型が変動する事は少ないと聞くが、女性のようにコルセットを撒く訳にもいかない上、お尻の大きさによってズボンが履けない場合も出てくる。ここは無難なにアジャスターで腰回りの大きさを調整出来る様、工夫を加えた方がいいだろう。
「分かりました、出来るだけご要望に添えるよう職人に伝えておきます」
「よろしくね、後は店舗の用意だけど……」
「はぁ、流石に疲れたわね」
長時間に渡る会議を終え、馬車で私とティナだけでお屋敷へと向かう。
ルーベルトはこの後も会頭を別の打ち合わせがあるそうなので、私達だけ先に帰らせてもらった。
「お屋敷に着きましたらお茶の用意をいたしますね」
「ありがとうティナ、この時間だからディアナ達はもう帰っているだろうから、荷物を仕事場に入れたら本館で休憩しましょ」
昼過ぎにお屋敷を出たと言うのに辺りはすっかり薄暗く染まってきている。ディアナ達には時間が来たら帰ってもらうよう事前に伝えているので、この時間なら既に帰路についている頃ではないだろうか。二人とも責任感が強い為、予め帰るよう伝えておかないと何時迄も作業を続けてしまう可能性があるので、私が居ない時でも時間が来たら帰るよう言ってある。
馬車が大通りからお屋敷がある路地を曲がった時、前方から数人の男性が言い争っている声が聞こえてきた。
「何かしら? お屋敷の方から聞こえて来るけど大丈夫かしら?」
私が心配しながらティナに話しかけると、御者台につながる小窓を開けて確認してくれる。
「あれは……お屋敷の門のところですね、男性が一人ブラン家の警備兵に止められているようですが……」
「お屋敷の前なの?」
何処の誰がこんな無謀な真似をしていると言うのだろうか、仮にも伯爵家であるお屋敷の前で揉め事を起こすなど、牢屋に入れてくれと言っているようなもの。最悪身分の低い者なら斬り殺されたとしても誰も文句は言えないのだ。
「申し訳ございませんお嬢様、何者かが門前で暴れている為少々お待ちいただけますか?」
「えぇ、それは構わないけど誰が暴れているのかしら?」
御者をしてくれている者が外から私に話しかけてくれる。
「それは……」
ん? 御者の者が言いにくそう言葉に詰まる。
それってつまり私絡みって事よね? 男性で思い当たるのクロードさん……じゃないわよね。彼なら大声をで叫ぶような真似はしないはずだし、今日はお姉様がお屋敷におられるので、門前で目的を伝えれば中に通してもらえるはずだ。
それじゃあと考えられるのは……
「だからリーゼに会わせてくれと言っているだけだろう!」
「ですので、お嬢様はお出かけされているのでお屋敷には居られないのです」
馬車は門より少し離れた所に止まっているが、男性と警備兵が叫んでいる声がここまでハッキリと聞こえて来る。あの声はやっぱり……
「お嬢様、馬車から出られてはなりません!」
馬車の扉に手を掛けようとすると慌ててティナが止めにはいる。
「ティナ、私が出て行かないと何時迄もあなたのお茶が飲めないじゃない。それにこのままじゃ彼が街の警邏兵に捕まってしまうわ」
馬車の外から聞こえて来るのは私の良く知る幼馴染の声、ブラン家の警備兵も彼の顔を知っているから強く追い返す事が出来なかったのだろう。
本音を言えばこれ以上彼とは関わり合いたくはないが、これを逃したら二度と話す機会は無くなってしまう。私は一度大きく息を吸い込み扉の取っ手に手を伸ばした。
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