第14話 最強と最凶の円舞曲
「お母様!?」
そこには周りを萎縮させる程の威厳を放ちながら、堂々とした様子でこちらに向かわれるお母様の姿があった。
「口を慎みなさいコーデリア! たかが伯爵夫人の分際で王妃である私に気安く話しかける事は許さないわよ」
「随分えらくなったものねベルニア、侯爵家にいた頃はもう少し大人しかったと思ったけど、いつの間にそんな口の利き方が出来るようになったのかしら?」
お母様は私を庇うようベルニア様の前に立たれ、わずか数十センチのところで正面から対峙される。
以前話した事があるかもしれないが、私がお父様を本気で怒らせたときのトラウマ、それはお母様が私に怒っているお父様に対して見せた怒りの表情。あの時は余りのお母様の怖さに私は泣いて謝り続けた、そうでもしないとお父様の身に危険を感じたのだ。
そして今、表情こそは笑顔で作られているが、お母様から漂う雰囲気は正にあの時の再現を見ている気がする。
あっ、向こうで一人倒れた。
「もう一度言うわ、貴方に発言する権利は与えていない、直ちにこの場から立ち去りなさい」
「何度でも好きなだけ言いなさい、私の大切な娘が貴方の息子に弄ばれようとしているのよ、そんなものが認められる筈がないでしょ。それとも何かしら、馬鹿な事を言って申し訳ございませんとリーゼに謝ってもらえるのかしら」
な、何て事を言ってるんですか! 私の事を助けようとして下さるのは分かっているが、これじゃお母様の方が不敬罪で罪に問われてしまうじゃない。
話の内容からして昔は立場が違ったのかもしれないが、今は王妃であるベルニア様に対してこれ程無礼に振る舞えば、ブラン家はともかくご自身の身を滅ぼしかねない。
「無礼者、私が貴方の娘に謝れですって? 自分の立場を弁えなさい!」
「立場立場って相変わらずうるさいわね、王妃って立場が無ければ何一つ出来ないって言うのに、このまま馬鹿な事ばかり言い続けていたら、いずれ陛下からも見捨てられる事になるわよ。
それに大体貴方、最近皆からの評判が悪いって良く耳にするわよベルニア」
お、お母様、何挑発してるんですか!
周りで様子を伺っている貴族が、徐々に気の弱い人から順に倒れていっている。
何これ? まるでホラーじゃない。
「様を付けなさいコーデリア! 私がその気になればブラン家ごとき取り壊す事も可能なのよ。たかが娘一人を差し出すだけで助けてあげると言っているのだから、貴方は素直従って娘を差し出していればいいのよ!」
「ブラン家を取り潰す? そんな事出来るわけがないでしょ、貴方その程度も分からないぐらいに頭が悪くなったの?」
これも以前に言ったかもしれないが、ブラン家には例え王家であっても侵す事が出来ない条約が結ばれている。別にブラン家だけが特別と言うわけではないが、爵位を頂いている一部の貴族、つまりこの国が出来た当時に王国からの打診で国へ参加した領土の長には、自治権として特別な条約が結ばれている。
もしこれを王国側が犯してしまえば、同じ条件で国に参加している貴族達はすぐにでも離反し、独自の国を作ったり他国へ寝返ったりするだろう。
「そんな昔に決められた条約なんて今は関係ないわ、私の言い分が気に食わないと言うのなら、直ちにこの国から立ち去りなさい」
「そんな事をしてもいいの? 王国からブラン家が抜ければ大きな損害を受けるのは貴方達よ。知っているでしょ、ブラン領がこの国にどれだけ貢献し、どれだけの物資を仲介しているのかを。ブラン家は隣国との貿易の要、その私たちが国から抜ければ随分困るのじゃないかしら? そうそう軍事力で抑えこもうなんてバカな考えはしないほうがいいわよ。そんな事をすればレガリアが黙っていないから」
「ぐっ!」
凄い、完全にお母様の方に軍配が上がってしまっている。
ブラン領は広大な土地で取れる作物と、陸路と海路を使った貿易がメルヴェール王国に大きな利益をもたらしている。そのお陰で隣国レガリアとの関係はこの国以上に良好な関係を築けており、例え国から離脱したとしても独自で運営していく事も可能だし、軍事力で抑えようとしてもレガリア王国がそれを許さないだろう。
「それに貴方は忘れているかもしれないけど、リーゼは大勢の国民から愛されている存在よ、知らないわけじゃないでしょ? それを王子の側室にされただなんて知られたら国中大騒ぎになるわね、貴方にはそれを止められる術があると言うのかしら? ベルニア」
「だから様を付けなさいと言ってるでしょうがコーデリア!
黙って聞いていれば調子に乗るんじゃないわよ、ブラン家ごときこの国にいなくても問題ないわ。それに娘が国民に愛されているですって? そんなもの後で適当に誤魔化せば何とでもなるわよ。貴方達下級貴族は全て私に従っていればいいの、私達がいなければ何も出来ない烏合の衆なの、それが分かったのならさっさと頭を下げて平伏しなさい!」
「黙れベルニア!」
三度会場を揺るがせる声が響き渡る。
今度の声の主は怒気を含んだ男性の声、だけど前の二人と違いどこか弱々しい、まるで体に病を患っているような感じが漂ってくる声色だ。
見れば二人の男性に支えられながらゆっくりこちらに向かってくる。その様子から支えななければ歩くのもままならないのだろう、私はこの三人に見覚えがあった。
一人は私のお父様でもあるブラン伯爵で、もう一人はアデリナ様の父親でもあるウィスタリア公爵様、以前私がウィリアム様の婚約者だった時に何度かお会いしているので間違いないと思う。
そしてその二人に支えながら歩いて来られるのは……
「陛下!」
支えられているのにも関わらず足元に力が入らないのか、バランスを崩して周りの貴族達から心配の声が上がる。
どういう事? 陛下が病に伏せている何て聞いてないわよ。
周りの様子を伺うと、大半の貴族達から動揺の声が上がっている。と言う事は一部の人たちを除き、陛下のお身体の状態は伝えられていなかったと言うのだろうか?
「陛下、どうしてこちらに……」
初めてベルニア様が動揺している様子を表す。
もしかしてお父様達はこの状況を打開するために、休まれていたであろう陛下を呼びに行かれていたのではないだろうか? 生憎私はまだ陛下へのご挨拶は済ませていないから知らなかっただけで、何らかの理由を付けて初めからパーティーには参加されていなかった、もちろん病に伏せられていると言う事は隠した上で。
お父様はこのパーティーに来た時、陛下はまだ来られていないのかとおっしゃっていた。それは元々は参加する方向で調整されていたが、結局容態が芳しくなく見送る方向となった。それは周りの貴族からの反応で分かるように、病状を知られたくなかったのではないか、今この国を支えられているのは間違いなく陛下の力があるからこそ、存続し続けているのだから。
「勝手な真似は許さんぞベルニア、ウィスタリア家もブラン家もこの国にとって無くてはならない存在だ、それは他の領主も同じで、ここにいる全ての者達が居てくれるからこそ、この国が成り立っておるのだ。お前の思い通りにならないからと言って、取り潰すなどと言う横暴は私がゆるさん」
流石陛下直々のお言葉だ、貴族達からは賞賛の声が上がる一方、ベルニア様は屈辱に満ちた表情で陛下とお母様の方を交互に睨め付けている。
「不愉快ですわ。覚えていなさいコーデリア、私を侮辱した事一生後悔させてあげるわ」
最後にお母様に対して一際歪んだ表情で睨めつけ、貴族達の人垣を強引に掻き分けながら会場を後にされる。そしてその後を追いかけるようにウィリアム様が一人だけ付いて行かれた。
「すまなかったなコーデリア、お前にも娘にも不愉快な想いをさせてしまった」
「いいえ陛下、ベルニアの扱いは慣れておりますし、娘もこれぐらいでは負けたりしませんわ」
いえいえ、私を過剰評価してもらっては困ります。確かにこのまま思い通りに屈するつもりはありませんでしたが、結構崖っぷちの状態でしたから、お母様の登場は本気で頼もしかったです。ちょっと余りの迫力に胃が痛くなりそうでしたが。
そういえば先ほど何人もの人が恐怖で倒れては運ばれて行かれたけど、ご容態は大丈夫なんでしょうか?
「そうだったな、お前は昔から負けん気が強かったからな。
リーゼよ、不愉快な想いをさせてしまい申し訳なかった、お前が望むのならウィリアムとの婚約は無かった事にしよう。これは私からのせめてもの償いだと思ってくれ」
そう言って私に頭を下げてくださる。
「おやめください陛下! 私のような者に頭を下げるなどあってはならない事でございます。」
国のトップが頭を下げるなどあってはならない事ぐらい私にでも分かる、しかも今は大勢の貴族達が私達を動向を見守っているのだ。もしこの事が噂にでも広がれば、私は陛下に頭を下げさせた女と恐れられてしまうではないか。
地味に目立たず平和に生きるのが夢だったのに、このパーティーで一気に私の知名度が上がってしまったのではないだろうか。主に悪い方に……
「いや、これは一人の父親として最低限の礼儀だ、他の者達も済まなかった。私は見ての通りの有様で国の
陛下はそう言うともう一度だけ深く頭を下げられた。
その姿を見た男性貴族達は、騎士の忠誠の証としてその場で片膝をつき、女性達は両手でスカートをつまみ、膝を折るようにしてカーテシー姿で態度を表す。
誰もが思ったのではないだろうか、私たちは良き王の元に巡り会えたのだと。それと一方このまま陛下が病に倒れてしまうような事になれば、この国が滅んでしまうと言う事を。
「リーゼよ、先ほどの答えは急がなくてもよい。国王としはお前が王妃となりこの国を支えてくれる事を望むが、私個人としては愛の無い夫婦の辛さはどんな人間であれ、味わって欲しくないのでな」
それは正に今の陛下ご自身の気持ちではないだろうか、どういう経緯でお母様とベルニア様が対立し、王妃の座を勝ち取ったのはしらないが、先ほどのベルニア様の態度と、ウィリアム様が陛下ではなく母親の方に付いていった事から、家族関係は余り良くない事は誰の目にも明らかであろう。
「お気遣いくださり、誠にありがとうございます。
私に対して過剰な評価を賜っている事は大変身に余る光栄ではございますが、失礼ながら私より王妃に相応しい方がこちらにいらっしゃいます。陛下もご存知だとは思いますが、アデリナ様は幼少の頃よりウィリアム様と共に成長され、この国の未来の事も私とは比べものにならないほど考えておられます。また、血筋においても公爵家と言う何処の誰より見劣りのしない高貴なお方でございます。
それに引き換え私は自分の事しか考えられない不埒者、とても王妃の器としてはアデリナ様に遠く及ばないでしょう。今一度この国の為に誰が必要なのかをご思案頂けるよう、よろしくお願い致します」
「そうか……
陛下は一度長く目を瞑り、言葉を紡ぎ出された。
「女の身でありながら出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ございませでした」
「あら、自分の事だけしか考えていないって、リーゼもブランの領民の事をしっかりと考えているでしょ? ご心配要りませんわ陛下、私もリーゼもこの国の為に内側から立派に支えて見せますよ」
「ふ、ふははは、そうだなこの国の女性達は強かったのだな、これは男達もうかうかしておられんぞ」
お母様の一言と陛下の笑い声で、会場内が明るい声が広まっていく。
「皆の者、パーティーの腰を折ってしまったが、今宵はこの国の誕生を祝っての祭りである。この後も存分にパーティーを楽しんでくれ」
陛下の言葉が終わると同時に音楽隊の合奏が大きく鳴り響く。
「アデリナよ、これからもウィリアムの事を頼むぞ」
「身に余るお言葉、しかとお受けいたしました」
アデリナ様が深く頭を下げられた事を見届けた陛下は、一度満足そうに頷かれてから、お父様と公爵様に支えられながら会場を後にされた。
一時はどうなる事かと思ったが、終わってしまえば私が考えていた理想の形で終幕したのではないだろうか?
アデリナ様は陛下からウィリアム様の事を任され、完全に断ったわけではないが私の婚約もほぼ解消されてしまっている。そして三人の候補者の中で唯一声をかけてもらえなかったエレオノーラは、陛下が立ち去った後には姿を消していた。
このまま彼女が直に引き下がるとは思えないが、取りあえずの窮地は脱したのではないだろうか。
さて、再びパーティーが再開されたはいいがこれから私は何をすればいいのだろう。アデリナ様は大勢の貴族達に囲まれてしまっているし、シンシア達はプリシラさんの介抱に忙しいようで辺りには見当たらない。先ほどお母様とベルニア様との遣り取りで運ばれて行く姿が見えていたから、恐らく休憩室に当てられた何処かの部屋で休んでいるのではないだろうか。
それにしても当の本人は何事も無かったかのように、ご婦人達に囲まれて話に花を咲かしていられる。全く、改めてお母様の凄さが身に沁みた気分だわ。
「あの、リーゼ様」
「ん? 私にご用でしょうか?」
見れば学園で同じクラスだった女の子が代表で話しかけてくれたようだが、彼女の後ろには大勢の女の子達が控えており、徐々に私の周りを取り囲むように集まってきている。
何これ? 今まで私に話しかけてくれる女の子なんて誰一人していなかった、それも先ほど大きな騒ぎを起こした張本人って事もあって、昔のようにまた警戒されているのかと思っていたが、どうやら杞憂だったのかもしれない。
「私、先ほどのリーゼ様のお姿に感動を覚えましたの」
どこに感動するところがあったのかと聞きたいところではあるが、集まって来ている女の子達はそれぞれ目をキラキラさせながら、私の方を眺めている。
あれ? 何だか様子がおかしいぞ?
「アデリナ様も素敵でしたが、リーゼ様もそれに衰えず素敵でしたわ」
「そうですわね、ウィリアム様やエレオノーラ様に対しても毅然と意見を述べられておられましたし、王妃様に対しても凛々しく対応しておられましたわ」
「ええ、それに陛下が次期王妃に相応しいともおっしゃっていましたし、感謝のお言葉も言われていましたわ」
いやいやいや、あれの何処に素敵な場面があった? 王妃様に対して凛々しく対応した? あれはお母様が凄すぎただけですって。それに陛下からの感謝の言葉を貰ったって、謝罪の言葉と勘違いしていない?
これは私が求めていた友達像では絶対違うよね! 私が求めていたのはもっと普通に女子トークに花を咲かせるものだったはずだ、もぉー何処で道を踏み外したのよー。
「そう言えば、リーゼ様が着ておられるドレスってどちらでお作りになられたのですか?」
「そうですわ、私も気になっていたところなんです」
私が悶々と打ちひしがれていると、一人の女の子がドレスの話を聞いてきた。
「これはブラン家が新しい事業を展開する試作品なんです」
「まぁ、だから見た事もないデザインだったんですね」
「いつ頃から販売されるんですの?」
「初めはオーダーのみの受注から始める予定なんです」
予定ではこのパーティーで売り込みをして、徐々に展開していくのだったわよね。余りにもパーティーが濃すぎてうっかり忘れてしまうところだったわ。
「それでは今着ておられるのはリーゼ様用に特別にデザインされたものなのですか?」
「ま、まぁ、そうですね。お姉様とデザインは同じですが、色目を少し変えて頂いたんです」
嘘は言ってない、元々お姉様の為にデザインしたものだが、色目は私に合わせてデザインしたんだ。うん、嘘は言ってないぞ。
「それでお店の、ブランド名のような物はもうお決まりなのでしょうか?」
「名前? いえまだ何も決まっておりませんが……」
名前も何もまだ始まってすらいないのだから考えた事もなかったわね。
「ブラン家がリーゼ様の為に作られたドレス……」
「私、思いつきましたわ、ブランリーゼと言うのはいかがでしょうか?」
「ブ、ブランリーゼ!?」
何それ、恥ずかしすぎるって!
「素敵ですわね、リーゼ様の様に私もドレスを着こなしたいですわ」
「ブランリーゼ、私もお父様にお願いしてドレスを作ってもらいますわ、受注が可能になりましたら是非お知らせくださいませね」
「あ、あは、あははは」
私の目の前でブランリーゼの名前を連呼する女の子達、それは次第に広まって行き、私の頭を悩ませる原因となる。何で、何でこうなった!
この日、誕生祭を祝うパーティーは夜遅くまで開かれる事になる。会場内の話題はブラン家の女性達が着ているドレスの話で持ちきりで、若者達から広まったブランリーゼの名前はその日の内に貴族達にの間に広まっていくことになる。
しかしこの日を
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