第10話 生贄候補者の悲壮曲
「少しは落ち着いたかしら?」
「はい、ありがとうございます。お姉様、お義兄様」
テーブル席で少し休んでいると、お義兄様が飲み物と食べ物を持ってきてくださった。
この夜会は立食パーティーではないので、多くの料理が出されている訳ではないが、少し休憩するのに適した食べ物が用意されている。
少しお腹に食べ物を入れた事で大分落ち着く事が出来た。
「そう、よかったわ」
お姉様が優しい笑顔で微笑み掛けてくれる。
「リーゼは私の大切な妹よ、何か困った事があれば何でも相談してね」
「お気遣いありがとうございます。もう大丈夫です」
些細な気遣いが心に暖かく染み渡る、もうこれ以上私事で心配を掛けるわけにはいかない。大丈夫、私は強い、強くならなくちゃいけないの。そう自分自信に言い聞かせ心を落ち着かせていると、こちらの方に向かってくる三人の女性の姿が見えた。
「ごきげんよう、オリヴィエ様、レオン様。少しリーゼちゃんをお借りしてもよろしいでしょうか?」
やって来たのは私の一番の友達であるシンシアと、学園で見かけたことのある二人の生徒。
お姉様は一度私の表情を確かめてから、快く了承される。
「それではお姉様、お義兄様、少しシンシア達とパーティーを楽しんで来ますね、お付き合い頂いてありがとうございました」
「えぇ、いってらっしゃい」
一度頭を下げてから、シンシア達と一緒に人ごみの中へと向かっていく。
この辺りでいいかしら。
周りには年若い貴族達が集まっており、学園にいた頃に見知った生徒達の姿も数人居るのが分かる。
「挨拶が遅くなってしまったわね、ごきげんようメリンダさん、プリシラさん」
シンシアが連れてきたのは隣のクラスのメリンダとプリシラ、エレオノーラに頼まれて私が突き落としたところを見たという目撃者だ。
「「ごきげんよう、リーゼ様」」
「様は要らないわよ、同じ学園の生徒だったんだから気を使わなくてもいいのよ」
クラスの皆んなからはリーゼさんかリーゼちゃんと呼ばれていたので、同年代の子から様付で呼ばれるのは流石に抵抗がある。まぁ、今の二人は私に対して後ろめたい事があるのだから、仕方がないと言えば仕方がないのだが。
「あの、でもそれは……」
「大丈夫だよ、リーゼちゃんは二人と友達になりたいだけなんだから」
戸惑う二人をシンシアが優しく押してくれる。
「わ、分かりました。リーゼ、さん、私、リーゼさんに謝らなければならない事があって」
「わ、私もリ、リーゼさんに謝らないといけない事があるんです」
「うん、何かな」
恐らく今、事の成り行きを周りにいる学園の生徒達が私達に気づかれないよう見ているだろう。先日シンシアが私の家に訪ねて来た時、二人の状況が益々孤立していると状況を知らせてくれた。
このままではいずれ、暴力沙汰まで発展し兼ねない雰囲気があると聞かされ、私はシンシアにある事を頼んだ。もし二人が私に対して罪悪感を感じているのなら、謝罪の場を設けるので連れて来てくれないかと。
そしてそれは人目の多い場所でないと効果はなく、私はすでに学園には居場所が無くなっているので、この夜会を利用させてもらう事にしたのだ。
この場で私が二人の謝罪を受け入れ仲良くしている姿を見せれば、学園での風当たりも少しは良くなるのではと考えたのだ。
二人はお互いの顔を見つめ合い、軽く頷いてからメリンダが代表で話し始めた。
「私達が、エレオノーラ様をリーゼさんが突き落としたと言ってしまったせいで、リーゼさんがその、ウィリアム様との婚約と学園を辞める事になってしまって……こんな事になるなんて思ってもいなかったんです。本当にごめんなさい」
「取り返しの付かない事をしたのは十分理解しております。信じて頂けるかわかりませんが、リーゼさんを恨んだり陥れようと思った事は一度もないんです。それなのに私達……本当にごめんなさい」
交互に頭を下げながら私への謝罪を繰り返す。
これだけで十分だ、彼女達も好きで私を陥れようとした訳じゃないと分かっただけで救われる。
ケヴィンとの遣り取りの後なので余計にそう思えるのかもしれないが、今の私にはたった一言の謝罪だけで心が安らぐ感じがした。
これってやっぱり前世の、日本人だった時の想いが今の私に染み渡っているんだ。
「ありがとう、その言葉を聞けただけで十分だよ」
「そんな、ありがとうだなんておかしいです。私たちはリーゼさんの人生をめちゃくちゃにしてしまったんですよ、それなのに感謝の言葉なんて……」
「そうです、私達は恨まれて当然の事をしてしまったんです。断罪の言葉はあってもありがとうだなんて、そんなの極刑を言い渡されてる方がまだましです」
私はただ素直な気持ちを言葉にしただけなのに、かえって二人を苦しめる事にしてしまった。まさかここまで追い詰められているとは思ってもいなかった。
確かに私が二人の立場なら、相手から感謝の気持ちを述べられても納得がいかないだろう、だけど『ありがとう』の言葉は間違いなく今の本当の気持ちなんだ。
「ごめんね、二人の気持ちも考えずに軽はずみにありがとうなんて言葉をいって。でもね、今の私は間違いなく二人に救われた気分になっているの。
さっき幼い事からずっと一緒だった人の未来を摘み取ってしまった、私はたった一言謝ってくれるだけで良かったのに、彼の沈黙に質問で返してしまった、私の事を少しでも考えてくれていたのかって。
その結果彼を追い詰めてしまう事になってしまい、私は心に大きな傷をのこしてしまった。だからやっぱり『ありがとう』なの、私は脆くて弱い人間だから、こうして誰かを許しながら強くなっていくしか方法が思いつかない、それが今の私の素直な気持ちかな」
「私は、私達も弱い人間です……あの時エレオノーラ様に逆らう事が出来なくてリーゼさんを……」
「ストップよ、それ以上何も言わなくても分かっているから、私は二人の気持ちが知りたかっただけなの。二人とも私を陥れる為に嘘をついた訳じゃない、それだけいいの。今回の件はただ見間違えただけ、そうでしょ?」
私は二人に聞こえるだけの小声で話しの流れに割り込む。
このような場で、エレオノーラに頼まれて嘘の証言をしたと言えば、二人の立場も家もアージェント家から睨まれる事になるだろう。だったらブラン家が手を貸せばいいじゃないかと言う考えになるが、それだとブラン家が裏で手を回して懐柔させたと思われか兼ねない。
今は出来るだけ他家との揉め事は避け、国の行く末を見定める事が大事な時期なんだ。
二人には私が何を言っているのかは理解してくれているだろう、この場はあくまでもだたの見間違いで、第三者の介入があった事を示す訳にはいかない。
「二人ともありがとう、わざわざ私に謝りに来てくれて。でも大丈夫、学園を辞めたのは私が騒ぎを大きくしてしまった事のケジメを付けただけだし、ウィリアム様との婚約の件だって責任は全て私にあるのよ。二人が気にするような事ではないわ」
「ですが、私達が全てのキッカケを作ったようなものですし、あんな事を言わなければ、リーゼさんは今頃まだ学園にいられたはずなんです」
「そうです、私達がもっと強ければ、リーゼさんをこんな目に合わす事も無かったのに、こんな辛い思いをする事もなかったのに……私達はどう責任を取ればいいんですか!」
目に涙を溜めながら必死に私に訴えてくる、二人とも私の事でそんなに苦しんでいたんだ。
あまり大声にならないうちに、そっと二人の首に両腕を回し私に引き寄せる。
「簡単な事だよ、友達になればいいの。そうするだけで、辛い思いは私が一緒に背負ってあげられるし、責任を取るだなんて硬い考えもしなくていい。友達ってそいうもんでしょ?」
「リーゼさん」
「ごめんなさい、リーゼさん」
二人とも我慢が出来ず目から涙があふれている。
ここで泣いている姿を見せてはいけない事ぐらい、二人とも分かっているので、必死に涙を拭いながら私に顔を埋めてくる。
「もう大丈夫だから、二人ともよく頑張ったわね」
「「うっ、うぅ」」
後は彼女達の努力しだいだが、二人が学園で孤立する事はなくなるだろう、クラスの皆んなだってちゃんと筋を通せば許してくれるはずだ。
「シンシア、悪いんだけれど」
「うん、分かってるよ。二人の事は任せておいて」
シンシアが二人を連れて会場の外へと向かっていった。少し外の風を浴びで落ち着かせようと思っているのだろう、涙は隠せても落ちてしまったお化粧までは何とも出来ないので、その辺りも踏まえて連れ出してくれたはずだ。
さて、私はもう一仕事するといたしましょう。
「ごきげんよう、リーゼ様」
「ごきげんよう、ウイスタリア様」
私に話しかけてきたのはウイスタリア公爵家のご令嬢、アデリナ様。エレオノーラと同様に、ウィリアム様の新たな婚約者候補として浮上した方だ。
彼女が私達の様子を伺っていたのは途中から気付いていた、シンシアもそれが分かっていたからこそ、二人を私から離してくれたのだ。
「少しお時間を頂いてもよろしいかしら」
「ウイスタリア様にお声をお掛け頂けるとは光栄に存じます、私で宜しければお付き合いさせて頂きます」
相手は年齢も身分も私の上、例え同じ婚約者候補に名前が挙げられているとは言え、礼儀を反する事はブラン家の存続に大きく関わってくる。
「少し室内は暑すぎるわね、テラスに出て話しがしたいわ」
「そうですね、私も少し火照った体を冷やしたいと思っていたところなんです」
季節は春から徐々に暖かくなってきている頃とは言え、夜の風はまだ少し寒く感じるだろう。
私の体が火照っているのは確かだが、この時期テラスに誘うという意味は人目の付かない場所で話しがしたいと言う事なんだろう。
同年代の貴族達が見守る中、アデリナ様が先頭に立ち私は追いかける形で後を追っていく。まるで私達の関係を見せつけるかのように、二つに分かれた人垣を優雅にテラスへと向かって進んで行く。
その姿はただ歩くという行為なのに、一つ一つが洗練された本物のプリンセスのように、ただただ見惚れてしまう。ここまでの域に到達するまで、どれ程のレッスンをこなしてきたのだろう、私なんか彼女に比べれば赤子に等しいぐらいい。
「やっぱりまだ外は寒いわね」
ん? そう言いなが両手で肩を摩りながら私に話しかけてくる。
「どうしたの? そんなに私が変かしら?」
「あっ、いえ、ちょっと驚いただけなので」
自分で言っておいて今の発言が気安すぎたと、軽く冷や汗をかいてしまう。
「そんなに畏まらなくてもいいわよ、私だっていつも完璧に振舞っているのは疲れるのよ、こんな時ぐらい少し足を伸ばしても良いとは思わない?」
あれ? なんか私が思っていた展開ではないぞ?
私はてっきり……
「改めまして私はウイスタリア公爵家の令嬢、アデリナよ。率直に言うわ、ウィリアム様との婚約は諦めて、王妃候補から辞退しなさい。って言うとでも思った?」
「……はぁぁあ?」
「ぷ、ふふふ、いいわねその反応、私の周りにはいなかったタイプだわ」
なんだこれは、先ほどまでの優雅に洗練されたお姿ではなく、私と同じ一人の女性として純粋に笑い、笑顔を向けてくれる。
「ウイスタリア様は私をからかっておられるのですか?」
「アデリナよ、ウイスタリアや公爵令嬢なんて堅苦しい呼び方は好きじゃないのよ。さぁ、もう一度やり直しね」
「えっと、それではアデリナ様、私はどうして呼び出されたのでしょうか?」
アデリナ様は王妃候補から辞退を進めに来た訳でないようだけど、それじゃこれは宣戦布告? いや、とても交戦的な雰囲気には感じられない、これじゃまるで友達に気安く話しかけているようにしか見えないじゃない。
「いつまでも私だけが話しているのも楽しくないわね、それじゃまず最初の質問に答えてあげる。
あなたをここに連れ出したのはただ話しがしたかっただけであって、決してからかっている訳ではないわ」
……分からない、アデリナ様が何を考えているかが私には分からない。
ただ話しがしたいと言うなら何もパーティーで連れ出さなくても、屋敷に呼びつければ私は行かざる得ないだろうし、人目を気にしているのなら余計にその方がリスクは少なくなるはずだ。
そもそもアデリナ様はウィリアム様の事をどう思っているの? 婚約者候補に名前が挙がっているのだから、少なくとも公爵家としては自分の娘を王妃にしたいのだとは思うけど。
「まだ納得が出来ないって顔をしているわね、まぁ、それは仕方がない事かもしれないけど。私だってさっきのあなたを見なければ、もっと交戦的に振る舞うつもりだったのよ。
だけど気が変わったわ、あなたは良い王妃になれる。私が保証してあげるわ」
ん〜、困った。
先ほどのメリンダとプリシラの遣り取りで、アデリナ様が私に友好的になってくださったのは何となく分かったが、良い王妃になれると言われても正直めっちゃご遠慮したい。
ウィリアム様は、ケヴィンのように幼馴染でもなければ許したいという気持ちは一切存在しない。寧ろ今となっては生理的に受け付ける事は難しいだろう。
ここは正直に辞退する旨を伝えておいた方がいい気がする。
「そのように言って下さるのは嬉しいのですが、私は王妃になる気もなければウィリアム様と婚姻を結ぶつもりも毛頭ございません。寧ろ
「ふふふ、何よそれ、随分ウィリアムも嫌われたものね」
「アデリナ様は、いえ、公爵家はアデリナ様を王妃にしたくないんですか?」
「そうね、お父様は私を王妃にしたいみたいだけど、私は正直どちらでも構わないと思っている。ウィリアムとは小さな頃からよく知っているし、弟のような存在だったから愛情も持っているわ。だけどそれがイコール結婚したいって事には繋がらないのよ」
それはそうだろう、一度弟と認識してしまったら恋愛へと変わる事は中々難しい、以前何かの本で読んだ事があるが、3歳か5歳ぐらいまでに出会った異性は兄妹と認識してしまって、恋愛感情へと変わることは無くなるんだとか。
まぁ、全員が全員そうだとは思わないが、私がケヴィンに恋愛感情を抱けないのは正にその通りだと思っている。
「それでは、何故王妃候補に名乗りを上げられたのですか? アデリナ様でしたら公爵様を説得するぐらい出来たはずですよね?」
「おかしな事を聞くのね、公爵家に生まれた者なら誰もが覚悟はしているはずよ。例え私が名乗りを上げなくとも、他の公爵家や侯爵家の令嬢が生贄に捧げられる、だったら私が犠牲になれば問題ないんじゃないかしら?」
あぁ、此の期に及んで私は何も分かっていなかったんだ。
確かに一族として王妃の席は魅力的だが、それがご令嬢方の幸せに繋がるのはまた別の話だろう。
アデリナ様は先ほどこの国の王妃が生贄だとおっしゃっておられた、それはつまり王妃候補になれるご令嬢方にはもう心に決めた方がおられ、アデリナ様自身もすでに好きな方がおられるのだ。それなのに国の為に自らを犠牲にしようとなさっているのだ。
全く、この人には敵わないなぁ。
「あなたにも分かっているでしょ、このままウィリアムがあの女と結ばれるような事になれば、この国は滅んでしまうという事を」
アデリナ様が放った言葉は、私とお父様が考えていた事と一緒の答えだった。
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