第6話 学園の現状
最初のドレス作りの原案が出来上がってから一週間が経過した。
あれからお姉様のサイズを測らせてもらいドレスの元となる型紙を作成し、ルーベルトにお願いをして、生地を探しに商会へと連れて行ってもらった。
今は昔ながらの足踏みミシンをの使い、一つ一つパーツを組み立てているところだ。
「全く不便な世の中よね、型紙を作れるCADもなければ電動ミシンも無いのだもの、これじゃ時間がいくらあっても中々完成しないわよ」
型紙は製図を作る機械で有名な
足踏みミシンも使ってみれば味があるのだが、電動ミシンの手軽さを一度味わってしまえば、後戻りは出来ないだろう。
「何ですかそのCADや電動ミシンと言うものは」
お茶の用意をしながらティナが私に訪ねてくる。
最近ドレス作りに夢中にになっているせいで、独り言を喋る機会が増えてしまった。さて、どうやって誤魔化すべきか。
「えっとね、とある国で使われている機械の名前で、型紙を簡単に複製したり、スイッチを入れるだけでミシンが動いたりする夢の道具よ」
「へぇ、そんな便利なものがあるんですね」
「まぁ、私が勝手に想像しているだけで、実際には存在しないんだけれどね」
ティナの事だから最初に存在しないと言っておかないと、私の為だとか言って一人で他国まで探しに行きかねない。
「もう、なんですかそれ」
拗ねた表情で私に抗議してくるが、こんな普通の遣り取りも今の私にとっては心温まる瞬間でもある。
「ごめんごめん、でもそんな物があればドレス作りが便利になるじゃない」
「それはそうかもしれませんが、一つ一つ手作りで仕上げていくから価値があるんです、そんな夢のような機械で作ってもオリヴィエ様は喜ばれませんよ」
確かにティナの言う通りなのかもしれない。別にCADや電動ミシンが悪いと言うわけではないが、一つ一つ心を込めて仕上げていく方が着てくれる人に想いが伝わるのではないだろうか。
私は今世でも便利な道具を求めていたが、手作りには手作りの良さというものがあるのだ。お父様から与えられた試験のために、何が何でも完成させようと必死になりすぎていて、物作りに最も必要な事を忘れていたのかもしれない。
これはティナ感謝しないといけないわね。
コンコン
作業の合間にティナの用意してくれたお茶を飲んでいると、メイドの一人が私の部屋へと訪ねてきた。
「お嬢様、シンシア様がお越しになられたのですが」
「シンシアが?」
シンシアとはアプリコット伯爵家のご令嬢で、学園で私と一番仲が良かった友達の一人。今回の件でも最後まで私の事を信じてくれた信頼の出来る存在である。
思い返しても彼女と会う約束をしていないので、もしかして私の事を心配して訪ねてくれたのかもしれない。
「取り敢えず私の部屋まで案内してあげて」
一階のサロンに案内しても良かったんだけど、タイミングよくティナがお茶を用意してくれたので、私の部屋へと案内してもらう事にした。
シンシアなら何度か私の部屋へ入った事もあるので、特に気にする必要もないだろう。
「リーゼちゃん、心配したよー」
部屋へ入るなりいきなり私に抱きついてくる。
「ごめんねシンシア、なかなか連絡できなくて」
「ホントだよー、リーゼちゃんが学園を退学したって聞かされて、クラスの皆んなはもっと何かが出来たんじゃないかって責任を感じているんだよ」
そう言えば私って、クラスでは結構人気があった方なのよね。次期王妃としてクラスの皆んなとのコミュニケーションは大切にしていたし、担任の先生からも頼りにされていた。
半分は自分の都合で学園を退学したところもあるので、責任を感じさせた事はシンシアを通して謝っておこう。
「連絡しようとは思っていたんだけど、まだ正式に国からの通達が来ていないから、何を伝えていいのかわからなかったのよ」
あれから一週間経った今でも国から正式に何の通達も降りてこない。
お父様の話では王族の血を引く公爵家と侯爵家が反発しているのだと言うけれど、それは当然の権利を主張しているに過ぎない。この二家は国の政策のためだと言われ、自ら自分の娘を王妃候補から下がらせてくれたのだ。
幸い政府としては、私達の婚約破棄の件は受け入れてくれてくれたようだが、ウィリアム様がエレオノーラ様と婚約すると言い出したせいで、大きく揉めているんだそうだ。
そしてこの一連の揉め事が終結しない限り、私達の婚約破棄は正式に発表が出来ないらしい。
「うん、それはお父様からも聞いているけれど、本当にウィリアム様の事はもう大丈夫なの?」
「皆んなに聞かれるけど、本当に大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
私の笑顔にようやく安心してくれたのか、抱きつく事を辞めて隣の椅子に腰掛けてくれた。
「それよりこの状況はなに?」
私もつられて部屋を見渡すと、年頃の女の子には似つかわない業務用の足踏みミシンと大きな作業机、生地やコサージュが臨時に設けたれた棚にぎっしり詰め込まれ、無造作に置かれたボディー(マネキン)に作りかけのドレスが着せられている。
生地の切れ端や糸くずが床に落ちていないのはひとえにティナの掃除のお陰だが、それ以外はなるべく片付けるように心がけているので、それほど散らかっていると言う訳ではない。それでも他人かれ見ればやはり異常に見えてしまうのだろう。
取り合えずシンシアには別に隠す必要もないので、一週間前に起こった
「でもリーゼちゃんが元気で本当によかった。私はてっきりウィリアム様の事を忘れるために、おかしな道に走っちゃったのかと思ったよ」
シンシアが言うおかしな道ってのが気になるが、聞いてしまえば怖い事になりそうなので、ここは敢えて聞き流しておこう。
「ごめんね、手紙でも出そうかとは考えていたんだけど、ウィリアム様との一件が終わってからの方がいいかなって思っちゃって」
別に連絡をするのを忘れていた訳ではない、ただどう伝えて良いのか迷っていたのだ。でもこんなにも心配を掛けていたのだったら、元気だよってぐらいは知らせてあげるべきだったと反省してしまう。
久々に気の許せる友達と出会えて色んな話を聞けた、学園の事、ウィリアム様の事、そしてあの事件の事。
「それじゃ、私が突き落としたところを見たって言うのは、生徒の見間違えだったて事?」
「見間違いって言うか、良く分からないって言い直しているそうだよ」
「良く分からない?」
シンシアが先生に聞いてくれた話によると、私がエレオノーラを突き落としたと言う目撃者が、私が学園を辞めた後で証言を変えてきたと言う事だった。
「二人とも最初はリーゼちゃんが突き落としたところを見たって言ってたのに、急にあれは見間違いだったかもって言い直してきたそうなの」
「それって最初は誰かに頼まれて嘘の証言をしたけど、事が大きくなりすぎて怖くなったから言い直したって事じゃないの?」
「多分そうだと思う。リーゼちゃんのお家ってケヴィンのお家に抗議上を送ったんだよね? その噂が学園内でも流れてしまっているから怖くなったんじゃないかな?」
あぁ、そう言えばそんな事をお父様が言ってたわね。
「って事は、その二人って男爵家か子爵家の子なの?」
怖くなって証言を変えるとなると、伯爵家より下の爵位の家ではないだろうか? 同じ伯爵家なら流石のお父様もお互いの利益の為、抗議はしても付き合いを無くすという事はないだろうし、上級貴族はもそも誰かの言いなりになる事はまずないだろう。
「メリンダさんと、プリシラさんって知ってる?」
「えぇ、確か隣のクラスの子よね、その二人が目撃者なの?」
それほど付き合いがあると言う訳ではないが、私の記憶によるとメリンダが子爵家でプリシラが男爵家だったかしら。二人ともそれ程目立つ子じゃなかったけれど、何時も一緒にいる姿を見た事がある。
「先生方は揉め事を避ける為に隠そうとしているみたいだけど、生徒の大半は知ってるんじゃないかなぁ? 表立って二人を責めたりする人はいないけど、影ではいろいろ言われているみたいだよ」
ん〜、これは思っている以上にややこしい事になっているわね。
でもこれで私がエレオノーラを突き落としたと言う証明はますます出来なくなった。完全に無実が証明されたと言う訳ではないが、罪として罰せられる可能性は低くなったと言ってもよい。
「その二人は誰かに苛められたり、嫌がらせをされている訳じゃないのよね?」
「今のところはね、ただリーゼちゃって女子生徒からの評判が凄くよかったでしょ? 今回の件もエレオノーラさんの事を悪く言ってる子が結構多いんだよ。そのせいで二人は孤立状態になっているみたいなの」
今学園内はそんな事になっているんだ、私って何故か女子生徒からの評判が非常にいいのよね。エレオノーラのように一部の例外はあるものの、クラスの女子とは全員仲がいいし、年下の女の子からはよく手紙をもらうことがあった。
内容は応援していますや、頑張ってくださいってものばかりだったけど、中にはお姉様って呼んでもいですか、ってものまであった。
それにしても心配なのはその二人なんだけど……
「何とか助けてあげたい気はするけど、私はすでに学園を辞めた後だしどうしようもないわね。」
どうせ二人ともエレオノーラの伯爵家と付き合いがある家で、彼女の命令を断るに断れなかったのだろう、フォローしてあげたいが今更学園に乗り込む訳にも行かなし、自分達が巻き起こした事でもあるので、ここは頑張って自分自身で身を守ってもうしかない。
「リーゼちゃんって相変わらず女の子には優しいよね、自分が大変だって時に相手の事を心配してあげるんだもの。」
「そんな事はないと思うけど、ただ、二人はエレオノーラに逆らえなかったんじゃないかなって考えちゃって。階級社会ってそんなもんでしょ?」
本来ダメなものはダメっと突っぱねなければならないのだろうが、今のこの国の現状は上の者には逆らえないという状況が出来上がってしまっている。それは元々この国が少数民族の集まりで、戦争に負けて吸収された領地の長が二度と国に逆らえないよう、権力で抑え込んだのが原因だと言われている。
中にはお父様が治めるブラン領や、シンシアのお父様が治めるアプリコット領みたいに、戦争終了後に交渉で国へと加わった領土もあるが、それは一部の爵位を貰っている貴族のみで、ほとんどの貴族は伯爵家以上から何らかの支援を貰っているのだと言う。
「確かにそうなのかもね、私やリーゼちゃんのところは大丈夫だけれど、他の子達ってほとんど向こうから話かけてくる事って無いもんね。エレオノーラさんはそんな子達を見下すようにしているせいで、快く思っていない人も大勢いるから」
シンシアの言う通り私はそんな現状が嫌で、積極的に女子達と話すように心がけていた。今更階級社会を無くす事は出来ないだろうけど、次期王妃として出来るだけの事はやろうと頑張っていたんだ。
それを思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、今更私が王妃になることは絶対に在りえないだろう。せめて男性に生まれていれば別の方法で改善出来たかもしれないが、女の身では政治に関わる事が出来ないとされているので、今の私ではどうする事も出来ないのだ。
「それにしてもエレオノーラの怪我ってやっぱり大した事がなかったのね」
私がまだ学園に残っていた時は休んでいたようなので、容態を確認する事が出来なかたが、今は平気な顔をして普通に学園生活を過ごしているのだと言う。
「リーゼちゃんが学園を辞めたって、知らせを聞いた次の日から出ているみたいだよ。初日だけはわざとらしく足首に包帯を巻いていたそうだけど、翌日には傷一つない様子で普通に歩いている姿を見かけたから」
大体の想像はついていたが、やはり階段から落ちたと言うのは騒ぎを起こすため演技だったようだ。
警備兵を呼びつけて騒ぎを大きくし、自分は病院に運ばれたって言うのに、数日後には何時もと同じ姿で学園に通えているのだから、大した根性をしているのだと逆に関心してしまう。
「まぁ、怪我をしていなのなら別にいいわ、これで私がエレオノーラを突き落としたって事がますます立証出来なくなるんだから」
「他のみんなもやっぱりあれは狂言だったんじゃないかって噂しているもの。お陰でリーゼちゃんを庇う声も結構出ているんだよ」
「もしかしてエレオノーラってみんなから嫌われているの?」
「表立っては隠しているみたいだけれど、態度も見ていればすぐに分かるよ。自分から近づく子はほとんどいないし、エレオノーラさんのお友達ってみんなよそよそしい態度なんだもの。多分お家がアージェント家に弱みを握られているんじゃないかなぁ」
まぁ、私もそんなに好きではないけれど、次期王妃なりたいんだったら、今のうちに色んな人と交流を深めておけばいいのにと思ってしまう。
「そんなんでウィリアム様の恋人が務まるのかしら?」
もしエレオノーラが王妃になるんだったら、その勤めは既に始まていると言ってもよい。普通に考えれば、素行が悪かったり生活がだらしなかったりすれば、誰もが国の未来に不安を感じてしまうだろう。そうならないためにも常に人の目を気にして誠実に対処していかなければならないのだ。
「どうだろう、本人の前ではちゃんとしているみたいだけど、他がダメだからね。お父様の話ではほとんどの貴族が二人の婚約を認めていないみたいだよ」
「やっぱりそうよね、普通に考えれば公爵家か侯爵家から王妃候補が選ばれるんだから、いくら二人が恋人同士だからって結婚までは認められないわよね」
「ただね、二人の仲を認めている貴族も少数だけどいるらしいの。そのせいで王子派と反王子派みたいなのが出来かけていて、お父様達が必死に火の粉を消そうと動き回っているらしいよ」
「それって結構マズいんじゃない?」
もし勢力が完全に分かれてしまった場合、勝つのは間違いなく王子派と言う事になってしまうだろう。何と言っても正当な後継者はウィリアム様だた一人しかいないのだ。
もし勢力が分かれてしまった場合、ほとんどの貴族は我が身可愛さに王子派に付こうと動き出すだろう、そして残された貴族は王子が国王になった際に、不当な扱いを受ける事なってしまう。そうなれば最悪離反する貴族も出てくるのではないだろうか。
「やっぱりリーゼちゃんもそう思うよね、反対しているのって上級貴族が多いみたいだから、最悪国が二つに分かれちゃうよ」
「ん~、何だか大変な事になってきてるんだね」
「でも私達じゃ見守る事しか出来ないし」
こればかりは私たちが何を言っても状況が変わるとは思えない、ここはお父様達に頑張ってもらうしかないだろう。
そして数日後、私の元に国から正式に書状が届くことになる。
そこには私たちの婚約を一旦白紙に戻す旨と、新たに王妃候補を選出する内容が書かれており、私とエレオノーラ、そしてウイスタリア公爵家のご令嬢、アデリナ様の名前が書き示されていた。
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