ブランリーゼへようこそ

みるくてぃー

始まり

第1話 断罪と別れの言葉

「ねぇ、もしかして今つけておられるリボンってブランリーゼの?」

「お気づきになられました? 先日頼んでいたドレスがようやく仕上がって参りまして、その時一緒に購入したものなんです」

「まぁ、ブランリーゼにドレスを頼まれたんですの!? 私もオーダーをお願いしたのですが三ヵ月待ちと言われまして」

 甘い香りと紅茶の香ばしい店内で、若い女性客達が会話に花を咲かす。


 彼女達が話をしているのは今女性の間で大人気のファッションブランド、ブランリーゼの話。

 一年前程前に突如王都で誕生したブランドで、初めはお客様からの紹介とオーダー制作のみで小さく経営していたのだが、見たこともない斬新なデザインと、女性を美しく見せるシルエットがご婦人方の間で話題となり、今では若い女性からご年配のご婦人まで幅広く支持を集め、王都の貴族街にお店を開くまで大きくなっている。

 その中でも特に注目されているのが、特別受注で作られると言われる店長自らが手掛けるオーダードレスなのだが、デザインをする本人が大変繊細な人物だと噂されており、オーダーを受注する際でも決して姿を見せる事がないと言われている。



 さて、申し遅れました、私はこの物語の主人公を務めさせていただきます伯爵家の令嬢、リーゼ・ブランと申します。

 実はこのブランリーゼ、名前からも分かるように私が暮らすブラン家が経営しているのですが、その中身は前世の知識と経験を元に考え出したこの世界オリジナルのブランド。店頭に並ぶドレスから小物、オーダーに至るまでも全て私一人がデザインを手掛けており、お店の経営もスタッフに手伝ってもらいながら実質私が取り仕切っております。


 そもそも何故伯爵令嬢である私が、ファッションデザイナーなんてしているかと言うと、そこには狭く深い理由があるんです。

 事の始まりは一年前、私が元婚約者であるウィリアム様に呼び出された事から始まりました。




「リーゼ・ブラン、よくも私の前に図々しく顔を出せたな」

 ん〜、まさか呼び出した本人から、『図々しく顔を出せたな』と言われる日が来るとは思わなかった。


「今回の一件、流石の私も見逃す事ができない。お前との婚約は今日限りで破棄させてもらう」

 理由は大体想像できるが、十分な説明もしないうちに一方的に婚約破棄を言い渡すって、男としてどうなのよ。そもそも私って誰だっけ?


「惚ける気か! お前がエレオノーラを突き落とした事は調べがついているんだぞ!」

 まるで私の思考を読んだような返答、お見事です。

 ただ惚けるも何も、どう反応していいのか分からないんだから仕方がないじゃない。

 そんな私の対応が気に障ったのか怒りの形相で問い詰めてくる。


 それにしても突然の状況に思考が追いつかないのは仕方がない事ではないだろうか、あ、別に婚約破棄がどうのや、私が誰かを突き落としたってのに戸惑っているんじゃなくて、問題は突如湧いたもう一人の私の存在。

 自分で言っておいてなんだけど、湧いたって表現はモンスターやお化けのようで少々嫌だが、この場合現れたと言うよりそんな感覚だったのだ。つまりね私の記憶にもう一人の自分が生まれたわけよ、しかも今の私より年上で成人した女性人格が。


 うん、これって明らかに前世か何かの記憶だよね。目の前の状況もさる事ながら、今の私にはこの世界で生きてきた16年間の記憶も存在する。これが世に聞く転生と言うものだろうか? いやこの場合、前世の記憶が蘇ったと言った感じなので、転生とは呼ばないのかもしれない。

 まぁどちらにせよ今のこの状況を何とかした方が良さそうだ。リーゼとしての記憶によると、ここは学園の空き教室の一つで、婚約破棄を突きつけてきた男性は、この国唯一の王子であるウィリアム・メルヴェール様御歳おんとし16歳。お顔の方は中々のイケメンではあるが、自分の思い通りにならないとすぐに癇癪かんしゃくを起こしてしまう少々困った王子様。

 これでもリーゼとしての私は純粋に彼の事を慕っており恋心も胸に秘めていた。だってそうでしょ、イケメンで王子様とくれば純粋な少女は誰しも淡い恋心の一つや二つは生まれると思うのよ。


 そんなかつての私も彼に見事ハートを射抜かれてしまい、婚約が決まってからは自分磨きに余念がなかった。

 エステに美肌パック、湯浴みは朝と夜の二回入り、お化粧品にも勿論こだわった。私なりにウィリアム様の横に立っても恥ずかしくない振る舞いを心がけながら、影では精一杯支え尽くしてきたつもりだったのだ。


 私って可愛らしい恋をしてたんだなぁ。

 少し前から女性の噂が流れていたので何時かはこうなるのではないかと思っていたが、結局現実が受け入れられず現実逃避をした結果、自己防衛か何かの衝撃で前世の記憶が蘇ったらしい。

 お陰で今は冷静な目で周りを見渡す事が出来る。


「おい、聞いているのか」

「あ、はい。聞き間違いでなければ婚約を破棄したいとの事ですが、お間違いございませんか?」

「勘違いするな、破棄したいのではなく、破棄すると言ったのだ」

 はいはい、ご丁寧に訂正してこなくてもわかっていますよ。

 今ここで「わかりましたー」って軽く返事をすればどれだけ楽だろうかとは思うが、そうは簡単に行かないのが私達の婚約。


 ここメルヴェール王国には未だ階級社会が絶対的な存在として成り立っている国で、国を治める王家を筆頭に、王族の血を引く公爵家と侯爵家に始まり、伯爵・子爵・男爵と続き、一番下に市民とくる。

 私の家系はこの中でも伯爵の地位に当たるわけだが、通常王子の婚約者は公爵家もしくは侯爵家から輩出するのが通例とされている。それでは何故伯爵家出身の私に回ってきたかと言うと、不運な事にこの二家は子供は生まれても病気や体が弱いなどの理由で全員王妃候補から辞退し、結局年頃の女児が一人も残っていない状況が出来上がってしまった……と言うのが表向きの話。


 実は今この国は度重なる不正や横領で国民からの信用を無くしてしまい、今すぐ食べ物がなくなったり、生活が困窮するといった状況ではないが、働けども働ども一向に豊かにならない生活に、国民からは不満や怒りの声が膨れ上がってきている。

 そんな状況を改善しようと政府が打った対策が、未だ国民から絶大的な人気を誇る元王女であった私の祖母の存在。

 お祖母様は私が幼いころに亡くなられたが、とても優しくいつも遊んでくれたいい思い出しか残っていない。

 昔はよくお城を飛び出して、一人街で遊んでいたぐらいお転婆だったと聞いているが、私が知る限りではとても想像ができないぐらいの穏やかな人だった。そのお陰かどうかは知らないが、私とお姉様が街に出かけると、すれ違う人達からよく声を掛けられたりお土産をもらったりする事だってある。

 何でも私達姉妹の髪色は、この国では珍しい青みがかった白銀の色合いで、今は亡きお祖母様と同じ色なのだという。これは何代か前に隣国の王女様がこの国に嫁いだ際の血が濃く現れたと言う話だが、詳しくはわかっていない。


 つまりね、私をお祖母様の若い頃に見立てて、この国の王子様とくっ付けたら人気を取り戻せるんじゃない? ってのが政府上層部の考えな訳よ。

 こんなセコイ考えをせず誠実に国民に向き合えば良いのに、甘い汁を吸い続けていた者達にとって、今更堅実生きろと言っても無理なんだろう。

 そんな国の対策で私とウィリアム様との婚約は成立しており、国民にだってすでに発表されている上に、それなりの期待の声も多く上がっている。

 それを今更当事者が嫌だから破棄しました、では通用しないだろう。


 はぁ、全く自分の事ながらなんて面倒ごとに巻き込まれてしまったのかと思ってしまう。

 二日前、同じ年の伯爵令嬢であるエレノーラ・アージェントが、学園の階段から落ちた事を、誰かに突き落とされたと騒ぎ出さなければこんな事になならなかったのだ。


 兼ねてよりウィリアム様にぞっこんだった彼女と、その婚約者である私とは敵対関係にあり、日々細かな事で衝突したり嫌がらせを受けていた。

 うん、階級社会のご令嬢って怖いよね。今思えば最初の頃は可愛らしい嫌がらせだったと思うのだけれど、それが次第にエスカレートして行き、最期は私が逆恨みに彼女を階段から突き落としたという噂が流れ出した。


 当然の事だが、私には全く心当たりが無いし突き落としたという事実もない。所詮ただの噂話しと決め込み、いつかは沈静化するものと思い込んでいた。だけどここでしゃしゃり出てきたのが婚約者でもあるウィリアム様。

 最近二人の中が急接近していると言う噂は聞いていたが、国が決めた婚約をどうにか出来るとも思っていなかったし、最期は私の元に戻って来てくれるものと信じていた。

 今思えば現実から逃げていただけかもしれないが……



 そんなこんなで、現在無実の罪で断罪中という訳だ。

 当の本人は自分が間違った事を言っているとは思っていないだろうし、私の無実を証明する証拠も存在していない。こんな事になるのなら、ちゃんとアリバイでも作っておけば良かったと思うのだが、あの日のあの時間私は幼馴染のケヴィンに呼び出され、一人別館にあるダンスホールへと向かっていた。

 そこは年に数回社交界の真似事に使う以外に人気ひとけが無く、当然私の姿を見た人は誰もいない上、呼び出した本人には約束をすっぽかされ、結局休憩時間が無くなてしまい校舎に戻ると、警備兵や救護班が出動する大騒ぎになっていた。


 たったそれだけで私が犯人扱いされる謂れはないのだが、当の本人が私との言い争いで突き落とされたと言い出すし、私が突き落としたところを見たという目撃者まで現れる始末。

 もちろん仲の良い親友や家族は私の無実を信じてくれているが、唯一その場に居なかった事を証明してくれる人物であるケヴィンに、『あの日私をダンスホールに呼び出したよね』と大勢の前で聞いてしまった事で全てが終了した。

 事もあろうか彼は、『そんな約束はしていない、俺をリーゼのアリバイ作りに利用しないでくれ』と言ったのだ。

 この時になってようやく私を陥れる為に全てが仕組まれた罠である事が分かったが、時すでに遅く現在に至るという訳。


 もしかしてウィリアム様は何も知らないのかもしれないと言う微かな希望はあるものの、彼も昔の私のようにエレオノーラの恋の虜となってしまっている為、周りが何と言おうと耳を貸さないだろう。

 もともと国のイメージアップで選ばれた私が、他家のご令嬢を傷つけた事が公になると、返ってマイナスのイメージが強くなってしまうと言い出す者も出るはずだ。

 つまり私は彼女に完全敗北をしてしまったのだ。




「ウィリアム様のお気持ちは分かりました。ですが、私の一存では決めかねますので、一度父に相談してみ見ようと思います。それでよろしいでしょうか?」

 今の私は、抱いていた淡い恋心が深い闇の中に沈んでしまっているせいで、ウィリアム様への愛情はこれっぽっちも残っていない。寧ろ気がかりなのは勝手な返事をしてしまい、お父様の逆鱗に触れてしまう方が恐ろしい。

 勝つて一度だけお父様を本気で怒らせてしまった事があったのだが……いや、今思い出すのは止めておこう、あれは未だにトラウマとなって心の奥底でひっそり眠っているのだから。


「いいだろう、お前の罪状も追って国から正式に伝えてやる。それまで自分が犯した罪を思い浮かべながら後悔しているんだな」

 罪状ね……さぞウィリアム様は気分がいい事だろう、愛する人を傷つけた犯人を断罪した上、障害となっていた婚約も破棄できるのだ。

 さすがに投獄される事はないだろうが、学園追放と社交界から抹殺されるぐらいは覚悟しておかなければならないだろう。

 私としては前世の記憶が戻った今、わざわざ学園に通ってまで覚える知識はいらないし、陥れた連中の顔を見ながら一緒に授業を受けるなんて考えるだけでも嫌だ。社交界に至っては心の底から出たいとも思わないし、市民生活までレベルを落として暮らすのもいいかもしれないとさえ思っている。


「もうお会いする事もないかも知れませんので、最後に一つだけお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「何だ、言ってみろ」

 このまま立ち去ってもいいのだけど、どうしてもハッキリさせておかなければいけない事が一つだけある。


「ウィリアム様は一時でもリーゼ……私の事を愛して下さっていたのでしょうか?」

「何を言うのかと思えばそんな事か」

 最近はどうかは知らないが、少なくとも出会ったばかりの頃はお互い愛し合っていたはずなのだ、そうでなければ余りにも以前の私が可哀想すぎる。


「一度たりとも愛した事などなかったさ、寧ろしつこく構ってくるので鬱陶しいとさえ思っていたくらいだ」

 ……リーゼ聞いている? 今まで尽くしてきたあなたの愛情は全く伝わっていなかったみたいよ。このまま愛のない結婚をしても辛いだけ、早く気付けただけも儲け物じゃない。

 私の心の奥底が張り裂けんばかりの悲しみで覆い尽くされているのがわかる。何でこんな事を聞いたのよ、知らなければこれ以上傷つく事なんてなかったのにと泣き叫んでいるもう一人の私がここにいる。

 でもわかるでしょ? 完全に未練を断ち切らないと私たちは前へと進めない。恋は一時の病のようなもの、これから先いくらでもいい出会いは待っているのだし、何より私は若くて可愛いんだから自信をもって。そしていつか見返してやろう、私を振った事を後悔させてやるぐらいに素敵な女性になってやるんだから。


「……ありがとうございました、最後に本心が聞けてよかったです。私は貴方の事を愛していたのに気持ちは通じていなかったのですね」

「くだらない、お前の気持ちなど取るに足らんわ」

「そうですか、これで何の未練もございません。エレオノーラ様と良き時間をお過ごし下さい」


「待て、エレオノーラに謝罪の言葉はないのか」

「……なぜ私が謝罪の言葉を残すのですか? 寧ろ謝罪すべきは貴方の方ではないのですか?」

「なんだと、何故王子たる私がお前に謝らなければならない」

「それが分からないようでしたら王子として、いえ、一人の男性として失格ですね。それでは御機嫌よう」

 ここで私が出来る事はもう何も残されていない。

 陛下や上級貴族が黙って二人の仲を認めるとは思えないが、もしこのまま結婚とまで行くようならば……終わりかもしれないわね、この国も。


 それだけ言い残すと、私は誰一人として見送られる事なく、長年通い続けていた学園を去っていった。

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