失踪(1)


 一凛がいなくなったのはそれからすぐのことだった。


 皆に送られてきたメッセージは


 『どうか探さないでください』


 簡単な一文だった。


「なによこの安っぽいドラマのようなメールは」


 電話を握りしめほのかは動物園の事務所にいた。


 自分より依吹の方がショックを受けているはずだと思ってもどうしても責めるような口調になってしまう。


「だいたいあんたがしっかりしてないからこんなことに」


 依吹は冷静だった。


 一凛は絶対にハルに会いにくるはずだ。


 だから動物園を見張っていれば必ず一凛を見つけることができる。


 そう言う依吹はもう何日も家に帰っておらずこの事務所に泊まり込んでいるようだった。


「どうしてもハルを助けることはできないの?」


「それができるんだったらしてるよ」


 沈黙が流れる。


 一凛はまた前回と同じようにハルを助け出そうとしているのだろうか?


 ほのかは思った。


 今度はたった一人で?


 あんな身重なのに。


「今なんて言った?」


 依吹に訊ねられる。


「え?」


「今、一凛はあんな身重なのにって言ったよな」


 自分で気づかずに思ったことを呟いてしまっていたらしい。


 どういう意味だと依吹に詰め寄られる。


「一凛まだ話してなかったの?」


 なぜまだ一凛は依吹に黙っていたのだ?


 ほのかの中で急速に不安が広がる。


 そんなほのかとは反対に依吹は強ばった表情を弛め口角を上げた。


「そうか、そうだったんだ一凛。じゃあなんとしてでもすぐに一凛を見つけ出さないと」


 依吹の様子にほのかは最後まで自分の不安を言い出せずにいた。




 一凛のお腹の子は本当に依吹の子なのだろうか?



 一凛は見つからなかった。




 雨は変わらずに猛威をふるい、いよいよ生け贄の儀式が行われる日取りが発表されるだろうと人々が噂をし始めたとき、ぴたりと雨が小雨になった。


 天のほんの気まぐれだろうと皆思っていたが小雨は続いた。


 一ヶ月もそれが続くと、もう生け贄はいらないのではと皆思い始めた。


 中にはそれでも


「生け贄だ!生け贄だ!」


 とわめく輩もいたが、女性を中心とする地域の団体が


 「無駄な殺生はすべきじゃない」


 とそれらの意見をねじ伏せた。


 そして儀式の中止が決まった。




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