宿された命(2)



「ハルは麻酔銃で撃たれたんでしょ」


「もうそのこと考えるのはやめろ」


「そうよね、そんなことよりこれからハルはもっと酷い目に合うんだものね」


「一凛」


 最後の依吹の声には怒りが混じっていた。


 依吹だって辛いのだ。


 一凛は自分に回された依吹の手に自分の手を重ねた。


「もうハルのことは考えるな」


 依吹はゆっくりと一凛を自分の方に向かせる。


 そんなの無理よ、と言おうとする一凛の顔を両手で包み一凛の表情を確認すると、依吹はそっと顔を寄せた。


 唇と唇が触れる。





 乾いた清潔なベッドに横たわると依吹の匂いがした。


 部屋の入り口に気配を感じると当時に照明が消えた。


 ベッドの端が沈む。


 一凛は肩に手をかけられると依吹に向き合った。


 依吹からはほのかに石鹸の香りがした。


 ハルとはまったく違う体臭。


 これが本来あるべき姿なのだと分かっていても違和感を感じた。


 ハルのときこそ感じなければならなかった違和感を。


「いいの?わたしは人以外と寝ていた女なのよ」


 自虐的な一凛の口を依吹は自分の唇で塞いですぐに離す。


「愛してる一凛」


 そうして今度はゆっくりとキスをする。


 一凛にかかる重みも、闇にさらした素肌をときどき撫でる柔らかい髪も、静かな息づかいも、一凛に触れる指や舌先も、すべてがあの狭く湿った空気の中で交わされた愛撫と違った。


 この部屋がとても乾いて感じた。


 外には止まない雨が今晩も降っているのに。


 ここだけ、からからに乾いている。


 一凛はそっと心を閉じた。





 夜中に目を覚ました。 


 横で依吹が寝息を立てている。


 額にかかる前髪をそっとすくった。


 閉じられた目は鋭さを失い、起きている時よりもずっと幼く見える。


 一凛の胸の内側は穏やかな海のように静かだった。


 こういうのも一つの愛の形なのかも知れない。


 一凛は身を起こしぼんやりと宙を見つめる。


 窓の外の激しい雨音に耳を澄ませた。


 ハル。


 心の中で一凛は呼んだ。


 雨の音以外何も聞こえなかった。




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