事件の真相(7)


「ハル」


 名前を呼ばれた。


 聞き間違いか?


 ハルはすぐには目を開けなかった。


 期待して裏切られるくらいなら最初から期待しない方がいい。


「ハル」


 もう一度名前が呼ばれた。


 ハルはゆっくりと目を開ける。


 胸がぎゅっと縮む。

 

 雨に濡れてくしゃくしゃになった猫みたいな一凛が檻の前に立っていた。


 真っ赤な目は濡れている。


「そんな顔を最後に見たかったわけじゃない」 

 

 ハルは言った。


 もっと一凛に優しい言葉をかけてあげたかったが出てきたのはそんな言葉だった。


「最後だなんてなに馬鹿なことを言ってるの」


 濡れそぼり弱々しいのに震える声はそれでもしっかりと強かった。


 ハルは思った。


 自分と比べこんなに小さく細い躯の中にどうやってそんなに強い意志がおさまっているのだろう。


「最後に会いたいと思っていたから会えてよかった。新しい檻の方には来てくれなかっただろう」


 今度は素直に自分の気持ちを口にできた。


 一凛に伝えられなかったことはたくさんある。


 いやほとんどを伝えていないと言ったほうがいい。


 自分のことを伝えるよりも一凛の話を聞く方が好きだった。

 

 それでも今、最後に後悔はしたくない。


 長くは語らなくていい。


 自分の中にある一筋の強い想いだけは一凛に伝えたい。


「もっと近くに来てもらってもいいか?」


 ハルは寄りかかるように檻に体を押しつけた。


 一凛がハルの目の前に立つ。


 一凛の顔がすぐそこにあった。


「触れてもいいか?」


 ハルはうなずく一凛の柔らかそうな髪に手を伸ばした。



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