嫉妬(4)
岩の上でハルは空を見上げていた。
「ハル」
一凛が声をかけると顔を向ける。
「実は話があるの」
一凛は園長から頼まれたと、ハルの移動計画について話した。
「で、ハルの意見を訊きたいんだけど」
「移るよ」
「え?」
一凛は思わず訊き返してしまう。
「だからそっちの檻に移ればいいんだろう」
一凛はハルがあっさり承諾するとは思っていなかった。
「本当にいいの?あっちの檻の方が広いけど他のゴリラたちもいて、こっちみたいにプライバシーはないし、それにあっちは見せ物みたいにじろじろ人から見られるのよ。それに他のゴリラたちはハルの話をちゃんと理解できない。あっちに移ったら普通のゴリラとして生活しなくちゃいけなくなるのよ」
ハルは笑った。
「俺は普通のゴリラだ。動物園にいる以上見せ物にされるのは当然で、今の状況の方が不自然なんだ。今まで本当によくしてもらったと思ってる」
「ハルはあっちに移りたいの?」
やっぱりハルは本当は仲間のゴリラたちと一緒にいたいのだろうか?
あっちに移ったらこうやって自分とは近くで話せなくなるのに、ハルは自分よりメスのゴリラの方がいいのだろうか?
そんなことを思う自分に一凛は戸惑った。
これは嫉妬だ。
心のどこかでハルに移りたくないと言って欲しかったのだ。
ここがいい、このままがいい、こうやって一凛のそばにいられるここがいいと。
自分はハルと同じ瞳の色を持つメスのゴリラに嫉妬している。
それだけではなく、ハルにはずっと独りでいて欲しいと望む自分がいた。
自分だけがハルの理解者であり、ハルの全てでありたいと。
そんな思いが自分の中に潜んでいたのだ。
ずっと自分はハルが幸せになれるように願っているのだと思っていた。
広い意味での愛だと信じて疑わなかった。
でも自分ぬきのハルの幸せを素直に喜べない自分がいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます