報われぬ恋(5)



 ゆっくりと歩み寄っているうちに電話は静かになってしまった。


 颯太からのメセージがコロンと音を立てて届く。

 

 読まなくても内容は分かった。


 たとえ内容が違ったとしても、明日の朝分かることだ。


 一凛はベッド脇にずっと置いたままだった本を手に取る。


 そのページを深呼吸と共にめくった。




『貴族の娘として産まれ、両親から愛され全てを与えられて育った娘は、それは美しくその心持ちも汚れを知らない天使のようだった。


 彼女に言い寄る男たちは後をたたなかったが、娘を深く愛する父親が本当に娘に見合う男でなければと、ことごとく彼らをはねのけた。

 

 娘も父を深く愛していた。

 

 いつか父が選んだ男と結婚するつもりでいた。


 しかし皮肉にも娘が初めて恋した相手は彼女とは身分の違う下層階級の男だった。


 身分違いの恋に苦しんだ二人は遂に手に手をとって駆け落ちする。


「わたしを探さないでください」


 娘は愛する父に一枚の手紙を残した。


 逃れる二人に追っ手の手が伸びることはなかった。


 最初は愛だけを頼りに寄り添うように生活していた二人だったが、慣れない貧しい生活に身を置く娘を見るのが男はだんだんと辛くなっていく。

 

 白桃のように白く水々しかった肌はしぼみ薄汚れ、絹のような輝きを持っていた髪はトウモロコシのひげのようになった。


 それでも娘の心だけは以前と変わらず純粋で男への愛に満ちあふれていた。


 男にはそれが何よりも辛かった。


 まだ自分を責めてくれれば、こんなはずじゃなかったと罵ってくれれば気が楽なのにと。


 自責の念にかられ苦しむ男にある日娘は言った。


「あなたがそうやって苦しむことはわたしにとって貧困よりも辛いことなのですよ」


 その晩、男は決意した。


 娘を父親の元に返そうと。


 自分が娘にしてやれる深い愛を表現するにはそれしかないのだと。

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