Amenbo The Life Story of Kurara Siroi in Theatrical Club

訳/HUECO

序章 春のマチネ

その日、三月三十一日は、藤園女子高等学校の演劇部による公演が行われるのが恒例となっていた。

既に卒業式を終えた三年生による自主公演という形を取りながら、一、二年生の後輩との最後の舞台でもあり、ドンチャン騒ぎやら、おふざけ、アドリブ、無礼講、涙も笑いも何でも有りで、はなむけと惜別の場でもあった。

そして、また、この公演の客席には在校生と共に、入試を潜り抜ける事が出来た新年度の一年生も招待されるのである。

この日だけは四学年が揃う唯一の日でもあった。

演目はシェークスピアの『夏の夜の夢』。

桜の花が咲き乱れる季節に可笑しなと言えるが、最終公演の演目は昔から『夏の夜の夢』と決まっていた。

ハーミアとライサンダーの恋仲。ハーミアの父イージアスの邪魔建て。ディミトーリアとヘレナによる横恋慕。妖精王オーベロンと女王ティータニアの痴話喧嘩。アテネ公シーシアスとアマゾン国のヒポリタの結婚式の余興劇の練習に余念が無い六人の職人達。この大勢の人達に混乱を巻き起こす悪戯いたずらを仕出かす妖精パック……と、かなり所か、糸が絡み合う位にぐちゃぐちゃになるのだが、最後は……此処ここでは秘密という事で。

主な配役は卒業生が勿論占めていたが、ロバ頭のニック・ボトム役は新三年生の現部長が務めるのがならわしであった。ベリーショート・ヘアで男役全開の、平万智子がその人である。

更に、新三年生ではもう一人、宮咲さくらが貴族の娘ハーミア役を務めていた。

白井くらら。

この物語の主人公であり、新一年生でもある彼女もまた、この日の公演を見に来ていた。一緒に見に来ていた同じ中学の子等と共に、心待ちしていたこの公演を、先輩達の演技を十二分に楽しんだ。

くらら自身、意志に反して将来この舞台の上に立つに及んで、様々な葛藤や軋轢あつれき、交錯を経験していく事になるのだが、そんな事は露も知らず。ただ、無邪気に生の舞台を満喫している一観客に過ぎなかった。この時までは……

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