第10話:男の戦い、これがレースだ
女子同士のレース後。
火野もコースに合わせたセッティングが出せたようだ。
「よっしセッティング完了!みかど、今度は俺とやろうぜ!」
「でもまだあたしのマシン完走できそうにないから……セッティングし直したいな」
「そうか……」
「それでは僕がお相手いたします」
商美副部長、渡辺こういち。
スラッとした長身、真ん中分けのサラサラヘアの前下がりボブ。
ハタから見てると、ほんとイケメンさんである。
「おまえか……いいぜ、相手になってやる!」
「ちょうど新しいマシンを製作していたので、シェイクダウンに」
「そんな調整中のマシンでオレとやろうってのか?言うじゃねぇか……」
「そう言う意味では……でもそう取っていただいても結構です」
「ホーム故の自信ってやつか……吠え面かかせてやるぜ!」
こういちが持っているキャリーボックスからマシンを取り出す。
「僕のマシンはこれです」
VSシャーシのアスチュート。
VSシャーシは軽くて丈夫、また、セッティングの幅が広い。
旧型とはいえ、現在でも最速のシャーシと言われるほどである。
こういちのアスチュートはフロント側からボディの下を通すようにカーボンのアームが入っている。
「VSのフロントヒクオで、ローラーだけじゃなくマスダンのポールまで中空シャフトでピン打ちたぁ、恐れ入谷の鬼子母神だな」
マスダンパーとは立体的なコースを安定して走行するためのパーツである。
マスダンパーを低く搭載し、なおかつボディの可動でジャンプの衝撃をシャーシで受けられるようにする仕組み、それが「ヒクオ」。
このヒクオのマスダンパーの柱部分を抵抗の少ない中空シャフトで制作することで、マスダンの動きがスムーズになる。
ただし、制作難易度はかなり高い。
「すごい……ぺったんこなマシンだ……」
「うちの部長には負けますが」
「あ?なんか言った?」
「いえ、なにも……ぺたんこ素晴らしいかと」
「きーーーーー!」
マシンを見ているみかどが不思議そうにしている。
「でも……ボディの塗装が……うねうねしてる……」
ブルーのグラデーションの上に白と黒がウネって混ざり合うような配色をしている。
「なんつぅ悪趣味なマーブリングだよ……暗黒空間かなにかか、これ?」
「素人にはこの芸術性がわからないのですね……あぁ美しい……」
「ミニ四駆までナルってんのかよ」
「まぁ……僕はあなたに負ける訳にはいかないので……」
「ふん」
(なんだろ、この2人には因縁じみたものでもあるのかな)
みかどは端から見ていてなんだかハラハラしてしまう。
各車スタートグリッドに配置する。
赤いマシンと青いマシン、タミヤ公式で喜ばれそうな配色となった。
「シグナルに注目!」
オールグリーン!一斉にスタート!
初速は火野が上だが、このコースは速すぎると飛び出しやすいテクニカルコース。
この速度では走りきれない。
「そのスピードでうちのドラゴンバック、入るんですか?」
「まぁ見てろよ……」
きゅきゅっ!
ものすごい急ブレーキがかかる。
「この音!?……なるほど……ジョーダンブレーキですね」
「そういうこった!」
「ジョーダン?マイケル・ジョーダン?」
「そう、そのジョーダン。」
(合ってたの……冗談のつもりだったのに……)
「通常のブレーキはウレタン素材のものだが、こいつのフロントに入れたのはハードタイヤの切れっ端。効き目が段違いだぜ!」
「ストップ&ゴーで周り切るつもりですね……」
火野のマシンはかっ飛ばしから急速ブレーキングで小さくジャンプしながら走行していく。
対してこういちのマシンはナツ同様、トータルな走りを展開。
バランスのよい速度とブレーキングでジャンプの飛距離を抑えながら走っている。
抜きつ抜かれつのデッドヒートになっている。
「やっぱり部長のマシン、速いなぁ」
3周目、最終のレーンジェンジ直前の加速で火野が前に出る。
「いっけぇ!俺の炎龍!!!」
「なんだろ、すごいデジャブ感……」
がっちょん、ぴょーーーん
案の定、レーンチェンジでバランスを崩しそのままコースアウト。
速度が乗りすぎてレーンチェンジの切り返しの反動で吹き飛んでしまったのだ。
「あるぇーーーー」
こういちのアスチュートがチェッカーフラッグを受ける。
「いい勝負でしたね……しかし詰めが甘いというか……」
「こないだのあたしとの勝負と同じだ……」
「ぢぐじょうーーーー!」
「なんというか……まもちゃん相変わらずヘタレねぇ……」
「うっせぇよ!もう帰るぞっ!!」
「くすくす♪」
なんだかんだと火野は騒いでいたが、結局、日が暮れるまで彼らはマシンを走らせ続けたのだった。
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用語解説:
・前下がりボブ
真ん中分けで後ろの髪より前方向のほうが長い髪型。
ブリー◯の石◯とか黒◯事のセバ◯チャンとか、そんなん。
・シェイクダウン
おろしたて、とかそんな意味。
まだ実戦未投入なマシンの初走行のこと。
・VSシャーシ
片軸のシャーシで軽くて剛性もある。
モーター、ギアの組み合わせでの最高速ではこいつが一番出るとの噂。
最速マシン理論などを掲げると筆頭に上がる大変優れたシャーシ。
・中空シャフト
ここで出る中空シャフトはプロペラシャフトの方。
中が空洞になっているタイプのもの。
強度もあり、軽い。
・ピン打ち
通常、ローラーなどはビスでつけるのですが、モーターを分解し軸(ピン)を取り出し、そいつをカーボンなどに打ち込んでローラーも打ち込むことで、剛性高いシステムになる。
このモーターピン、ミニ四駆のシャフト関連ではもっとも曲がり難い。
またローラーのビス頭も出ないので、アンダーガードがなくても引っかかり難い。
ものすごく使える改造だが、打ち込むので外しにくい、つまりメンテ性が低くなるので注意。
・マーブリング
マーブリング塗装といって、まだら模様に塗装する方法がある。
上手く塗装できるととっても綺麗なのだが…運も必要だったり。
・ジョーダンブレーキ
フロントブレーキを少しタイヤ付近まで寄せてつけるのだが、この時、ウレタンの市販ブレーキではなく、タイヤなどをカットして貼り付けることで、急制動を可能とさせるブレーキのこと。
バスケットシューズの「きゅっきゅ」みたいな音が出るのでこんな名前がついたそうです。
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