アカシックレコードは囁く

 窓から差し込む朝日に、京子の意識は深い夢の底からあっという間に引き上げられる。

 最近、目が覚めるのが早くなった。


 溶けるような夏がようやく通り過ぎたかと思えば、秋は足早に駆け抜けて、いつの間にかひんやりとした空気がベッドの中に忍び込んでくる季節だ。

 夫は京子よりももっと早起きが得意になった。歳のせいとは思いたくないが、複雑な気持ちになる。だがそんな葛藤も、リビングの窓を開けて清涼な空気を吸い込めば霧散してしまった。朝焼けに燃える空は刻々と色を変え、柔らかなオレンジ色から白へ、そして澄んだ青になる。遠くに見える海も、この季節は霞むことなくくっきりと美しい。


 混雑する電車を嫌って、夫は早くに家を出る。

 静かになった家の中でパタパタと動き回り、午前中にはもう京子のいつもの仕事はほぼ終わってしまうのだ。

 さあここからが自分の時間だと、素直にそう楽しめばいいのだろう。けれどこれまでは、子育てにまつわるあれこれで忙しく過ごしてきた。そんな京子にとってぽっかりと穴が開いたようなこの時間は、何ともしがたい孤独感を思い出させるのだった。


「趣味でもあればいいのかしら」


 ふと呟いてみる。京子は決して趣味の少ないほうではなかった。若い頃はスポーツも楽しんだし、徹夜でゲームに嵌ったこともある。けれどそんなものはこの二十年ですっかり遠ざかってしまった。

 今、趣味と言えるようなものは、アカシックレコードくらいだろうか。

 アカシックレコードとは、この世界の記憶。現在過去未来、有機物無機物に関わらず、存在するあらゆるものの経験がそこに集積している。

 そして誰しもがほんの少しのコツでその記憶に繋がり、世界と記憶を共有することができるのだ。


 リビングのローテーブルにアロマを用意した。今日の香りはベルガモット。柑橘系の爽やかな香りは、沈みかけた心に刺激を与えてやる気を引き出してくれる。

 午後の暖かな日差しが差し込む窓辺で、京子は素敵な香りに包まれてそっと目を閉じた。

 やがてゆっくりと、世界の記憶の中へと沈んでいく。

 深く深く、様々な物事の記憶が京子の周りで揺蕩たゆたう。


 京子はアカシックレコードの海に揺られながら、その響きに耳を傾けた。


 アカシックレコードは囁く。










 PS5の発売日は11月12日です。予約は、お早めに。



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