第3話 夢見る魔術師
「……マレ、ビト?」
呟いた言葉にエルが頷く。
「マレビト……世界の狭間から狭間へ渡り歩く、世界の旅人」
愛らしい艶やかな唇から、陣の理解を超えた言葉が次々と紡がれていく。
「精霊があなたを導いたのか、それともほかの大きな力が働いたのか……いずれにせよこの世界が、あなたを必要としている」
「……選ばれた?世界に……?そんな事、あるわけないだろ。あったとしたってそれは間違いかそんなモノの類だ」
「或いはそうかもしれない、けど、あなたがココに来た事にはきっと、何かの意味がある」
そこでエルは軽く息をつく。
「なんにせよ……まずは手当、するね」
毛布に手をかけ、まくり上げながらそういうエルの言葉に、陣がはっとしたような表情を浮かべる。
「ま、まままままま待ったエル!俺今裸……!」
「?……別に裸位、どうって事ないでしょ」
なんて事ない、と言いたげにしながら毛布を全てひっぺがし、噛まれた部位や怪我をしている所に治癒魔術をかけていく。
「怪我の様子を見る時に裸になってもらうなんて、よくあるし……性行為の経験が無いわけじゃない」
「いやそーいう問題じゃなく……」
ともあれ、治療をしてもらわないと体が上手く動かないのも事実、女医に診てもらう様なもの、と己を納得させると、陣は改めてエルを観察する。
全体的に小柄で、顔も十分幼さを残している。身長に比してグラマラスに感じるのは、やはりそーいう経験があるからだろうか……などとどうしようもない事を考えていると、やはり髪の間から覗く尖った耳が気になった。
「なぁ、エル」
「ん……なぁに?」
「いや大したことじゃないんだけど、その耳って本物?」
きょとんとした顔で、エルが陣を見やる。
「ん、本物」
髪をかき上げ、耳の付け根が見えるように顔を動かす。
そのしぐさに、陣の心臓がどきりと高鳴る。
それを知ってか知らずか、エルは回復魔術を唱え続ける。体全体を包み込む様な暖かさに、陣の意識が鈍っていく。
「大丈夫、だよ……怪我が癒えたら……ゆっくり、お話ししよう?」
その言葉に誘われるように、陣の意識は眠りの中に溶けていった。
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陣が眠りについたのを確認して、エルは軽く息をつくとより深く魔術に集中する。軽く触れた限りだが、実の所彼の体は妙だ。全身ほぼヒュムネと変わりないが、彼にはどうにも魔術が効きにくい。
低位の魔術ならほぼ「効かない」所まで抵抗されるだろう。実の所、
魔力の流れを留め、回復魔術を終了させる。短時間で多量の魔力を対象に浴びせかける回復魔術は術者の消費も当然ながら回復を受ける側に魔力酔いや、場合によっては強烈な副作用を誘発することがある。
「ふぅ……」
魔術での回復では効率は悪く、結局彼自身の体力で完治を待つほかはない。
「もし、彼がマレビトなのだとしたら……」
世界の理の外からやってくる、マレビトという伝説。エルは自分が年甲斐も無く胸が高鳴るのを覚えた。
ぱたぱたと頭の上を扇いで脳裏によぎった妄想をかき消す。
今の自分の状況から、救い出してくれる王子様。そんな事をふと考えてしまったエルは頬に朱を差したまま、毛布にくるまって眠り始めた。
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翌朝、目が覚めた陣は体の痛みが引いている事に驚いた。
「すごいな、魔術っての……」
「私のは、エレメントとワードの混成だから、普通のと少し違う、から」
独り言に返事をされて驚く陣にくすりと微笑んで、はい、と男物の衣類を差し出すエル。
「まだ動けなさそうなら、着せるけど?」
「だ、大丈夫!体は動くから!着れる着れる!!」
冗談だと判っていても焦る陣を見て、エルは我慢しきれないとばかりにふきだす。
顔を逸らせたまま、肩を震わせて笑いをこらえる姿に、流石に少々憮然とした陣が呟く。
「どーせ、お子様っぽいだろーさ」
「あんまり、拗ねないで?初心だな~とは思ってても、馬鹿にはしてないから」
貫頭衣に袖を通し、下着を付けよう、という処で……陣は長方形の布を前に途方に暮れる。
「……?えっと……」
「もしかして、判らない?」
それでもなんとか独力で付けようと数十分悪戦苦闘し……
結局、西洋風褌ともいえる下着を、年頃の女の子に整えてもらう、男の尊厳全部消滅した男の姿がそこにあった。
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「よし……!」
腰ひもをしばってズボンを固定し、ちょっと髪の色が特殊な平民一丁上がりだな、と姿見を見返す陣を、エルがじっと見つめる。
「ねぇ、ジン……?」
改めて、と言った口調でエルは言葉を紡いだ。
「あなたは、どこから来たの?あなたは、誰?あなたは、どこへ行くの?」
「……きっと、遠い、遠い所から来たんだ。上手く説明できないし、しても、判ってもらえるか判らない処から」
「……それは、理の外の世界?」
「きっと、そうなんだと思う。少なくとも、こことは違う世界から」
エルの言葉尻にだんだんと興奮が混じってきているのが判った。
まるで、夢物語でしかなかった事が目の前にある、と知った子供の様な……。
「ね、ジン……他の世界の話、聞かせてくれる?」
「あぁ、いいよ」
瞳の奥になにかキラキラしたものを光らせながら、今までになく食いついてくるエルに、陣は思わず苦笑しつつ答える。
陣としては「そんなに教えられることも無いんだけど……」という処だが、エルの方は別の意味に捕えてしまったらしく。
「ジン……いい年してそんなもんに夢中で……とか思ってるでしょ?」
「いや思ってないよ……というか、見た目的に歳そんなに変わらないだろ?」
実際、ジンの目からして同い年か少し下……そう判断していた訳だが。概ね予想通り、とエルはかるく嘆息する。
「……これでも、133」
「はっはっは、またまた御冗談を」
ホントだよ、とむっとするエルにひとしきり笑いをこらえてから。
「無理に年齢聞こうとは思わないよ」
「ホントなのに……」
ともあれ、慣れているのだろう、エルはすぐに表情を戻す。
「あ、そういえば……エル、俺の治療してくれてた時、魔術?っての使ってたよな」
陣の言葉にエルは軽く小首をかしげる。
「うん……使ってたよ?」
「あれって、俺も使えるかな?」
顎先に手を当て、少し考える。
「ん~……魔術での治療してて、判ったけど……ジンはきっと体質的に、魔法は上手く使えないと思う。どういう訳かは知らないけど、弱い魔力なら簡単に弾く位、魔力に対する抵抗が大きいから」
「だめか~……使えたら、この先楽かと思ったんだけどな」
手を当てて呪文を唱えるだけで傷をある程度癒せる、回復魔術。それを覚える事ができればこの先何があっても多少は動く幅ができる……そう思っていただけに、若干落ち込む陣だったりする。
「でも……その抵抗をブチ抜く位大きな魔力を使う奴なら……できるかも」
少しして考えがまとまったのか、エルは大きな杖を手にすると、陣に言った。
「……いこう、使えそうなので出来そうなの、教えてあげる」
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