第29話 第二十八章
奪って、与える。
より多くを奪い、より少なく与える。
絶え間ない恐怖に晒す。
尋問を丸二日続けた。エルフの身の回りの世話は全てレニアに任せた。
「たった四人とか、」
少ないと言いたいのだろう。
ベッドに座っているレニアを睨む。
尋問に費やした時間。レニアの躾にもなったようだ。無言に成る。
「お前の放った矢で、こっちは一人致命傷なんだ。呪いの矢だろう? 本当は今すぐ殺してやりたいんだが、まだ役には立ってもらう。他の選択肢があると思うなよ。仲間殺しを見逃す俺ではない」
そうエルフに語り掛けた。
今は畳みかける。
反省させる。
恐れさせる。
「殺すときの俺は別人だと思っておけ。俺は、制御が効かない。例え辞めたくても、情けも何もない血に飢えた魔物に成ってしまう」
真実味があったようだ。実際そうだからだ。
魔物に成った時に何をするかは自分でも恐ろしい。
「お前が全く反省しなければ主人も相応に残酷に扱う。覚えておけ」
エルフが頷く。必死だった。
慣れない嘲りへの苦しさがあった。
これ以上責め立てられるだろうか。
いや、出来なければ俺と言う存在が無意味だ。
「あの……」
レニアが紙にペンを走らせる。
「寄越せ」
女王様に『催眠』をかけてもらえば一発だと思います。
読み終えて手が震えた。耐えがたい羞恥だ。
……最初に言え。
破いて床に叩きつけたかったが我慢した。
レニアは後で殴る。
俺は無意味だった。
何で柄にもない尋問なんかに二日もかけた。
「あ……森の奥には本当の森の主がいます、気を付けて、だって」
どうやら予想外の事まで喋り始めた。いい兆しだ。
もうすぐエルフは協力するだろう。
せめてもの収穫だ。
だがレニアは後で殴る。
「何人いるんだ?」
「一体の魔物? ふぅん」
「数は関係ないんじゃないのか」
殴っておいた。
数だけで判断できないのが魔法都市だろう。どうもレニアには緊張感がない。
「配下はどのくらいだ」
王と言うからには構成員がいる。
「痛い。森そのもの? 全部?」
不穏に成って来た。
「どういうことか分かるように説明しろ。混乱させるつもりなら許さない」
悪意のある森。確かに最初にそうセフィから聞いてはいた。
たかがオークに苦戦した。
「森そのものとしか言えない。欺くつもりはなかった。混乱したのなら謝罪する」
「謝罪はいい。納得した。何か対処法はあるか?」
「私では何もできなかった。あとは後悔してる感じ?」
「……礼は言っておく。今後も役に立ってもらう」
セフィの守備範囲だ。高等魔法が使いこなせて初めて理解できる話だろう。
イートスには対処法の見当がつかない。
これが帝国の指揮官の限界か。自嘲しかない。
雪と戦い灼熱とも戦ってきたが。
森。狩る者にとっては魔物を生み出す豊饒なフィールド。
悪意など最初から宿っているように思うが桁が違うのだろう。
ふと、床に転がしたままのエルフの動きに目が止まる。
食い込む縄の軋む音。
本来は苦痛で苛む必要もなかったのだ。
「レニア。魔法を封じる首輪は作れるか。錬金術師として尋ねている」
「……ちょっとかかりますけど、そりゃまあ」
「余計な機能は付けるなよ」
「えー!」
「えーじゃねえよ」
不満も露わだ。余計な機能にしか興味がないレニア。
これだから頼りにならない。
「今のままでも詠唱出来ないじゃないですか」
「縛っておく理由がないだろう。『催眠』で終わりだ」
趣味か? レニア。お前の趣味か? 付き合わされただけなのか?
レニアが自室に引き上げてから、気まずいだけの時間が続いた。
これが尋問だとばかりに自己を奮い立たせて役目を引き受けたが、何のことは無い。
魔法一つで片付く。
「悪かった。魔法の常識が無くてな」
エルフが首を振る。
これでも考えは読める筈だった。訓練していないだけだ。
「済まないが訓練に付き合ってもらう。捕縛から解放するまでだ」
エルフに意識を集中する。目を閉じる。最初に感じたのは荒い息遣いと苦痛だけだった。
「名は何だ」
フィーナ。微かに聞こえた。
「フィーナか」
エルフが首肯した。
「答えないと思ったが。恐ろしいか。俺が」
はい。いいえ。どちらも聞こえる。
――正直に言えばそうだろう。
敵のようにも味方のようにも振舞った。
そのまま、陽が落ちるまで意味のない問答を繰り返した。
人に追われ、逃げ込んだ先で今の主人に出会った。
元々は森に棲む者だ。森の奥に蟄居することに抵抗はなかった。
主人の、誰にも邪魔されずに生きるという思いに賛同した。
人に優しくされた経験などそれまで皆無だった。
「敵を間違えたかもしれないな。お互い。その程度なら見逃したよ」
知らずに致命傷を負わせてしまったことは、お詫びでは済まないのは分かっていますが、平伏してお詫びします。
「治せるのは間違いない。案じなくていい」
目隠しの下から涙さえ溢れて来ていた。
純朴な者を責め立てた後悔しかない。
「出来たああああっ。特殊機能満載のやつ!」
レニアがドアを開けて入って来る。金色の首輪だった。魔晶も使われている。
「特殊機能ってのを全部切れないのか」
無ければ半分以下の時間で出来ただろう。
錬金は分からないが確信できる。
「今後の作戦で重宝すること間違いなし。このレニアが保証します」
本当にバカなんじゃないだろうか。大丈夫かレニア。
「なるべく普通に使ってくれ。装着と縄を解くのは任せた」
脱力した。二日の尋問はこちらにもダメージが大きい。
殆ど寝ていない。ベッドに倒れ込む。
「ほら、それだけじゃ逃げられちゃうでしょ? 一定の範囲しか移動できない機能付き」
「鎖ででも繋げばいいだろうが」
「絵的にはそういうの好きですけど改造します?」
「急げ。そのままでいい」
告げて、目を閉じる。
エルフの疲労はこんなものではないだろう。
眠らせない所から尋問は始まる。
そんな通念も魔法で消え失せた。俺は役立たずだ。何を偉そうに。
泥のように眠っていたらしい。
レクシアの声で起こされる。
「完治致しました。あの……起こしても宜しかったでしょうか」
「……本当か? 治ったのか?」
痺れたような身体を引き起こす。
魔物だろう。起き上がれ。笑え。
どれだけ眠かろうか死んでいようが目覚める。首を振る。
白い影がレクシアに見えるまで必死で見詰めていた。
「呪いが全部消えました。……そこのエルフが解呪したようです。尋問に屈したようです」
「屈してなどいない。あくまで、好意からだ。無意味な尋問をした」
「結果はこうです」
くるりと目の前で回って見せた。
「無意味な事などイートス様はしません」
「過信だ。……命取りになるぞ」
「そんな事で死ぬのであればとっくに死んでいます。出撃回数を覚えていますか? 私は意識が戻るたびにあの戦場を思い出していました。助けられたことは覚えておりますが、残念ながら危機に追いやられた記憶は一つもありません。ただの一つも」
もうレクシアは大丈夫だ。致死の矢を受けて目の前にいる。
信じられないが本当だった。
安堵で崩れ落ちそうになる。この数日、他に何も望んでいない。
酒場に行ったのも捕虜を責め立てたのも不安を紛らわせる為だ。
フィーナというエルフには自責しかない。だが、自分は苛立っていた。
レクシアを待っていた。
「幸運の女神に間違いはないな」
「そろそろやめて下さい。その呼び方は。私はただのレクシア」
「……そうだな」
「モウシワケゴザイマセン」
鉄が擦れるような不協和音が響く。
エルフが金の首輪を苦しそうに掴んでいた。
絶対に外せない。少なくともレニアの技術の範囲では。
声に違和感があるのだろう。
悪趣味にも程がある。
頭の中で聞いた時には鈴が鳴るような声だった。
「ダレデアレ、ハイジョシヨウトアセリマシタ」
「レニア。今すぐ直せ。こんな屈辱はいらない」
勝手に折り重なるようにイートスのベッドで寝ていたレニアが半身を起こす。
「え?」
「寝たふりをするな。徹夜で直せ」
「異音排除せよ。以上」
それだけ言うと、ぱたんとベッドに伏せた。
命令を聞くのか? この首輪は。
「あ、と言って見ろ」
「……あ」
鈴の音色だ。
「全部変なの外せ。寝たふりならお前に首輪をつける」
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