しょうげき。カタクリ誕生秘話

 黒雲が山を包み込んだ。巨大ロボットや怪獣が収納されたコンテナの中で、コツコツという靴音が響く。

 歩いているのは緑色の軍服を着た無精髭の男。煙草を咥え、鞭を手にしているこの男の元に全身黒タイツの下っ端戦闘員が手帳を開きながら近寄った。

「クロ大佐。数分後、邪悪エネルギーが溜まります」

「3ヶ月くらい前にも、同じ話を聞いた気がするのだが……」


「クロ大佐、流石ダナ」

下っ端戦闘員の背後に隠れていた人物を前にして、クロ大佐は、目を見開く。

「コムギコ、なんでお前が、ここにいるんだ!」

「カタクリだ。イイカゲン、ナマエ、覚えろ。邪悪エネルギー、中々集まらないみたいだから、手伝いにきた」


青色のビキニ姿に、青のマント。大きな胸に黒髪短髪。頭の上にパトカーのサイレンを乗せた彼女を見て、下っ端戦闘員は、首を傾げた。一方で、カタクリは、真剣な顔でクロ大佐と向き合う。

「クロ大佐、このアニメの制作会社の慰安旅行で、集団食中毒が起きた。外部のアニメーターを雇う金もないから、唯一無事だった監督が私の作画を担当。第3話の一部の映像をを流用することで、なんとか放送に間に合わせたのだ」

「第3話? アニメーター? 難しくて分からん!」


「クロ大佐、彼女は誰なんですか?」

唸る上司に部下が尋ねる。すると、カタクリは、下っ端戦闘員と顔を合わせた。

「そういえば、初めましての人もいたな。じゃあ、自己紹介だ。私は女幹部、カタクリ。改造人間だ。そして、私の名前には、こんな秘密があるのだ」


某月某日、監督はため息を吐いた。机の上には、数時間前にプロデューサーから受け取ったラフ画が置かれている。

「とりあえず、おっぱいデカくして、胸を強調する服。ビキニがいいかな? それに男の子が好きなマントにパトカーのサイレン頭にくっ付けたら、新キャラの女幹部完成。これで視聴者増えるはずだ。武器は、子供たちが大好きな二丁拳銃。はい、新女幹部のラフ画完成。じゃあ、名前考えてね。監督さん」


目の前で適当なラフ画を書かれて、監督はため息を吐く。この業界に入ってからの腐れ縁で、何度も突拍子のないアイデアを提案してくる面倒な相手からの要求。ここは脚本家にでも任せたらいいのではないかと思い始めたところで、監督は首を左右に強く降る。

「逃げたらダメだ。逃げたらダメだ。逃げたらダメだ。逃げたらダメだ。なんかあるはずなんだ。子供たちが覚えやすい名前」

 ラフ画と睨めっこして、思いつく名前を次々から次へと手元の白紙に記す。

 ビキニ女帝。パトレン曹長。怪人巨乳ビキニ・サイトウ。デストロイ・ガンウーマン。他にもいくつか考えたが、どれもしっくりこない。

 こうなったら、最終手段。脚本家に丸投げするしかない。そう、全てを諦めようとした時、一筋の光が見えたという。

 それは、偶然付けていたラジオから流れてきたコマーシャルだった。

「おいしい、おいしい、片栗粉。安い、安い、片栗粉。一家に一袋、片栗粉。お求めは……」

「そうだ、カタクリだ!」

 強く机を叩き、椅子から立ち上がる。そんな監督の目は自信に溢れている。決断が揺るがない内に、プロデューサーに電話をかけ、女幹部の名前はカタクリに決定した。


「はい、第16話、しょうげき。カタクリ誕生秘話はこれで終わり。監督本人による実写再現映像は、プロデューサーの知り合いのカメラマン、吉田さんに担当してもらいました。吉田さんありがとうございました」

 帰ってきた女幹部の話を聞き、クロ大佐は鞭で床を叩く。

「バカ者。その話は聞き飽きた。こんなよく分からない話を聞かされるくらいなら、邪悪エネルギー集めの方法を考えた方がマシだ。お前の話は難しすぎるんだよ。コムギコ」

「だから、カタクリだ」


 悪の組織の戦力がアップした。女幹部、カタクリの魔の手は、もうすぐ街に迫る。果たして、グレートファントム10号は無事に出動できるのだろうか? がんばれ、グレートファントム10号。

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