ろうじょう! 博士のホテル 後編

 ホテルで行われる学会に参加した博士。だが、会場は悪の組織の手によって占拠されていた。下っ端構成員から逃げ、飛び込んだのは式部香子と名乗る少女が宿泊する客室。

 下っ端構成員によって包囲された客室。窮地に追い込まれた博士だったが、突然ドアの向こうにいた敵の声が途切れた。そして、ドアが開き顔を出したのは、見知らぬ白髪の少女。


「こっちの世界の争いに介入したらダメなのですが……」

「ルスちゃん」

 香子にルスと呼ばれた少女がほほ笑む。少し遅れて香子は博士に彼女を紹介した。

「この子は私の連れのルス・グース」

「ルス・グースなのです。今日は香子と一緒に学会というものを見学しに来たのですが、まさかこんな面倒ごとに巻き込まれるとは思わなかったのです」

 そう言いながら、ルスは客室を進み、机の上に置かれたティーカップを手にした。

「ルスくん。外に敵がいたと思うのだが、彼らは……」

「全員気絶しているのです。そういう術式を使ったので、命に別状ないはずなのですよ。まあ、その効果も5分が限界なのですが……」

「分かった。その間に囚われの博士たちを助けにいこう。どんなことをしたのかは知らないが、ルスくんがいたら鬼に金棒じゃ」

 危機から救われ余裕が生まれた博士がニヤニヤと笑う。だが、ルスは博士の顔を見てから、紅茶を注ぎ始める。

「残念ながら、それはできないのです。最初に言ったように、私はこの世界の争いに介入できない立場なのですよ。それと、囚われの博士たちを助けることで彼らに恩を売りたいって顔に書いてあるので、協力したくありません」

「ケチ!」

「私は戦えないのです。ここは彼に任せるのです」

「彼だと?」

 そう疑問を口にした直後、客室の床に複雑な魔法陣が出現する。

「博士。床を右手で触りながら思い浮かべるのです。身近な人の中で心強い者を」


 指示に従いながら、ある少年のことを考える博士。そして、数秒後、魔法陣の中心にはあの巨大ロボットのパイロットの少年が立っていた。

「ケンくん」

 そう呼ばれ、ケンは目を丸くして、周囲を見渡す。

「博士、ここはどこですか? 僕は研究所で仮眠していたはずなのですが……」

「詳しいことは後だ。実はこのホテルは悪魔大将軍の一味に乗っ取られている。奴らは学会の会場に博士たちを閉じ込めた」

「詳しいことは後だって言いながら、結構説明しましたね。大体状況は分かりました。早速助けに行きましょう! それで敵の数は?」

「正確な数は不明だが、ほとんどは下っ端構成員だから弱い。廊下に弱いヤツがたくさん倒れておるから、今なら戦いを避けながら、ホールに乗り込むことも簡単じゃ。だが、1人幹部クラスの敵がいる。学会の会場はこのフロアのホール。気を付けるんだ」

「了解」

 

 ケンは客室からホールに向かい、走る。博士の言う通り、廊下には悪魔大将軍一味の下っ端構成員たちが山ほど倒れていた。そのうちの何人かが寝返りを打ちながら呟く。

「今日の晴れてるかい?」

「こいつら、寝言もその言葉かよ!」

 ツッコミを入れながら、笑みがこぼれる。その後ろを博士と香子は追いかけた。

「香子くん。キミは来なくてもいいんじゃよ?」

「このまま、何もせずに退場なんてイヤだから。それに、私はルスちゃんとは違って、こっちの争いに参加しても大丈夫。栞から簡単な護身術も教わってるから」

「好きにしろ」


 そんなこんなで、3人は学会の会場であるホールに辿り着いた。その間、彼らは一度も戦わなかった。そして、ケンはホールの重たいドアを開ける。

「私はヤミー博士なのだ。このホテルは我々が乗っ取ったのだ。すべては悪魔大将軍様のためなのだ」

 ドアが開いた瞬間、ヤミー博士はマイクを握り叫ぶ。会場には下っ端構成員たちはいなく、囚われの博士たちと敵の幹部しかいない。

「1対1か。ヤミー博士。いつからこのホテルは我々が乗っ取ったのだっていうまともなセリフを言えるようになったんだ?」

「ケンくん。今はそんなことはどうでもいいだろう?」

 博士に注意され、ケンは咳払いしてから、仕切りなおす。

「1対1か。ヤミー博士。お前には仲間はいない!」

 ケンはヤミー博士との距離を詰める。

「すべては悪魔大将軍様のためなのだ」

 鬼のような怖い顔で敵の博士は少年に殴りかかる。だが、その攻撃をケンは簡単に避ける。

「すべては悪魔大将軍様のためなのだ」

 殴る蹴るといった攻撃を闇雲に仕掛けるヤミー博士。だが、攻撃は当たらない。そんな敵幹部の目に紫色のストールを羽織る少女が映った。それならと、敵は攻撃を中断して、香子の元へ走る。

 その少女の背後に回り込み、ヤミー博士が叫ぶ。

「すべては悪魔大将軍様のためなのだ」

「動くな! 動いたらこの娘を殺すでしょう? その言葉しか言えないの?」

 香子は敵の博士の靴を強く踏んだ。その痛みで怯んだ敵から、少女は離れる。


「すべては悪魔大将軍様のためなのだ」

 初対面の少女の言葉に傷ついたヤミー博士は泣きながら撤退。こうして、学会籠城事件は幕を閉じたのだった。

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