ろうじょう! 博士のホテル 前編

「じゃあ、どうすればいいんでしょう? 博士」

「大丈夫じゃ。このピンチを切り抜ける方法があるはずじゃよ」

 あるホテルの一室に隠れた博士は、紫色のストールを羽織る少女を慰めた。ドンドンというドアに強く体当たりする音が響く。

 

 その少女、式部香子と博士が出会ったのは、数分前のこと。

 あの日、博士は学会に出席するため、山頂にあるホテルを訪れていた。出席者の殆どは怪獣や悪のロボットを倒す巨大ロボを開発した博士たち。彼らの話しを聞き、グレートファントム10号を動かすためのヒントを得ようと彼はしていた。

 いつもの白衣ではなく、ちゃんとしたスーツに着替え学会の会場であるホールに足を運んだ博士は、異変に気が付く。まず、最初に見えたのは、黒タイツを着たどこかの悪の組織の下っ端構成員らしき人物たち。その数は50人くらいいる。周囲を見渡すと、学会の出席者らしき博士たちが縄で縛られていた。そして、ステージ上には、全身黒ずくめの服装に、赤色のマントを羽織る白髪の男。

「私はヤミー博士なのだ。このホテルは我々が乗っ取ったのだ。すべては悪魔大将軍様のためなのだ」

 マイクを握り叫ぶ敵を見て、博士はそっとドアを閉めた。

「危ないな」

 静かに呟き、学会の会場から立ち去ろうとする博士を、敵は見逃すはずがない。廊下には、既に十数人の下っ端構成員たちがいた。

 博士は全速力で逃げ、下っ端構成員たちが追いかける。

「しまった!」

 この追いかけっこ開始から2分後、ようやく博士は気が付く。いつの間にか挟み撃ちにされていたことに。

「今日は晴れてるかい?」

「今日は晴れてるかい?」

 同じセリフを呪文のように叫ぶ下っ端構成員たち。退路を断たれピンチに陥った博士。ちょうどその時、博士の背後にある客室のドアが開き、一人の少女が顔を出す。もはや、これしかない。そう思った博士は咄嗟に少女の客室に飛び込んだ。もちろんドアを施錠して。


「すまない。お嬢ちゃん。今、悪の組織の下っ端構成員に追われているんじゃ」

「何かよく分からないけど、ウソは言ってないみたい。それで、何があったの? えっと……」

「気軽に博士って呼んで構わん。そうじゃな。このフロアのホールで学会があるんじゃが、その会場が悪の組織に乗っ取られたんじゃ」

「そう。博士は捕まる前に逃げてきたってことね。学会で集まった博士たちを人質にとったんだ」

 確認しながら、香子は机の上に置かれたティーカップを持ち上げる。ティーカップはなぜか2個用意されていることも気になるが、今はそれどころではないと思い、博士は首を横に振る。


「そういうことじゃ。えっと……」

「式部香子。香子って呼んでいいよ」

「香子くん。問題はここからじゃ。このことを外に知らせて、巨大ロボを出動させる必要がある。一番近い研究所は、私のところじゃが、こんな一大事に動くとは思えん」

「じゃあ、どうすればいいんでしょう? 博士」

「大丈夫じゃ。このピンチを切り抜ける方法があるはずじゃよ」

 あるホテルの一室に隠れた博士は、紫色のストールを羽織る少女を慰めた。ドンドンというドアに強く体当たりする音が響く。おそらく、敵の下っ端構成員たちが一斉にドアに向かい突進しているのだろうと博士は思う。

「今日は晴れてるかい?」

 ドアの向こうから声が聞こえる。それにつられて、香子は窓の外の景色を見る。雲一つない青空が見え、香子は答える。

「うん、今日は晴れてるよ」

「香子くん、ここは正直に答えなくてもいいんじゃよ。あいつらはあの言葉しか喋らない」

「なるほど、そうなんですね?」

 

 そうこうしている間に、ドアを叩く音は強くなっていく。

「今日は晴れてるかい?」

「あっ、忘れてた」

 そう香子が呟いた直後、下っ端構成員たちの声は途切れた。急に静かになり、ドアが開く。

 その先にいたのは、白髪の少女だった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る