クマリンへ(ラナ視点)
渋るキクをなかば強引にクマリンに連れてきてしまった。
見てられなかった。
ずっと一人ぼっちであの家に閉じ込められているなんて、あんまりだ。
あのまま、誰とも会わず誰ともしゃべらずアトルを待ち続けたまま、弱って死んでしまいそうに見えた。
うちに住めばいいと勧めたが、それは申し訳ないと近くの小さな家に住み始めた。
雑草ボーボー廃墟同然のボロ屋だ。
森の洋館をと比べると物置小屋レベルだ。
もっといい家を準備してあげたいのだが、本人がここがいいというのでとりあえず買い上げておいた。
掃除やら修繕やら生活の準備やら、いろいろすることが山積みだったが、お店の方が忙しくほとんど手伝えそうにないため、大工のデノパンに全部お願いすることになった。
「キクの良いようにしてやって欲しい。お金は全部うちが持つ」と伝えてある。
正直これでもキクに全然返し足りないのだ。
仕事を終えたデノパンが「なかなか面白い家になったぞ」と報告に来た。
……面白い家?
一体どんな家になったのか気になるが、手が空くのが深夜になってしまうため見に行けないのが残念だ。
また今度ゆっくり覗きに行こう
次の日の夜、明日の仕込みをしていたら、キクの方から店を訪ねてきた。
ここで働かせて欲しいと言われ驚く。
なんと、貧しい子供達にパンを配って歩いていたところ
速やかに騙されて、その日のうちに無一文になっていたのだ。
本人は「行き違いがあって」とフォローをいれていたが、いいえ完全に騙されたんです。
「そんな人を騙すような子じゃなかった。鞄が重そうだからって代わりに持ってくれてたんじゃぞ?」
そして、そのままいなくなったんだろう?騙されたんだって!
いまだに優しい子だったと思っているキクに頭を抱える。
子供は皆良い子と思っているようだが、子供でも盗むし騙すし殺しに来るからな?油断しすぎだ。
そんなわけで、手持ちが無くなりここで働こうと思ったわけだ。
それはいいんだけど、むしろ大歓迎なんだけど、そもそも今まで受け取ってもらえていないキクの取り分を渡したらいいだけの話なのだ。
「つか、スラム街に行ったってことだよな?一人で?」
むしろよく無事に帰って来たと喜ぶべきか
そんな隙だらけでスラム街に行くとか自殺行為だ。
「大丈夫か?変なこととかされなかったか!?」
「変なこと?」
「こう……体を触られるとか……」
あたしが言いづらそうに説明すると、ぶひょっとキクが吹き出した
「わしにそんなことする物好きはおらんて」
爆笑するキクに汗が溢れる。
いやいや、沢山いるって!!!
何をいっているんだこの子は
行為自体は知っている様子なのに自分自信は全く対象外だと思い込んでいるようだ。
対象外どころか超ど真ん中なんですけど。
初めて会った時よりも背が伸びて体つきも女性らしくなってきて、そろそろ食べごろって感じですぜお嬢さん。
とりあえず、何もなくてよかった。抱きしめて安堵の息を吐く。
やばい。
まじアトルいないと危ない。
このままだと盗み放題、騙し放題、犯し放題だ。
すぐに護衛を手配した。キクは煙たがっていたが仕方ない。
とりあえずお金は小遣い制になった。
キクの今までの取り分なので、別にいくら使っても文句はないのだが、意味もなく盗られるのは見過ごせない。
大金が使いたいときは自分たちに相談する事、一人で出歩かない事、危なくなったら財布をぶちまけてとにかく逃げる事、知らない人についていかない事その他もろもろを言って聞かせた。
途中から突発性難聴になってた気がするがまあいい。
まさか、クマリンがキクにとってこんなに危険な場所になるとは思っても見なかった。
◆
クマリンに連れてきて、キクは少し元気になったと思う。
毎日欠かさずフランを覗いてはいる。
ただ、一人ぼっちでふさぎ込むことはなくなったようだ。
廃墟同然だった家が、キクが住むことで居心地のいい家に変わっていた。
台所の周り以外は膝くらいの高さで家中板張りにしてもらい、靴を脱いで上がる仕様になっていた。
なるほどデノパンの言っていたのはこれか。
そこにローテーブルを置きぺトンと座って生活している。夜になるとローテーブルを退けてそこに布団を敷いて眠っている。固くないのだろうか?
庭の雑草はハロタンがせっせと食べてくれているのでかなりスッキリした。
最近この家はちょっとした噂になっている。前を通るといつもいい匂いがしてくるのだ。
良い匂いを辿って来てみれば、小さな家と、それに不釣り合いな護衛が直立不動で立っているから目立つ。
護衛役の デスラ=ノシド
こいつが全然融通がきかない。
太い眉毛に口は真一文字、全然笑わないし生真面目を絵にかいたようなやつだ。
お城の門番じゃないんだから、もっとざっくばらんにしてくれていいのだが。
もう一人回そうかと提案してみたが「大丈夫です!」と無駄にビシッとしながら断ってきた。
「いや、でも毎日こんな直立不動で見張りしてたら大変だろ?」
「大丈夫です!」ビシッ
「交代要員がいた方が楽だぞ?」
「大丈夫です!」ビシッ
「……」
「おお、ラナかい」
なんだコイツ肩凝るなあと思っていると、キクが顔を出した。
「ご苦労様じゃの」
キクがデスラに声をかけると途端動きがぎこちなくなり「いえ、仕事ですからっ」と伸びきった背筋をさらに伸ばした。
「お出かけですか!荷物お持ちします!」
「いやいや、話し声が聞こえたから覗いてみただけじゃよ」
そう言ってキクはすぐに引っ込んでいった。
温度が下がった目でじーとデスラを見ていると
「この役は誰にも渡しません」
と顔を真っ赤にさせながら本音を漏らした。
ほーーーー
後日覗いてみれば、家に上がり一緒にキクの手料理を食べていた。毎日ごちそうになっているようだ。
なんと羨ましい奴!
並んでご飯を食べながらキクから箸の使い方の指導をうけていた。
「そうじゃない!こうじゃ!」
「こうですか」
「そうじゃない。よう見んか」
手を取り指を添えていく「こうじゃ!」とキクは一生懸命だが
デスラの視線は手じゃなく完璧にキクの方を向いている。
なるほど、これは代りたくないわな。
なんかムカついた。
「キク」
二人の間に割り込みキクをぎゅうううと抱きしめる。
「あたしも欲しいー」とねだると自分のおかずをアーンしてくれた。美味いーーー!!
デスラの前でこれでもかというくらい存分にいちゃついてやった。だからなんだといった感じだろうがムカついたんだから仕方ない。
キッとデスラをにらみつける。
……お前にはやらねーぞ!
キクを狙う輩は日に日に増えていっている気がする
毎日のように差し入れにきてくれるキクに野郎共が集まる。
「うまそう~」とか言いながら近づいているがお目当ては差し入れの方じゃないだろ
「ちょっとお前らキクに近付きすぎだ。離れろ」
あっ!なに腰に手を添えているんだ。馴れ馴れしいぞ!
「はいはい、さぼってないで持ち場にもどれ!!」
にらみを利かせると「おお、怖い怖い」と言いながら散っていく
なーにが「怖い」だまったく!油断も隙もない!
今、キクをクマリンに連れてきたことを少し後悔している。
あのまま森の奥に隠しておくべきだった。
俗世間に出してはならない代物だったのだ。
森の外は危険がいっぱいだ。
「恋でもしているようですね」
にらみを利かせるあたしをみてジゴがそう苦笑した。
うるさいわ。自覚あるわ
キクが他の男に取られるのが我慢できない。
あのキクを。穢れのない純真無垢なキクを、汚されてたまるか。
おそらくアトルはもう死んじまったんだと思っている。
こんなに待っても帰ってこないのはおかしい。
キクも薄々気が付いているんだと思う
異様に目が腫れている日があるから。
ま。認めたくないよな……
あたしがしっかり守ってやらないと。
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