開けるなよ

「……隠れておれと言われてもの」

 部屋の中を行ったり来たりする。

 今わしは知らない建物の一室に一人でいる。




 屋根から屋根へと飛び移っていたクロ助は、窓が開いてたこの最上階の部屋に飛び込みわしを下ろしたのだ。


「こりゃ!どこに行くんじゃ!?」


「ここに隠れていて下さい」と言い残し一人でさっさと出て行こうするクロ助を引き止める。


「……ちょっと用を思い出したので行ってきます」


 今、このタイミングでか?

 おかしな話ではあったが、クロ助から緊張感が伝わってくるのでそれ以上は聞かないでおく

 なにか理由があるのじゃろう


「僕が出た後絶対このドアを開けないで下さい」


「ドアを?」


「誰も入ってこれないように外側に結界を張ります。ですが一度開けたら効果が無くなってしまうので」


「そんなすぐ張れるのかい」


 結界会社呼ばなくてもええんか?


「簡易のものですけどね。一般人くらいなら何とか」


 そう言って何やら落書きがいっぱいされた紙を取り出す。米粒ほどの魔法石が付いていた。

 本当いろんな道具があるの。

 ここらは妖怪がでるせいか、防衛の技術の方が進んでおるのかの。


「いいですか?誰がきても絶対に開けないで下さい」


 念を押してくるクロ助にわかったと頷く。


「アトル君がくるかもしれませんが、それでも開けないでください」


「なぜじゃ?」


 あー坊が来ても開けては駄目とはおかしかろ?


 クロ助は「たぶん、アトル君も……」といって眉をひそめた。



 あー坊もなんじゃ?



 説明を待つわしを見て、クロ助が言葉をつまらせた。


「……っとにかく、僕が戻ってくるまで待っててください。すぐ戻ってきますので」



 ろくな説明もしないままクロ助はさっさとドアから出て行ってしまった。


「いいですか?絶対開けないで下さいね?お願いしますよ?」


 結界を張り終わったのかドアの向こう側から、再び念を押してくる

「はいはい」と適当に返事を返す。


「……おばあちゃんまで捕まってしまったら、打つ手が無くなる」



 縋るような事を言い残して足音が遠ざかっていった。


 全く男というのは身勝手な生き物じゃのう。

 ろくな説明もせず黙って俺について来いか。泣くのはいーっつも女側じゃ。


 若い時は何も言ってくれないじさまに随分泣いて怒ったもんじゃが、すっかり慣れっこになってしまったの。期待しても無駄なのじゃ。


 とにかくゆっくり待っておけばええんじゃろ

 まあ、抱えられてあっちへこっちへとぴょんぴょんされるよりマシかの。

 あれは酔うので降ろされて今ホッとしとる。やはり自分の足で立つのが一番じゃ



 気になるのはここの家の人じゃ。


 勝手に入ったりして申し訳ないの。後でしっかり謝らねば。

 折り菓子で許してもらえるかの?


 不法侵入してると思ったら居心地が悪くて部屋の中を行ったり来たりする。

 人の気配がしないのでお留守のようじゃが。


 それにしても

「……なんでわしが隠れんといけんのじゃ?」


 追われてるのはクロ助じゃろう?ならわしは大丈夫じゃろう。


 隠れていることをバカバカしく思い始めた頃、何やら外が騒がしくなった。

 ここは四階に位置する部屋で、窓から下を覗くと人だかりができているのが見えた。

 丁度この建物の玄関にあたる位置だ。

 皆手に斧や剣を持って扉を破壊している。


「物々しいのお」


「……」


 これはクロ助の言う通りに隠れておこうかの。



 ついに玄関が開いたのか、ドタドタドタと大勢が階段を上ってくる音が聞こえる。


 あっというまにこの階にたどり着いたようで、隣の部屋から破壊音が聞こえてきて思わず「ひょっ」と声を出てしまい口をふさぐ。


 その声が聞こえたかどうかはわからないが、この部屋にあたりをつけたらしい男たちの咆哮とバシッバシッと結界がはじく音が聞こえてくる。

 クロ助は本当に結界を張っていったらしい。

 結界の威力は自分もよく知っている。絶対ドアは開けんぞ。ゆっくりと後ろに下がり男たちの怒鳴り声に身を小さくする。


 大丈夫だと思っていても、こんなに多くの敵意を前にするのはやはり怖い。



 クロ助、はよう帰って来んかの。




 ずっと続いていた大勢の男の襲い掛かる声とそれを弾く音が突然収まった。


 静まり返るドアの向こうから、聞きなれた声が聞こえてきた



「ばあちゃん?」



「!!!」


「あー坊!!」


 すぐにドアに駆け寄り開けようとしたが、クロの忠告を思い出しドア越しに声をかける。


「あー坊!無事じゃったか!怪我はないか?」


「ああ、うん。平気」

「そうかい。そりゃよかった。こっちはなんか知らんがえらい目にあっとったんよー」


 へえーだかふーんだか言うあー坊の声にうれしくなる。


「ここ、開けて欲しいんだけど」


「それがの、クロ助が開けたらいけんって言うんよ」


 わしも早うあー坊の顔がみたいんじゃがの


「は?なんで?」

「……なんでかは、ようわからんけど」


「もうすぐ帰ってくると思うから待ってくれんかの」



「でも、早くしないとこいつ等に……」


 そのまま あー坊の声が途切れ、代わりに「ゴッ」「ガッ」と壁に何かが打ち付けられるような重低音が聞こえてきて青くなる。あー坊がリンチにあっとる!


「あー坊!!」


 泣きそうになりながら部屋の外に飛び出ると、いたずらっぽく笑うあー坊がそこに立っていた。

 特に外傷もなさそうである。


 あれまあ。



「……本当ちょろいなあ」





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