気付かぬ想いと届かぬ気持ちは離れて始めて伝わる

昆布 海胆

第1話 先立つ物はお金

「それじゃあ帰ってくるんだね?」

「うん、クリスマスの日に帰れるから」

「そっか、その時にさ・・・伝えたいことがあるんだ」

「えっ・・・」

「ま、まぁ楽しみにしていてよ」

「う・・・うん・・・」

「それじゃお休み」

「うん・・・おやすみなさい」


電話を切って拳を突き上げて喜びを表現する一人の男が居た。

彼の名は中山 俊彦。

大学生の彼は自室で音を立てないように喜びに打ち震えていた。

時刻は既に日付が変わろうとしているので家族を起こさないようにしているのだ。

そして、彼が電話をしていたのは高校を卒業すると共に遠くの専門学校へ進学する為に一人暮らしを始めた『境 喜美』。

俊彦と喜美は幼稚園からの幼馴染で自宅も近くいつも一緒にいた。

そのせいで周りからはどう見てもカップルにしか見えない二人であったが実際には2人は付き合ってはいなかった。

お互いを異性として意識して特別な存在なのだがそれが自然な形となってしまいそのままズルズルと過ごしていたのだ。

だが進学をして離れ離れになった為に2人は互いの気持ちに気付いた。

そして、俊彦は決意していた。

クリスマスに帰省して来た喜美に正式に告白をしようと。


これは俊彦が喜美に愛の告白を行なう為に過ごす日常の物語である・・・






「う~ん・・・やっぱり町の方に色々買いに出ないと駄目だな」


俊彦はクリスマスに帰ってくる喜美が都会のファッションを身に着けていると予想して合わせる為に色々と悩んでいた。

15年以上の関係に終止符を打つ告白をするのだから妥協はしたくない、そんな彼は母親に買ってもらったのでない服を購入しようと考えていた。

喜美に渡すクリスマスプレゼントの事もあり先立つものが心細い俊彦はバイト求人誌を手に色々考えていた。

と言っても田舎と読んで差し支えの無い俊彦の自宅近くで出来るバイトなんてそれほど多くなく少し遠くのバイト先を選ばなければならないのだ。


「あれー?お兄ちゃんバイトするの?」


居間で唸っている俊彦に話しかけたのは俊彦の妹の『中山 緑』である。

黒髪を後ろで束ねてポニーテールにしている女子高生で俊彦とは結構仲良く気さくに話す兄妹であった。


「あぁ・・・そのな、クリスマスにな・・・喜美が帰ってくるんだ」

「へぇ~」


その言葉に嬉しそうに頬を緩ませる緑。

妹なだけあって二人の関係にイライラする事が多々あったのはいうまでも無いだろう。

何故こんなに好き合ってるのに付き合わないのか・・・

そう考えていた頃もあったのだが2人が離れた事で兄が喜美を意識している言動が増えたのを見ていた緑はやっと踏み出すのかと嬉しくなったのだ。

将来は自分の義理の姉になるかもしれない、それが大歓迎な緑は兄に協力する事をこの時決意した。


「そう言えばさ、私の友達のお兄さんが働いている花屋さんでバイト募集しているらしいけど・・・お兄ちゃんやってみない?」


緑の言葉に雑誌から視線を向けた俊彦。

この辺りに在る花屋といえば駅の近くに在る小さなお店であった。

だがあそこなら通勤もそれ程辛くないし、なにより駅近くならばちょっと買い物に出るのも凄く楽だ。

そしてなにより花屋の仕事ならば特殊な技術がそれほど必要ではないだろうと考えていたのだ。

実際にコンビニのバイトなんて覚える事と作業内容が多すぎて給料と見合ってない仕事内容なのは確実。

それに比べれば格段に良バイトであろう。

そう考えた俊彦は緑にそのバイトの面接を受ける事に決めた。


「そうだな・・・よし、そのバイトやってみたいから口利き頼むわ」

「合点承知の助!」


お前女子高生だよな?って突っ込みをグッと飲み込み俊彦は友達に電話する緑を見詰めるのであった。









「それじゃお兄ちゃん宜しくね、間違っても手を出しちゃ駄目だからね!」

「はぁ・・・幾らなんでも親友のお兄さんに手は出さないって」

「はははっ・・・」


待ち合わせをしていた場所にやってきたのは緑の同級生にして親友の『平 翡翠』であった。

帰国子女で英語が得意な彼女はご家庭の都合で何度も海外に行き来して日本人離れした考え方を良くしている。

どうにもスキンシップが多いと言うのか、それを勘違いして自分に気があると考えてアタックし振られる男子が多い事から誤解をされている娘であった。


「それじゃお兄さん行きましょうか」


そう言って翡翠の家の車に一緒に乗り込んで移動を開始する。

そう、翡翠の家はお金持ちなのである。

リムジンではないがそれなりの乗用車に運転手を雇って通学などをしているのだ。

俊彦も翡翠の事は知っていたのでそれ程抵抗無く車に乗り込んでいるのだが普通ならそうは行かないだろう。


「それで・・・お兄さんはやっと告白する気になったんですね?」

「はぁ~緑のやつか・・・」


翡翠の言葉に緑が話したのだろうと理解して溜め息を交えながら俊彦は言葉を返す。

でもまぁ、実家暮らしで大学に通う俊彦が突然バイトを始めると言えば予想が付いてもおかしくないだろう。

前から俊彦と喜美の事を知っている翡翠ならばそこに考えが辿り着くのは当然でもあった。


「まぁな、いい加減アイツを待たせ過ぎたからな」

「ふふっそういう男らしいの私、好きですよ」

「からかうなよ」


そんな談笑を続けながら車から見える景色は駅の方へ近付いていたのだが・・・

車は駅を通り過ぎて丁度反対側の商店街の方へ移動していた。

俊彦は考えていた駅前以外に花屋が在ったのを知らなかったのだ。

そして、車が停められ翡翠に連れられて降りた先は商店街の一番奥にあるボロボロの花屋であった。


「お兄ちゃん、俊彦さん連れて来たよ。薬丸さん居る?」

「おっ俊彦君、来てくれたんだ」


店の入り口でガラスを拭いていた男性が掃除道具を片付けてこっちにやって来る。

翡翠の兄で『平 順平』である。

勿論、順平は俊彦の事を知っており喜美との関係も良く知っている。


「ちょっと待ってくれよ、店長の薬丸さん呼んで来るから」

「あっすみません、お願いします」


順平は店の中へ入り店長の薬丸と言う人物を呼びに行った。

一応店長に会って渡す為の履歴書を用意した俊彦は驚愕の表情を浮かべて固まってしまった。

花屋の奥から出てきたのはスキンヘッドの顔に傷のある物凄い強面の男であった。

身長は2メートル近くあり可愛いエプロンをしてはいるが二の腕が異様に太く一見して恐怖の対象でしか無かった。


(ヤバイよ・・・これ薬丸じゃなくてヤク●だよ!?)


血の気が一気に引いた俊彦であったがその前に立った薬丸は腕を組んで俊彦を見下ろす。

そして、ゆっくりと口が開かれ告げられる。


「・・・採用」

「・・・えっ?」


何故か知らないがバイトに合格したらしい俊彦は変な裏声で聞き返すのであった。

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