好意と嫌悪感
草太は大学の同じサークルの後輩だった。たまに仲間内でご飯を食べに行くぐらいの付き合いだった。子犬みたいに人懐っこい草太が、あたしを好いていてくれたことは彼の分かりやすい態度で知っていた。
だけど付き合うことはないと思っていた。あたしはその頃、人を好きになるということに嫌悪感を抱いていたのだ。誰かに好意を向けられると、あたしにとってそれは吐き気へと変わった。自分の母がオンナになる仕事をしていたから、オンナになるということはとても穢れたことだと思っていたのだ。
草太が告白をしてきたのは、大学祭の打ち上げの居酒屋だった。実に駄目人間らしいシチュエーションだった。酔った勢いでしか本音を語れないような男は願い下げだとあたしは吐き捨てたが、次の日もその次の日も、彼は「一度だけでいいから」とあたしをデートに誘った。あまりのしつこさにあたしは折れた。
貧乏学生だったふたりは、どこへ行こうにもお金がなかった。だから、二両編成のおんぼろ電車で小さな県営の動物園に行った。入場料は300円ぐらいで、土曜日のくせにがらんとしていた。お互い変に緊張していてぎこちなくて、それがなんだかおかしかった。帰り道に、海に寄った。お世辞にもきれいとは言えない、淀んだ海だった。
二人並んで座ってしばらく黙りこんだ後、草太は急に「好きです」と言い出した。うつむいたまま「好きなんです」と、それしか言葉を知らない幼児のように、彼はその言葉を繰り返した。
あたしは好意を向けられると吐き気がするのだ。壊れたラジオのように彼が好きだと繰り返す横で、あたしは吐き気と戦いながら、付き合えない理由をたくさん思い浮かべては、喉まで出かけてそれは引っ込んだ。
1時間の迷いのあと、やっと、好きでもない人と付き合うことはできないと言いだそうとしたその時、草太は「俺のこと好きでなくてもいいから」と言った。それはもはや恋人として成立しないのではないかと聞くと「俺が勝手に愛したいんだ」「いつか好きになってくれればいい」と意味のわからないことを言った。
あたしはついに断れなかった。辺りは、すっかり夜になっていた。
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