脱走(2010/05作)

 123回目の自殺だった。俺は、腕に刺さった点滴の針を抜いて機関銃を構えた。引金を引くと病室中が穴だらけになった。俺は壊れた窓ガラスに向かって助走し、地上456階の病室から朝の光の中へ飛びこんだ……。


「何回やっても同じことよ」

 眼帯をした女の子はバナナを頬張りながら、ベッドに横たわる俺を見下ろしていた。

「あなたも食べる?」

 女の子は、包帯の巻かれた俺の手にバナナを握らせた。

「じゃあ、君は何回自殺したんだ」

「この間、医師とかナースの前で78回目のピストル自殺をしたわ。でもあいつら、顔色一つ変えなかった」

 病室の窓からは、飛行機や渡り鳥や無力感なんかがゆっくりと移動しているのが見える。

「あたし、ずっと考えていたことがあるの」

 眼帯の女の子は、病室のカーテンにぎゅっとくるまりながら俺を見た。

「でも、すごくヘンテコなの」

「教えてくれよ」

 女の子はカーテンの中から、印籠を見せるような感じでバナナを出した。

「ここから、脱走する方法よ」


 俺たちは、出来る限りの準備を整えると病棟の出口へ向かった。すると廊下に立っていた守衛の男に声をかけられた。

「お前ら、ずいぶん楽しそうだな」

 眼帯の女の子はバナナをモミアゲみたいに顔の横に垂らし、俺はバナナをチョンマゲ風に頭にくくりつけていた。

「あたしたち、脱走するの」

「なんだって?」

 話はすぐに伝わり、出口のまわりに医師や守衛たちが集まってきた。

「いったい何のつもりだ」と一人の医師が俺たちを問いただした。

 俺は手に持ったバナナに、ライターの火を近付けた。

「よせ!」

 医師の顔はみるみる歪んでいく。

「君たちは病気なんだぞ!」

「あんたもな」

 出口のロックが解除され、俺たちは口笛を吹きながら病棟を抜けだした。9歩だけ呑気に歩いたあと、お互いに顔を見合わせて走り出した。

「ねえ、追いかけてくるよ!」

 俺たちは、モミアゲバナナやチョンマゲバナナを投げて、漫画みたいにやつらの足を滑らせた。そしてエレベーターに飛び乗ると、俺は最後のバナナに火を点けて外に放り投げた。

「伏せろ!」

 急降下するエレベーターの中で、俺たちは乾いた爆発音を聞いた。

「君、生きてるか?」

「うん。でも生きてるって、どんな気分なの?」

「さあな」

 女の子は、隠し持っていたバナナを剥いて美味しそうにほおばった。

「君はゴリラか」

「えへへ、あなにも1本あげるわ」

 外に出たら、最初に本物のゴリラを見に行きたいなと俺は思った。

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