緑翼の飛翔 双生の太陽 *


 捨て台詞と共に吹き飛んで行った双子を横目に、若葉色の竜は行く。

 背中でシャーナが合図を出す、それに合わせて加速する。


『──────ッ!!』


 咆哮を上げ翼で風を叩く邪竜に、シャーナが顔を顰め、ヴァンは言った。


「うん、これは煩い」


 がちり、と鈍い音を立てて、咆哮を放つ邪竜の顎が無理やりに閉じられる。

 顎に草やツタが次々に絡まり締め上げた。


 ──それを生み出しているのは、ヴァンの真横の空間に開いた「大穴」だ。

 奥に覗く虚から、無数の植物が生えてくるのだ。


 力押しのニールと、速さのリリミミ、そんな中でヴァンが得意とするのがこれである。

 正確にはヴァンの力じゃないのだけど。


 空の上で暴れる邪竜に、一気に接近する。


「シャーナ行くよ!」

「はーい」


 ヴァンはシャーナの返事を聞きながら、邪竜の横腹に突っ込んだ。


 竜の戦いは、相手の自由を奪って死ぬまで喰らいつくのが基本だ。

 どつき回して引きちぎり、最後に動いていた方が勝者である。


 双子が適当に食い散らかした傷もそれなりに効いているらしい。

 鈍い動きの中に出来た隙を狙って、ヴァンは硬い鱗を噛み砕き、赤黒い肉に牙を立てる。


 落下していく邪竜は、血を吐き散らしながらも顎の拘束を千切り飛ばした。

 邪竜の喉の奥から眩い光が溢れ、その光は禍々しい光線となって空を駆け上がる。


 放たれた竜の息吹ブレスはヴァンへと一瞬にして到達した。

 が、束なり重なった植物が空中に現れ盾となり、ブレスを受け止めそして、吸収する。

 ──今のをやったのはヴァンではなくて。


「壊された分は返してもらうわ」


 死にゆく森を眼下に、竜士は言う。

 愛竜の背から細指が指し示す先へ、虚空から現れた枝葉の群れが殺到した。




 ***



「エルフィ、大丈夫か」

「意外と……大丈夫です」


 叩きつける風、白銀の双翼。

 安定し始めたニールの背中で、エルフィは何とか身を起こしていた。

 ゆっくり飛んでくれているからか慣れてきた、激しい挙動じゃなければ落とされる心配は無さそうだ。

 ニールはエルフィの様子を確認してから言う。


「竜に乗るのが上手いな」

「そ、そうですか?

 ……ニールが上手なのでは」


 いつもの様に話しかけられて、破裂しそうだった心臓が落ちつき始める。

 ニールの翼と鱗が煌めいていた、空の上でもやっぱり、このひとは綺麗だ。




 ***




「あの野郎、やってやるぞー!!!」

「リリ、たんこぶ出来てるよ!?」


 ブレスを吐いた衝撃とシャーナによる追撃で森へ落ちた茜色の邪竜の元に、二つの幼い声が届く。


 魔素を振り撒きながら起き上がる邪竜。

 森は朽ち、踏みしめられた大地の草花は枯れ果てていた、動物なんて一匹も動かない。


 死んだ森から空を見上げ、咆哮をあげる邪竜目掛けて。


 双子の聖竜が空から突っ込んできた。

 枯れた木々が次々に倒れて行く。


「うわぁ、調子乗ったの!!」

「あんな距離飛べるわけないの!!」


 喚きながら一直線に落ちてくる双子の聖竜は邪竜めがけて墜落する。


「ぶ、ぶつかるのっ、逃げてー!!」

「リリのバカ、あれは敵なのぉっ!!」


 着地の衝撃に森が揺れた、転がって行った姉が妹に向けて叫ぶ。


「目の前に邪竜なの!!」

「だからミミは最初からそう言ってる――のぉっ!!」


 起き上がった邪竜はまずミミに襲いかかった、鋭い鉤爪がミミの左翼の付け根に突き刺さる。

 飛び散った鮮血は、それだけでも神秘を帯びて邪竜の身体を焼いた。


「この、アホタレっ!」


 慌てて距離を取ったミミを守るように、双子の姉、リリが邪竜の前に割り込む。


『――――ッッ!!!』


 放ったのは威嚇の咆哮、何倍もの巨体を持つ邪竜は意にも返さないが、突如巻き起こった風に、邪竜の体は引き裂かれた。

 聖竜が持つ神秘が、風すらも操ったのだ。


 鱗が剥がれて血が迸る、邪竜から距離を取ってリリは言った。


「リリやればできる子!」

「油断しないのっ」


 のたうち回って苦しむ邪竜を前に、リリははしゃぐ。

 そんなリリの横から今度はミミが咆哮した、炎の息吹が邪竜を焼く。


「凄いの、いつの間にこんな事できるようになったのミミ!?」

「脳ある鷹はなんちゃらかんちゃら!」


 双子は息を合わせて追撃を掛けようとした、しかし。


『――――――ッッ!!!!!』


「またそれなの!?」「うるっさい!!」


 邪竜は炎の中から咆哮を放つ、双子が脳を直に揺らしてくる音にじたばたした。


 双子に向かって顎を開く、邪竜の喉奥が光り輝く。


「撃つ気なの!?」

「リリ、逃げるの!!」


 驚愕の声をあげるリリを、ミミは無理やり頭で押し上げた。

 頭突きを受けた反射でリリは飛んで逃げるが――


「ミミっ!」


 先程の邪竜の攻撃で裂かれた左翼が動かず、妹は上がれない。

 けれどミミは慌てなかった。


 目の前で赤い光が充満して行く。

 今にも放たれる直前の熱波を感じながら、ミミは全く怖くなかった。


 なぜなら、──空から降りて来る、白銀の竜の姿が見えていたから。



 ブレスが放たれる直前、邪竜の頭をニールの足が踏み砕いた。

 逃げ場を失った光の熱が、邪竜の喉で爆発する。

 大地に叩きつけられ、頭部が半壊しても死なず、土煙を上げながらのたうつ邪竜に。


『────ッッ!!!!!』


 圧倒的な力と威圧を含んだ咆哮を、ニールは浴びせた。

 木々が吹き飛び、なぎ倒されるほどの咆哮、まるでその他の音が無くなったかのような数瞬が過ぎて。


 邪竜は脳震盪を起こして動きを止めた。



 空を舞ってそれを見ていたヴァンの背中でシャーナは呟く。


「あとは、ルドーの仕事ね」




 ***




 森の中に見合わぬ、金属音が響いた。

 それはルドーの背中に担いでいる大剣が鳴らしたもので、その柄を宥める様に叩く。

 走って辿り着いた森の奥に、死に掛けの邪竜と飛び上がれない妹にくっついた姉がいた。


 ニールはエルフィへの魔素の影響を最小限にする為に、もう上空へと飛び立った後だ。

 ルドーは横目でミミの傷を確認して──大事には至らないだろうと安堵した。

 娘達と邪竜の間に、彼は立つ。


 目の前で、半分砕けた頭蓋から中身を溢しながら、邪竜はのろのろと頭を持ち上げた。

 これでも死なない、いや。

 死ねないのだ、此処で命が尽きたとしても何度でも転生して竜種は蘇る。


 だからこそルドーのような「異能」を持って生まれる存在が求められる。

 ──神からも、人からも。


 やるか、と内心呟いて、やろうとルドーは大剣を持ち上げた。


 じゃりっと刃先が地面をかすめる。

 振り上げられた大剣の、磨き抜かれた輝きに、赤色に明滅している瞳が反射した。


 ──物心ついた時から聞かされてきた、自分にとっての当たり前。

 お前の異能は邪竜を殺す為にあるのだと、言われ続けた言葉を頭の中で繰り返す。


 ルドーは力任せに大剣を振り下ろし、邪竜の首を切り落とした。


 途中で一度止まった刃を、無理やり押して骨を砕く、断ち切られた肉から飛び散った血の生臭さと、もがき回る四肢を感じながら、ルドーは邪竜を確実に殺める。



 大剣は確かに、邪竜の命を奪った。

 魂が巡るすらも、斬り殺した。


 命だけでなく「転生」すらも奪う者。

 人はその異能を、邪竜殺しと呼ぶという。



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