第272話・微妙な距離感

 まひろの告白を受けてから早くも二日が経ち、十日後には夏休みを迎えようとしていた。

 最近は制作研究部の活動で色々と忙しい日々を送っているけど、かねてより楽しみにしていた携帯アプリゲームが先日リリースされ、しばらくの間は時間ができる夜にそのリリースされたゲームにうつつを抜かす予定だった。

 だがリリースされたゲームは開始直後からトラブル続出で、現在はまともにログインできない状態が続いている。本来なら心待ちにしていたゲームをできない事に苛立ちが募っていくところだけど、まひろの告白を受けて以降、俺とまひろはどちらが言うでもなく、自然と夜から深夜までメッセージのやり取りをする様になっていた。もしもまひろとのそんなやり取りが無かったら、俺は苛立ちに任せてゲームのレビューに散々な文句を書き込んでいたかもしれない。

 そして肝心のまひろとのメッセージのやり取りだが、その内容は日常に関するものばかりで、一つとして特別な内容のやり取りはしていない。だけどそれだけの事が俺はとても楽しく、とても嬉しかった。

 しかし俺の中にあった戸惑いが完全に無くなったのかと言うと、それは嘘になる。そりゃあそうだ、だってまひろは小学校二年生の時に出会ってからほんの数ヶ月前までは、俺にとって男の親友だったんだから。

 だから最初こそどう接して良いか分からずに困惑していたけど、まひろが『前と同じ様にしてくれたら嬉しいな』と言ってくれたから、ある程度前と変わらない様にはできているつもりだ。まあ、まひろ本人が俺の態度を見てどう思っているかは分からないけど。

 今現在の状況に俺はそれなりの心地良さを感じているんだが、問題なのは俺がまだまひろからの告白の返事をしていない事だ。俺の中にある素直な気持ちを言えば、まひろの気持ちを受け入れる事に最初ほどの抵抗感は無い。むしろまひろみたいな可愛い彼女ができる事は嬉しい事だと思う。だけど心のどこかに踏ん切りがつかない思いがあるのも事実だった。

 そしてそれは多分、本当の自分を見せる前のまひろの事があったからではないか――と、俺はそう思っている。


「なあ龍之介、お前さ、涼風さんと何かあったんか?」

「はっ? 何だそりゃ?」


 太陽がその力を最大限に発揮されているとても蒸し暑いお昼、同じ机で向かい合って弁当を食べていた渡が、唐突にそんな事を聞いてきた。俺はその言葉を聞いて少しドキッとしたが、それを表に出さない様にしてそう尋ね返した。


「いや、ここ最近の涼風さんとお前の態度がどうもおかしかったからさ」

「ほう……まあ俺とまひろとの間には何もないよ。でもまあ参考までに聞くが、どうおかしかったんだ?」

「そうだな……例えるなら、恋の告白をした側とされた側が、お互いに甘酸っぱい雰囲気を味わっている――みたいな感じを醸し出していた、みたいな感じかな」

「ほ、ほう、言ってる事は面白いと思うが、全くの的外れだな」


 あまりにも的確過ぎる例えを聞いた俺は、思わず動揺が漏れてしまった。

 そしてまるで見て来たかの様な例えをする渡を前に、俺はちょっとした恐怖を感じていた。コイツは普段はアホだが、他人の恋愛に関しては妙に鋭いところもあるから。


「そっか、まあお前がそう言うなら違うんだろうな。悪かったよ、変な事を聞いてさ」

「おう……あのさ渡、ちょっと聞きたい事があるんだが」

「何だ?」

「いや、俺の友達がさ、昔から親友だった異性に突然告白をされたらしいんだよ。それでそいつが『どうすればいいのかな?』って悩んでたんだが、渡はこの件についてどう思う?」

「はあ? どう思うも何も、それは告白を受けたその友達の気持ち次第だろ? 好きなら付き合えばいい、嫌なら断ればいい、ただそれだけの事じゃないか」

「いやまあ、確かにそうなんだが、親友って関係だから難しいって事だよ」

「なるほどな、確かに親友だからって男女として付き合って上手く行くとは限らんし、断れば親友としての立場も崩れるかもしれないもんな。まあ普通の恋愛よりは悩むかもしれんが、でもどんな恋愛でも確かな事は一つある」

「何だ?」

「お互いに好きだって気持ちが無いと成立しないって事さ。だからその気持ちがお互いにあって、お互いが付き合う事に関して特に何の問題も無いなら付き合えば良いと俺は思う。行く末がどうなるかなんて、誰にも分かりゃしないんだからさ」


 渡にしてはとてつもない正論を述べていると思う、だから今の渡の言い分に関してはぐうの音も出ない。俺がまひろと付き合う事に関して迷いを感じているのは確かだが、一番大事なところは渡が言った通りだと思える。

 そんな事を考えていると、弁当を食べ終わった渡がさっさと弁当箱を片付けて席を立った。


「まあ結局は本人次第って事だが、その男友達にこれだけは伝えておけ、相手を好きって気持ちがあるなら、告白してくれた彼女が他の誰かに取られる前に、しっかりと自分の所へ引き寄せておけってさ」

「何で告白されたのが男だって前提で話をしてるんだ?」

「答えは簡単だ、龍之介にそんなデリケートな恋の相談をする女の子なんて居ない――って事だよ」

「さようですか……」


 渡はイヒヒっと奇妙な笑いをしたあと、空の弁当箱を持って自分の席へと戻って行った。とりあえず渡にしては良い事を言っていたから、それなりの参考にさせてもらうとしよう。


× × × ×


 この日の放課後、俺は制作研究部の活動が終わったあとでまひろと一緒に下校をしていた。いつもは他のみんなとも一緒に下校をしているんだけど、この日はみんなそれぞれに用事があったらしく、こうして二人での下校となった。


「今日も結構しんどかったよなあ」

「そうだね、専門的な事になると美月さんに任せなきゃ分からないし、かと言って私は他の事もよく分からないから、大して役に立ってないと思うし」

「おいおい、それを言ったら俺だって同じだよ。毎回毎回、四苦八苦しながらやってるんだからさ」

「そうなの? 私から見たらテキパキやっている様に見えるけど?」

「残念ながら心の中はいつでも大混乱状態だよ」

「だったら私も頑張らなきゃね、龍之介君を助けてあげられる様に」

「いやいや、まひろは十分助けになってるぞ?」

「そうなの?」

「ああ、まひろが近くに居るだけで頑張れるからさ」

「えっ!? そ、それってどう言う意味なのかな?」

「あっ、えっと、それは……」


 言ったあとで気付いたけど、俺はかなり恥ずかしい事を口にしていた。その言葉は思わず出たと言ったところだけど、紛れも無い本音でもあった。だからこそ俺は、恥ずかしさでまひろから顔を逸らすしかできなかった。


「えっと、ごめんね龍之介君、変な事を聞いちゃって」

「あ、いや、謝る事は無いよ、俺の方こそごめん」

「ううん、いいの、凄く嬉しかったから……」

「う、うん……」


 そのあとはお互いに沈黙したままで駅までの道を歩いた。だけどその沈黙は嫌なものではなく、くすぐったく、どこかふわふわとした気持ちを感じさせるものだった。

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