第245話・嬉し恥ずかし二人の時間
外がより一層寒さを増す中、俺達の通う
駅前や商店街は相変わらず
そんな雰囲気の中、クリスマスプレゼントを買う為に朝から隣町へとやって来た俺は、人の喧騒が絶え間なく耳に入って来るデパートへと来ていた。沢山の人で賑わう店内は熱気に溢れていて、酷い人酔いを起こしそうだ。だけどここでそんな弱音を吐いても仕方がない。良いプレゼントは自分で見て吟味するのが基本だから。
――さてと、今年はどんなプレゼントを選ぼっかな。
毎年の事だが、このプレゼント選びには頭を悩ませてしまう。相手の好みも考慮しないといけないし、なにより学生の身分でプレゼントを買うには財力的に厳しい部分もあるからだ。
なにせ茜に杏子、まひろに美月さん、愛紗に陽子さん、秋野さんとついでに渡、そしてるーちゃんと、プレゼントを選ぶ相手は多いから。だけど年に一度の大きなイベントだから、こんな時くらいはなるべくケチ臭い事は言いたくない。
俺は悩み抜きながら多くの店を見て回り、それぞれが喜んでくれそうなプレゼントを探して回った。
「――ふうっ、毎年の事だけど結構しんどいな……」
るーちゃん以外のプレゼントを買い終えた頃、俺は買ったプレゼントを抱えてフードコートの一角にある椅子に座って休憩をしていた。
「さてと、るーちゃんへのプレゼントはどうしよっかな」
今回の買い物で一番困っていたのは、るーちゃんへのプレゼントだった。なにせるーちゃんと関わりを持っていたのは小学校三年生の僅かな期間だけだったから、当時のるーちゃんのイメージや趣味趣向でプレゼントを買っていいものだろうかと、そんな事を考えていたからだ。かと言って本人に欲しい物を聞くと、サプライズの楽しみが無くなる。今年は是非るーちゃんの驚いた顔を見たいから、それだけはできない。
それに俺自身、るーちゃんへのプレゼントにはちょっと
夏休みに再会してからまだ数ヶ月だが、るーちゃんは相変らず優しいし、話してて凄く楽しいし、何よりあの笑顔を見ているのが凄く好きだ。そしてそんなるーちゃんの事を考えていると、ドキドキして仕方がない。この感じもなんだか懐かしいもんだ。
しかしるーちゃんには一度告白をして振られている手前、この気持ちを伝える事はできない。それは凄くもどかしく感じるけど、その事でるーちゃんをまた苦しませたくはないから、この想いは俺の胸の中にしまっておこうと思っている。
「さて、そろそろ行くか……」
ちょっとした虚しさを感じつつ席から立ち上がり、俺はるーちゃんのクリスマスプレゼントを選びに向かった。
× × × ×
「そろそろかな」
プレゼント選びをした翌日のクリスマスイヴ。
そろそろ十一時を迎えようかという頃、俺は自宅でるーちゃんがやって来るのを待っていた。リビングではエアコンが部屋を暖める為に動いているが、俺の身体が熱いのはエアコンのおかげなのか、それともるーちゃんが来る事で緊張しているせいなのかよく分からない。
杏子も一時間くらい前に出掛けたし、今は家に俺一人。しかしそれもあと僅かの話だ、もうしばらくすればるーちゃんがやって来るんだから。意識しては駄目だと思いつつも、そう思えば思うほどに意識しているのと変わらない事に気付く。いったいどうすりゃいいんだと言った気分だ。
とりあえず落ち着かないものは仕方ないと開き直り、部屋の中をウロウロとしていたその時、玄関のチャイム音が部屋の中に鳴り響いた。
――来たっ!
緊張していた気持ちが一気に高まると同時に、嬉しさも一気に込み上げてきた。恋をしている時の人の感情は、実に目まぐるしく変化する。
「はーい! どちら様ですかー?」
この時間にるーちゃん以外の人が来る予定は無い。だからこんな事は聞くまでもないんだけど、俺は緊張をほぐす為にあえて大きな声を出した。
「あっ、えっと、朝陽瑠奈と申します。たっくん――いえ、龍之介君はご在宅でしょうか?」
るーちゃんが俺の事を龍之介君と呼ぶのはとてもレアだ。本当に久しぶりにるーちゃんの口からその呼び名を聞いた気がする。
「待ってたよ! 今開けるね!」
嬉しさのあまり、ついつい本音が口から漏れ出た。
――いかんいかん、ちょっと落ち着かないと……。
短く素早く深呼吸をし、俺とるーちゃんを隔てる扉を開け放つ。
「いらっしゃい、寒かったでしょ? さあ、早く上がって」
「うん、それじゃあお邪魔します」
この日の為に用意した真新しいスリッパを履いてもらい、リビングへるーちゃんを案内してソファへと座ってもらった。
「あっ、クリスマスツリー飾ってるんだね」
「うん。ずっと押入れの奥に仕舞ってたんだけど、今年はちょっと飾ってみたんだ」
「そうだったんだ。私、こういう飾りをした事がないから羨ましいなあ」
「そうなの?」
「うん。ほら、私の家って母子家庭だから、あまりそういった事にお金を回せる余裕がなくて」
「そっか……」
「でも、こうしてクリスマスツリーを見れて嬉しいよ。ありがとね、たっくん」
「るーちゃんが喜んでくれたなら、押入れから引っ張り出した甲斐があったよ。それじゃあ、ちょっと待っててね?」
屈託のない笑顔のるーちゃんを見ていると、とてもむず痒い気持ちになる。本当はその笑顔をちゃんと見ていたいのに、恥ずかしくてまともに見れない。俺は照れ臭さを誤魔化す様にそう言い、台所へお茶を淹れに向かった。自宅だとこういった逃げ道があるから本当に助かる。
用意した急須に新しく買ったお高い茶葉を入れ、そこに温かなお湯を注ぎ入れていく。そして急須の中に入れたお湯が徐々に深い緑色へ変化していくのを見ながら、用意した二つの湯呑みに少量のお湯を注いで温め始めた。
――やっぱり緊張するなあ……。
一度恋心を自覚してしまうと、相手のどんな事でも気になってしまう。これはもう、恋に落ちた者が
湯呑みに入れたお湯を流しに捨て、急須の中のお茶を注ぎ入れる。そして緊張で震え始めた手で湯飲みをトレイに乗せ、それを慎重に持ってるーちゃんの居るリビングへと向かった。
「ど、どうぞ、るーちゃん」
「ありがとう」
「い、いいえ、どういたしまして」
お茶の入った湯飲みを目の前にあるクリスタルガラス製のテーブルに置くと、るーちゃんは再びにこやかな笑顔を見せてくれた。その明るく可愛らしい笑顔を見る度に、俺の心臓はドキッと大きく跳ねる。もしも今日一日こんな事が続けば、俺は心不全で死んでしまうかもしれない。
「あー、温かくて美味しい♪」
るーちゃんは差し出したお茶を飲んでほっこりとした表情を見せる。俺はこんな風に緩んだるーちゃんの表情を見ているのも好きだ。
「ん? どうかした?」
「えっ!? いやあの、別になんでもないよ……」
「そう? それならいいけど」
ついじーっとるーちゃんの顔を見ていた事に慌ててしまい、自分の湯呑みを手に取ってお茶を飲んだ。しかしじっと見ていた事を誤魔化すのに必死だったせいか、せっかくのお高い緑茶の味がほとんど分からなかった。
るーちゃんと過ごすクリスマスイヴはまだ始まったばかりだというのに、こんな調子で大丈夫なんだろうか――と、俺はちょっと不安になってきていた。
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