第215話・昔馴染みにご相談

「杏子、今日はどうだった?」

「駅前通りにそれっぽい人が居た気がする」

「マジか……」


 杏子に腕を組まれながら学園への通学路を歩く中、俺の質問に対して杏子は小さな声でそう答えた。

 俺達がこんなやり取りや行動を始めてから、早くも四日目を迎えた。そして俺達がなぜ腕を組んで歩いているのかと言うと、『頼み事があるの』と俺の部屋にやって来た杏子に、『恋人になってほしい』と頼まれたからだ。

 もちろん杏子の言った『恋人になってほしい』というのは本気ではなく、正確に言えば、恋人の振りをして欲しい――と言う事になる。

 そして俺がその頼み事を引き受けた理由は、杏子がとある異性にしつこく迫られて困っていたから――と言うのが理由だ。聞くところによると、杏子に迫っている相手は前の文化祭で遊びに来ていた他校の男子らしく、杏子に一目惚れしたとの事で、登下校どちらかを問わずに熱心にアプローチをかけて来て困っているとの事だった。

 もちろん杏子はしっかりとお断りをしたらしいのだが、相手は杏子のお断りにはめげずに毎日アプローチをかけて来るからどうしようもないらしい。まあ、恋愛には熱意も必要だとは思うけど、相手を怖がらせたり本気で困らせたりしては本末転倒だと思う。

 そしてそんな事が続いたある日。その相手から『恋人とか居ないんだよね?』と言われた杏子が、苦し紛れに『最近好きな人と付き合い始めたの』と言ってしまった事が、この様な恋人の真似事を杏子が俺に頼みに来た原因となってしまったわけだ。

 この件に関して頼み事をされた時、俺はこの問題を素早く解決する手段として、『俺からその男子にちゃんと言ってやろうか?』と提案したわけが、それは杏子の『お兄ちゃんが暴走したら嫌だから駄目』と言う理由で却下されてしまった。

 もちろん俺としては、その相手に何か危害を加えるつもりでそういう提案をしたわけではない。ただ、二度と俺の大事な妹である杏子を困らせない様に、最大級の威嚇と威圧を込めたお言葉を送らせてもらおうと思っていただけだ。

 まあそれでも、当事者である杏子がNGを出してしまった以上は仕方がないけど、俺は今でもその案が確実で素早くこの件を解決できた方法だと思っている。

 ちなみに杏子は、俺に恋人役を断られたら他の男子に頼むつもりだったらしいが、そんな事は兄として許可する事はできない。例え真似事とは言え、大事な妹をどこの馬の骨とも分からん野郎に任せるなど、断じて認められん。それに他の野郎に恋人役を任せてしまうと、今度はその野郎が杏子に惚れてしまう可能性があるから、兄としてはそれも避けたいのだ。

 しかし、恋人の真似事を引き受けたとは言え、この歳になって妹と腕を組んで歩くのにはやっぱり抵抗感がある。それでもまあ、腕を組んで歩くのはその男子が見ていると思われる通学路の区間だけだから、そこは我慢するしかない。


「――それじゃあまた放課後にな」

「うん。ありがとね、お兄ちゃん」


 学園の下駄箱前で杏子と別れてから上履きがある靴箱へと向かい、靴を履き替えて教室へと向かう。


「腕を組んで登校なんて、杏子ちゃんとは本当に仲良くやってるみたいだね。たっくん」


 下駄箱を抜けて進み始めた瞬間、不意に後ろからるーちゃんの明るい声が聞こえてきた。


「いやいや。最近は妹と腕を組んで登下校をするのが流行ってるって言うから、その流れに俺達も乗っかってみただけだよ」

「えっ!? そんなのが流行ってるの? そんなの全然聞いた事ないんだけどなあ……」


 これでもかと言うくらいに分かりやすい嘘をついたつもりだったけど、るーちゃんは意外な反応を見せた。だけど考えてみれば、るーちゃんは昔から素直な人ではあったので、意外ではあってもそこまでの驚きは感じていなかった。

 そしてそんなるーちゃんが相変わらず素直で可愛いなと思った瞬間、思わずクスッと笑みがこぼれた。


「あーっ! 今の話、嘘なんでしょ?」

「えっ? どうして?」

「だってたっくん笑ってたし、嘘をついてる時の顔をしてたもん」


 どうやら俺がるーちゃんの素直な部分を知っているのと同じ様に、るーちゃんも俺の事は分かっているらしい。

 それにしても、俺が嘘をついている時ってどんな顔をしているんだろうか。今後の人生の為にも、あとでるーちゃんにそこの所をしっかりと聞いておくとしよう。


「あはは。ごめんごめん。今の話は確かに嘘だよ。実はまあ、今ちょっとした事情があってさ、杏子とあんな事をしてるんだよね」

「事情って、何か深刻な事?」


 るーちゃんは凄く心配そうな表情を浮かべてそう尋ね返してきた。下手に嘘をつくよりはいいと思ってそう言ったけど、正直、るーちゃんがこんな感じの反応を見せるだろう事は予想できていた。いや、この場合るーちゃんがどうとか言うよりも、茜だろうと美月さんだろうと愛紗だろうと、制作研究部のメンバーなら皆同じ様な反応をしていただろうと言うべきだろうか。


「いやまあ、何て言えばいいのかな……」


 取り分け内緒にしておく様な話ではないけど、それでも素直にその内容を話していいものかは考えてしまう。なぜなら今の状況を説明すれば、ほぼ間違いなくるーちゃんは協力をすると言い始めるだろうし、そうなれば厄介事にるーちゃんを巻き込んでしまう可能性だって出てくるわけだ。しかしそれははっきり言って本意ではないし、そんな事になったら困ってしまう。

 だけどそうは思いながらも、俺はるーちゃんに事の顛末てんまつを話してみようかと思っていた。もしも目の前に居る相手がるーちゃん以外の誰かだったら、俺はきっとそんな事は思わなかっただろう。なぜならるーちゃんには、今回の件について意見を聞いてみたいと思える要素がいくつかあったからだ。


「もしも言い辛い事だったら無理には聞かないけど……」

「ああ、いや。せっかくだからちょっと相談に乗ってくれないかな?」

「もちろん! 私で良ければ何でも聞くよ!」

「ありがとう。それと、他のみんなにはこの事は内緒にしてほしいんだ」

「うんっ! たっくんがそう言うなら誰にも何も言わないから、安心して相談して!」


 るーちゃんはほんの少し前まで見せていた心配そうな表情から一変。溢れんばかりの笑顔を見せながら俺との距離をグイッと縮めて来た。そしてそんなるーちゃんの勢いに、俺は思わず身体を仰け反らしてしまいそうになった。


「あ、ありがとう、るーちゃん。それじゃあ、昼食後に誰も居ない場所で話をしたいんだけど、いいかな?」

「う、うん。私は大丈夫だよ……」


 ほんのりと上気した様に顔が紅くなっているるーちゃん。そんなるーちゃんの様子を見て、どうしたのかな? ――と思いつつも、考えたところでその答えが分かるわけでもないので、今は気にしないでおこうと思いながらるーちゃんと一緒に教室へと向かった。

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