第150話・可愛いあの子のお願い事

 花嵐恋からんこえ学園での文化祭準備もつつがなく進んでいたある日曜日の朝。学園で『日曜日に内緒で話したい事があるんだ』とまひろから頼まれていた俺は、冬独特の冷たく刺さる様な風が吹く中を進みながら、まひろに指定された場所へと向かっていた。

 こんな寒い日はコタツに入ってのんびりとみかんを食べながら、熱い緑茶でも飲んでのんびりとしていたいところだけど、他ならぬ親友のまひろの頼みとあってはすっぽかすわけにはいかない。俺の中でのまひろ優先度は、彼女よりも高いのだ。まあ、俺に優先するような彼女なんていないけど。

 そんな虚しい事を心の中で静かに呟きつつ、少し暗くなった気分で歩を進めて行った。


× × × ×


「やっぱりまだ来てないか」


 俺は我が家の最寄り駅から三駅ほど離れた駅の改札口前に来ていた。

 ここがまひろから指定を受けた待ち合わせ場所なんだが、三十分くらい早く着いてしまったせいか、まひろの姿はまだどこにもなかった。


 ――しゃーない。コーヒーでも飲みながら時間を潰すか。


 改札口からほど近い場所にある売店へと足を運び、いつもの様に少し甘めのお気に入りコーヒーを買ってから改札口へと戻った。そして買ったコーヒーをちびちびと飲みながらたまに携帯の時間表示を確認し、改札口付近を通る人の邪魔にならなそうな場所でまひろがやって来るのを待った。


「――あっ、お兄ちゃん!」


 もう少しで缶コーヒーの中身がなくなろうとしていたその時、俺の方に向かって明るく可愛らしい声が聞こえてきた。

 そしてその声が聞こえた方を見ると、そこには温かそうな白のコートに身を包んだまひるちゃんの姿があった。


「お待たせしてごめんなさい」


 まひるちゃんは俺のもとへ素早く駆け寄って来ると、開口一番そう言ってペコリと頭を下げた。


「いや、別に長い時間待ってたわけじゃないからいいけど。まひろはどうしたの? もしかして、また風邪をひいたとか?」


 以前にも何度かあった事なので、俺は真っ先にその可能性を考えてそう聞いてみた。


「いえ、違いますよ。まひろお兄ちゃんは今日、お母さんと用事があって出掛けているんです」


「えっ!? そうなの?」

「はい。それより今日はすみません。私の話を聞いてもらう為にこんな所まで来てもらって」


 まひるちゃんはそう言うと、再びペコリと頭を下げた。

 そして俺はそんなまひるちゃんを目の前にして、状況をしっかりと把握しきれずにいた。


「あ、あのさ、まひるちゃん。俺は今日、まひろから『内緒の話がある』って言われてここに来たんだけど」

「えっ? そうだったんですか? おかしいなあ……私からちゃんと話をするって事で、まひろお兄ちゃんには龍之介お兄ちゃんに声を掛けてもらったはずなんですけど……」


 どうやらちょっとした行き違いがあったみたいだけど、要するに今日呼び出されたのは、まひるちゃんが俺に用事があったから――という事でいいんだろう。


「つまり俺に話があったのは、まひるちゃんだったって事でいいんだよね?」

「あっ、はい。そういう事です。ちゃんと話が伝わってなかったみたいでごめんなさい」

「いいよいいよ。別に気にする様な事じゃないからさ」

「ありがとうございます。それじゃあ、近くの喫茶店にでも入ってお話をしませんか?」

「そうだね。こんな所で話してたら寒いからね」


 俺はそう言ってから手に持っていた空き缶を近くの空き缶入れへと捨て、まひるちゃんに案内されながら近くにあるという喫茶店へと向かった。


「――それでまひるちゃん。話って何なのかな?」


 駅から歩いて五分ほどの位置にある喫茶店へとやって来た俺達は、注文した品が来るまでは他愛のない会話をし、注文した品が来たところで本題の話を始めた。


「あ、はい。その事なんですけど、今回の花嵐恋からんこえ学園でやる文化祭の事で、一つお兄ちゃんにお願い事があるんです」

「お願い事?」

「はい。実は――」


 まひるちゃんは明るい表情から急に神妙な面持ちになり、そのお願い事というのを俺に話し始めた。


「――なるほど。これはまた随分と思い切った事を考えたね」

「はい。あの……どうですか? 駄目でしょうか?」


 綺麗な青色の瞳が、少しだけ潤んだ様になってこちらを見ていた。

 はっきり言ってまひるちゃんからされたお願い事は、かなりの危険リスクを孕んでいる。そしてそれはまひろや俺だけに関わらず、下手をしたらクラス全体の責任問題にもなり兼ねない事だった。

 しかしこんな可愛らしくも懇願こんがんする様な表情と瞳で見つめられては、俺も簡単にNOとは言えなくなってしまう。


「うーん……この件に関してまひろはどう言ってるの?」

「まひろお兄ちゃんは、『龍之介が手助けしてくれるならいいよ』って言ってました」


 ――まひろの奴、断り辛いからって俺に全部丸投げしやがったな?


「そっか。まあ、大体の事は分かったよ。でもまひるちゃん。正直に言わせてもらうと、まひるちゃんのお願い事は相当のリスクがあるんだ。だからもし途中で隠している事がバレたら、俺とまひろとまひるちゃんはもちろん、下手をしたらクラスメイト全員にも迷惑がかかるかもしれない。それは分かってる?」

「は、はい……そうですよね。無茶なお願いをしてますよね……」


 まひるちゃんは表情を沈ませながら、そう言って俯いてしまった。

 俺としては今の質問は結構意地悪だったと思う。だってまひるちゃんくらい聡明な子なら、それくらいの事は既に分かっているだろうから。


「まあ、普通に考えれば断るべきなのかもしれないけど、今回だけは俺もまひるちゃんの共犯になる事にするよ」

「えっ!? いいんですか?」

「うん。まひるちゃんの気持ちも分からなくはないし、ちょっと面白そうだからね。その代わり、しっかりとバレない様に頑張ってもらうからね?」

「は、はいっ! ありがとう、お兄ちゃん。私、頑張りますねっ!」


 まひるちゃんは嬉しそうにそう言うと、満面の笑顔を見せながら目の前にあるパフェを食べ始めた。さっきまでの緊張が一気に解けて安心したんだろう。

 そして俺はそんなまひるちゃんの笑顔を見ながら、頼まれたお願いをどういう形で叶えようかと考えを巡らせ始めていた。

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