第六話

 わたしは悲劇の渦中にいた。

 うつぼつたる絶望にはひようされていなかった。

 西暦二〇〇七年某日のあなたの家族が経営する鉄工所で強盗殺人事件が勃発してらいあいまいとした当日の証言からパートタイマーとわたしがけんけんごうごうかんかんがくがくの口論をしていたことが明瞭となりまた事件当時の『アリバイ』が皆無であったことからえんざいのわたしの人生はひようへんし長岡地方裁判所での第一審で死刑判決東京高等裁判所最高裁判所でも第一審は転覆されず結果わたしは東京拘置所内で死刑執行当日をぎようぼうすることとなった。はんぶんじよくれいの刑事訴訟法上では悲劇的なる死刑執行はせんめいたる判決後六げつ以内となっているのだが実際西暦一九六〇年らいあいまいとした法律どおり六げつ以内に死刑が執行されることは皆無であった。ゆえにおんみつ裏のわたしの『計画』を完遂するには充分すぎるほどのえいきよを享受したのだが意想外に東京拘置所の構造が『計画』をようそく阻止することとなる。きようあいなる独居房の面積は約五平方メートルで灰褐色の寝室となるのほかせんめいたる生活領域は存在しなかった。うつぼつたる憂鬱にひようされた死刑囚の自殺を防止するために安寧なる就寝中もかくやくたる電灯が明滅しておりさらに二十四時間監視カメラで撮影されつづけなければならなかった。

 これらがわたしの『計画』の障壁となった。

 わたしはにしても極秘裏の『計画』を遂行せんとけつした。ひつきよう独房内所持品として認定された『アブラメリンの魔術』の英訳書をきゆうきよしんしようたんして日本語に翻訳しなる内容を理解し『独居房内』であるいは『東京拘置所内』で『アブラメリンの魔術』を実行し悪魔たちを召喚したうえで悪魔たちの霊威によって完璧なる自由を獲得せんとしていたのである。ぎようこうにも『アブラメリンの魔術』の翻訳が――概略的ながら――一ヵげつ半ほどで完遂されいよいよ悪魔たちを召喚する準備が出来たかとこうかくされた。わたしは沈滞した。『アブラメリンの魔術』を実行するには最低でも六げつの時間を必要としさらに『寝室とせい域のふたつの空間が必要』であったのだ。ぞんのとおり死刑囚の生活はきようあいなる独居房のみに限定されているため安寧なる寝室は確保できるものの実際えいごう不滅の神霊と契約しさんらんたる天使やどうもうなる悪魔を召喚するための『せい域』が欠落していたのである。千思万考した結果真夏には週二回真冬には週三回使用できる『運動場』を『せい域』として活用できそうだとこうかくされた。一念発起したわたしは――拘置所内では日常茶飯事だが――独居房での幽閉生活できようてんしたらしい演技をし二十四時間監視されている状態で六げつ間『魔術』の準備期間としての儀式を遂行し自己の聖別と天使と契約をする『召喚の三日間』まで完遂した。残るは一日に三十分間の運動時間帯に即刻いんもうの魔法陣を完成させまず契約の首謀者となる高位悪魔と接触しこうまいなる高位悪魔の命令をうけた下位悪魔との対話最終的に実際に契約を遂行してくれるの悪魔の召喚を遂行するだけであった。

 わたしは契約せんとした。

 事態は意想外な展開をむかえわたしの『計画』はらい奇妙れつなる運命の鉄扉を解放することとなる。ひつきよう立春前後の某日きようあいなる運動場内に魔法陣を完成させたわたしは『アブラメリンの魔術』の最終段階に突入すなわどうもうなる高位悪魔を召喚せんとしたのだが予想外のことに召喚されたのは悪魔ではなく『わたし自身』であった。なる魔法陣のなかで最後の儀式を遂行した刹那ほうはくたる世界はひようへんべんするとかいわいあいたいたる暗雲に密閉されたはいきよれきさらにはしやくねつがん漿しようえんまんする地獄であった。刹那きよくてんせきのわたしをじようするように六柱の悪魔が荒野から出現した。ベルゼブブやレヴィアタンやサタンやベルフェゴールやマンモンやアスモデウスと名乗った悪魔たちは早速わたしと契約をむすんだ。いわく奈落に幽閉されている魔王ルシファーは現在えいごう不滅の神霊YHWHにはんぎやくせんとしている。おまえの協力が必要だ。ひつきよう時空を超越して人類の歴史をひようへんさせてほしいのだ。もしこの契約が完遂されれば二千五百年後の未来おまえを恋人とかいこうさせてやろうと。

 わたしはちゆうした。

 まできてとんざんすることはできなかった。

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